神戸大学大学院医学研究科附属感染症センター臨床ウイルス学分野の森康子教授らの研究グループは、さまざまな重症度の新型コロナウイルス感染症(COVID-19※1)患者の血清を国内で初めて多面的に解析し、すべての感染患者において新型コロナウイルスに対する中和抗体※2が産生されており、重症度の高い患者ほど中和抗体価が高いことを明らかにしました。中和抗体産生に伴い、PCRにてウイルスゲノムは陰性になりました。さらに、重症度の高い患者ほどサイトカイン・ケモカイン※3産生量が多いことも明らかになりました。
今回の結果は、重症化の可能性が高い高齢のCOVID-19患者に対しては、ウイルス増殖を抑えるために早期に血漿療法(抗体療法)や抗ウイルス剤投与を、一旦重症化した患者に対しては、ウイルスが排除されていることを確認した場合に限って、ステロイドなどによるサイトカインストームの抑制が重要であることを示唆すると考えられます。
本成果は、2021年1月29日に科学雑誌「JMA Journal」に掲載されました。
ポイント
- 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は感染性が高く、世界中に広がっている。
- ウイルスが体内に侵入すると、体内ではウイルスを直接攻撃する中和抗体や、炎症を誘導するサイトカイン・ケモカインの産生などが起こる。
- COVID-19重症患者では、炎症が過剰に亢進するサイトカインストームが引き起こされ、組織障害の原因となっていることが示唆されているが、詳細には分かっていない。
- 解析の結果、さまざまな重症度のCOVID-19患者12人は、すべて新型コロナウイルスに対する中和抗体を産生しており、また中和抗体やサイトカイン・ケモカイン量は、重症度が高いほど多く産生されていた。
- この研究により、重症患者における炎症抑制治療の重要性が示唆された。
研究の背景
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は感染性が高く、世界中に広がっています。COVID-19の症状は重症度により大きく異なり、高齢者や基礎疾患のある人ほど重症化しやすいとされています。また、COVID-19の重症例では、炎症性サイトカインであるIL-6などが多く産生されており、過剰に炎症反応が起きていると考えられています。一方で同一の患者の免疫応答を詳細に解析した報告はあまりなく、COVID-19重症化のメカニズムや、その抑制法ははっきりしていません。
本研究では、さまざまな重症度のCOVID-19患者12人の血清を多面的に解析し、その免疫応答を明らかにしました。
研究の内容
国内患者12名を、WHOのカテゴリーに基づいて、無症候1名、軽症1名、重症3名、超重症7名に分類し、解析を行いました。超重症患者は、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈し、人工呼吸器を使用していました。
解析した患者(PCR陽性者)すべてについて、血清中に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する中和抗体が誘導されていました。一方で、非感染者7名の血清ではウイルスを全く中和することができませんでした。10名の重症および超重症患者血清では、無症候患者の血清よりも高い中和抗体価が得られました。発症直後から経時的に解析した患者4名では、発症後4-10日の間に中和抗体価の上昇が認められました。ほとんどの患者では、抗体上昇後にPCRによるウイルスゲノムを検出できなくなっていました。全ての患者について、血清中のサイトカインおよびケモカイン等48種類を定量しました。重症者・超重症者では炎症性サイトカインIL-6のみならず、多くのサイトカイン・ケモカインの上昇が認められました。
今後の展開
この研究は、COVID-19患者の血清を多面的に解析したものです。重症患者の血清では中和抗体価が高かったことから、新型コロナウイルスが体内で多く増殖することが、重症化の引き金となっている可能性が示唆されます。また、非感染者の血清では、新型コロナウイルスに対する中和抗体が検出されなかったことから、いわゆる風邪の原因として知られている流行性のヒトコロナウイルスは、新型コロナウイルスに対する中和活性に影響を与えていないと考えられます。今後は、COVID-19回復者における中和抗体価がどれだけ持続するのか、検討することが必要になります。
今回の結果は、重症化の可能性が高い高齢のCOVID-19患者に対しては、早期に血漿(けっしょう)療法(中和抗体投与療法)や抗ウイルス剤の投与を、一旦重症化した患者(ウイルスゲノムが陰性であること)に対しては、ステロイド療法などによるサイトカインストームの抑制が重要であることを示唆すると考えられます。COVID-19に対しては、ウイルスの複製を阻害するレムデジビルおよび、炎症抑制を行うステロイドであるデキサメタゾンが治療薬として認可され、そのほかにも多くの治療薬が研究されています。COVID-19に対する根本的な治療薬や、重症化を防ぐ方法の開発のために、COVID-19患者の免疫応答を詳細に解析することが今後も不可欠であるといえます。
用語解説
- ※1 COVID-19
- いわゆる新型コロナウイルス感染症。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされ、一般的には飛沫感染や接触感染で感染すると考えられています。
- ※2 中和抗体
- 体内に侵入したウイルスを攻撃し、不活化する能力のある抗体。体内からウイルスを排除し、二度目の感染を防ぐための役割も担っていると考えられています。海外ではCOVID-19回復者の血漿を用いての治療が試みられています。
- ※3 サイトカイン
- 細胞から分泌されるタンパク質で、周囲の細胞に影響を与える物質。免疫細胞の遊走や活性化を引き起こし、炎症を誘導するものが含まれます。COVID-19重症例では、サイトカインが過剰に放出されるサイトカインストームが引き起こされ、組織障害の原因となっていると考えられています。
謝辞
本研究は兵庫県からの支援を受けて実施されました。
論文情報
- タイトル
- “ The Neutralizing Antibody Response against Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 and the Cytokine/Chemokine Release in Patients with Different Levels of Coronavirus Diseases 2019 Severity: Cytokine Storm Still Persists Despite Viral Disappearance in Critical Patients ”
- DOI
- 10.31662/jmaj.2020-0083
- 著者
- Lidya Handayani Tjan1, Tatsuya Nagano2, Koichi Furukawa1, Mitsuhiro Nishimura1, Jun
Arii1, Sayo Fujinaka3, Sachiyo Iwata4, Shigeru Sano5, Yoshiki Tohma5, Yoshihiro
Nishimura2, Yasuko Mori1
1 神戸大学大学院医学研究科 附属感染症センター 臨床ウイルス学分野
2 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座・呼吸器内科学分野
3 兵庫県立加古川医療センター 臨床検査部
4 兵庫県立加古川医療センター 循環器内科
5 兵庫県立加古川医療センター 救命救急センター - 掲載誌
- JMA Journal