神戸大学医学部附属病院医療情報部の高岡裕准教授、大田美香学術研究員、菅野亜紀医学研究員(名古屋大学医学部 助教を兼務)ら、大学院医学研究科の錦織千佳子教授、中野英司助教、熊本大学発生医学研究所の立石智講師、神戸常盤大学医療検査学科の鈴木高史教授の研究グループは、既存薬を用いた安全で安価な創薬法であるドラッグリパーポージング法※1 と計算創薬を融合させた新しい創薬法を開発し、これまで治療法がなく多くの患者が運動機能障害と皮膚の悪性腫瘍へと至る難治性の皮膚疾患を呈する色素性乾皮症D群のうち、特に重篤なR683W変異型に対し有効な薬剤を発見し、さらに細胞実験でこの薬剤が著効することを明らかにしました。この研究は、神戸大学と神戸常盤大学の大学間共同研究プロジェクトとして遂行されたものです。

研究成果は、2021年3月3日に、国際科学誌「Biomedicines」にオンライン公開されました。

ポイント

  • 色素性乾皮症D群(R683W)は、紫外線による皮膚における高度の炎症に引き続き、色素異常に加えて若年での皮膚がんの多発をきたす常染色体劣性遺伝性の疾患である。特に、R683W変異型は遺伝子修復機能がほとんど失われていることから重篤である。皮膚障害と重度の神経障害を伴い、根本的治療法はない。
  • 希少な難病の創薬は商業的に見て売り上げが見込めず、通常困難である。
  • 本研究チームは、希少難病で重篤な色素性乾皮症D群のうちR683W型の治療薬を、既存の薬剤および生理活性が分かっている化合物の中から、計算機による分子シミュレーションで効率よく治療薬候補を探索する創薬法『in silico DR法』を開発した。
  • 本創薬法により発見された治療薬候補は、色素性乾皮症D群(R683W)の培養細胞で遺伝子修復機能(ヌクレオチド除去修復能:NER)を回復させることが示され、本創薬法の有用性が証明された。
  • 本研究成果は、現在まで根治療法の無い色素性乾皮症D群(R683W)に対する世界で初めての特異的治療法の開発に、大きく貢献することが期待できる。

研究の背景

色素性乾皮症(XP)は、重度の日光過敏症と神経症状を呈する希少な常染色体劣性遺伝性疾患で、日本では約22,000人に1人、米国では約100万人に1人、西欧では約43.5万人に1人が発症します。このうち色素性乾皮症D群(XPD)はERCC2遺伝子変異が原因で発症する常染色体劣性疾患で、皮膚に高度の炎症を引き起こす希少遺伝性疾患です。XPDは欧米ではXPの中で2番目に多く、日本では3番目に多いタイプで、日本では患者の55%、欧米では25%が思春期前に神経症状を発症します。

疾患の原因となるXPDタンパク質は、転写因子IIヒト複合体のATP依存性DNAヘリカーゼであり、損傷したDNA二重らせんの鎖をほどくことでDNA修復を促進する機能を有します。このXPDのR683W変異は重度の光過敏症と神経症状、具体的には若年で露光部に皮膚がんが多発するとともに、進行性の知的障害、聴覚障害、および歩行能力の喪失などの中枢神経系の重篤な異常を引き起こします。その原因として、ヌクレオチド除去修復(NER)能力の低下が知られています。これまでの高岡准教授による分子シミュレーション解析により、各XPD型におけるNER機能の障害は、XPDタンパク質のATP結合能の低下が引き起こしていることが分かっています。

これらのことから、ATP結合能を回復させる薬が見つかれば臨床症状を改善可能であると、本研究チームは考えました。しかし、患者数の少ない希少難病では、開発コストの低減なしには創薬は実現しません。そこで、すでに前臨床試験や臨床試験で生体動態や安全性が確認されている薬剤2,006種類を対象とするドラッグ・リパーポージング(DR)法を、計算創薬に応用した「計算ドラッグ・リパーポージング(in silico DR)」として応用することで創薬コストを下げることができると考え、計算DR創薬法(図1)を考案し、研究を進めました。

図1 計算DR創薬法

研究の内容

正常型と変異型のXPDタンパク質の構造を解析し、2,006種類の既存薬を対象にドッキング解析を行ないました。ドッキング結果から、ATP結合部位とDNA結合部位以外に結合し、かつ常に同じ部位に結合する化合物を計152種類選択しました。その中から特に安定な結合結果を得た5種類の薬剤を治療薬候補として選択し、スーパーコンピュータ「京」を用いて誘導適合による構造変化を解析しました。そして候補薬剤によるATP結合部位の変化と、ATPドッキング能の変化を、誘導適合後のXPDタンパク質の立体構造を用いて解析しました。

図2 ATP結合部位の静電ポテンシャル

図2a は正常のXPDタンパク質の静電ポテンシャル解析結果で、黄色の丸で示された部位がATP結合部位です。XPD R683W変異型タンパク質では、図2b のようにATP結合部位の静電ポテンシャルは正常型の赤(−)から青(+)に変化しています。しかし、図2c に示すように、XPD R683W変異型タンパク質に酵素阻害剤4E1RCatを結合させると、誘導適合によりATP結合部位の静電ポテンシャルが正常型と同様に赤色に変化しており、ATPドッキング解析の結果も正常と同様でした。

図3 ヌクレオチド除去修復能(NER) の変化

10μMおよび25μM濃度の4E1RCatのみ、NERが回復した。

そこで、XPD R683W変異の皮膚線維芽細胞を用いた遺伝子修復機能(ヌクレオチド除去修復能:NER)を解析することにしました。図3 レーン3と4(左から3、4本目のバー)のように、4E1RCatによるNER能の回復が示されました。

今後の展開

現在、今回の論文で報告した計算創薬方法を用い、有効な治療薬候補をさらに発見すべく、計算機による候補化合物の探索を継続して進めています。

用語解説

※1 ドラッグリパーポージング(Drug Repurposing)
既に薬として使われている、または体内動態や安全性などは明らかだが治療薬開発途上の化合物など、2,006種類を対象に治療薬を探索する方法。その特徴は、治療薬開発のコストが安価なアプローチである。

謝辞

本研究は一般財団法人高度計算科学研究機構(Project ID: hp160275)によるスーパーコンピュータ「京」を用いた研究の成果です。また、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難病性疾患実用化研究事業「in silicoドラッグリポジショニング解析による色素性乾皮症D群に対する治療薬の開発」(研究開発代表者:錦織千佳子)、「色素性乾皮症治療薬の開発」(主任研究者:錦織千佳子)、厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業JP20FC1043、JSPS科研費 JP18K07414、JP19K07867、JP19K012202等の助成を受けたものです。

また、神戸大学と神戸常盤大学の大学間共同研究プロジェクト(2019年10月~2020年9月)により遂行されました。本研究プロジェクトを導いて頂いた、神戸常盤大学前学長の上田國寛博士(京都大学化学研究所 名誉教授)に感謝いたします。

論文情報

タイトル
In Silico Drug Repurposing by Structural Alteration after Induced Fit: Discovery of a Candidate Agent for Recovery of Nucleotide Excision Repair in Xeroderma Pigmentosum Group D Mutant (R683W)
DOI
10.3390/biomedicines9030249
著者
Yutaka Takaoka1, *,†, Mika Ohta1,2,3,†, Satoshi Tateishi4, Aki Sugano1, Eiji Nakano3, Kenji Miura1, Takashi Suzuki1,2 and Chikako Nishigori3

1 Division of Medical Informatics and Bioinformatics, Kobe University Graduate School of Medicine
2 Department of Health Science, Kobe Tokiwa University
3 Division of Dermatology, Kobe University Graduate School of Medicine
4 Institute of Molecular Embryology and Genetics, Kumamoto University
* Correspondence
† These authors contributed equally to this work.
掲載誌
Biomedicines

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研究者