神戸大学医学部附属病院の髙岡裕准教授らの研究グループは、薬物代謝酵素※の異常で起きる抗がん剤の薬物有害反応 (副作用) を分子シミュレーションと数理モデル化によって明らかにし、非常に高精度の副作用予測を可能にしました。
個人の遺伝子の状態によって抗がん剤に対する薬物代謝、ひいては副作用には差があります。これまで、新しく遺伝子変異が発見された場合、抗がん剤投与後の副作用予測はできていませんでした。今後も発見が予想される新しい遺伝子変異について、本成果により抗がん剤治療時の副作用予測が可能となります。
そして、この技術の精密医療での利用や、抗がん剤の治療効果予測への応用も期待されます。
本研究成果は、11月15日 (現地時間) に米国科学誌「PLOS ONE (プロスワン)」に掲載されました。
ポイント
- 抗がん剤投与時の薬物代謝は、個人の遺伝子の状態によって差がある
- 新しく発見された遺伝子変異については、その薬物代謝能が不明なことから、抗がん剤の副作用予測ができていなかった
- 本研究により、新しい遺伝子変異について、抗がん剤の副作用を非常に高精度で予測可能となった
- 副作用予測に加えて、抗がん剤の薬効予測(治療効果予測)実現への道を開いた
研究の背景
抗がん剤治療の有効性や副作用は、抗がん剤投与時の (1) 薬物代謝、(2) 薬効 (感受性)、の二つから予測が可能です。この薬物代謝、薬効には個人差があり、それらは遺伝子によって影響を受けます。例えば大腸がんの抗がん剤「イリノテカン」の投与前には、その薬物代謝酵素であるUGT1A1の遺伝子検査が必須となっており、この検査は健康保険にも適応されています。これは、UGT1A1の遺伝子変異によってイリノテカンの薬物代謝が困難となり、副作用が強く出るという事実が知られているからです。
近年になり、遺伝子解析技術が進歩したことで、UGT1A1の新しい遺伝子変異の発見が相次いでおり、現在までに70種類の変異が報告されています。ところが、新しく発見されたUGT1A1の遺伝子変異については、その薬物代謝能が不明なために、抗がん剤の投与によって副作用が生じるかどうかは分かっていません。
研究の内容
高岡准教授らは、分子シミュレーション解析とウエット実験 (細胞を用いた実験) の結果からUGT1A1による薬物代謝を、下記のように数理モデル化しました。
そして、分子シミュレーション解析結果をこの数理モデルに代入することで、UGT1A1による抗がん剤の薬物代謝能を非常に高精度で予測することに成功しました。
既に抗がん剤の代謝能が判明している遺伝子変異について、予測した結果を棒グラフとして示します (図)。灰色の予測値と黒色の実測値がほぼ同じであることが分かります。
この方法を用いることで、これまで薬物代謝能が不明であった遺伝子変異についても、その数値を高精度に算出できます。つまり、遺伝子検査で副作用への影響が不明な新しい遺伝子変異が発見された場合でも、治療前に抗がん剤の副作用予測が可能になります。
今後の展開
今回の研究成果により、治療開始前に抗がん剤の副作用予測が可能となったことに加えて、同じ研究手法を適応することで、抗がん剤の薬効予測が可能となります。薬効予測についても、高岡准教授らは、今年の8月に運用を終了した京コンピュータを用いて基礎解析を終えています。そして現在は、肺がんを対象として治療前の薬効予測 (治療効果予測) を可能にすべく解析を進めています。
用語解説
- ※ 薬物代謝酵素
- 体内に入った薬物・毒物に対して、代謝や排泄を行う時に働く酵素。
論文情報
- タイトル
- “Establishment of the experimental procedure for prediction of conjugation capacity in mutant UGT1A1”
- DOI
- 10.1371/journal.pone.0225244
- 著者
- Yutaka Takaoka, Atsuko Takeuchi, Aki Sugano, Kenji Miura, Mika Ohta, Takashi Suzuki, Daisuke Kobayashi, Takuji Kimura, Juichi Sato, Nobutaro Ban, Hisahide Nishio, and Toshiyuki Sakaeda
- 掲載誌
- PLOS ONE(プロスワン)