神戸大学大学院海事科学研究科の金崎真聡准教授、山内知也教授らと、大阪大学大学院工学研究科の蔵満康浩教授ら、量子科学技術研究開発機構関西光科学研究所の福田祐仁上席研究員らの研究グループは、レーザーで加速された炭素イオンと酸素イオンを固体飛跡検出器で分別検出する手法を開発しました。
今後、この計測手法を利用して、高強度レーザーによる高純度な炭素イオンビーム発生研究の進展が期待されます。
この研究成果は、8月11日に、国際科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
ポイント
- 感度の異なる2種類の固体飛跡検出器を利用して、これまで困難であった炭素イオンと酸素イオンを分別検出する手法を開発
- 磁場と電場によるイオン計測では明らかにできなかった炭素イオンと酸素イオンの割合を明らかにした
- 高強度レーザーによるイオン加速実験で、炭素イオンを多く含む重イオンビームが発生していることを確認
研究の背景
高強度レーザーと物質の相互作用を利用したレーザー駆動イオン加速は、従来型加速器の限界を超える可能性を秘めており、加速器を大幅に小型化できる手法の一つとして基礎研究が進められています。例えば、素粒子実験などの科学研究だけでなく、粒子線がん治療や農産物の品種改良など様々な分野で利用されるイオンビームは、大型の加速器を用いて発生させます。レーザー駆動イオン加速は、次世代型小型加速器としての応用が期待されますが、そのためには発生させたイオンビームのイオン種やエネルギーを特定することが重要な課題の一つです。特に、炭素イオンの加速を主目的としたレーザー駆動イオン加速研究においては、不純物である酸素イオンも同時に加速されるため、その割合を知る必要があります。
レーザー駆動イオン加速研究において、発生させたイオンビームのイオン種やエネルギーを特定するために最も広く用いられている手法としてトムソンパラボラがあります。この手法では、静電場と静磁場を用いて、イオンをその質量電荷比とエネルギーによって分別し、検出器面上に放物線を描いてイオン検出を行います。特に、炭素イオンの加速を主目的とした研究においては、不純物である酸素イオンの割合を知る必要がありますが、トムソンパラボラでは、12C6+と16O8+のような質量電荷比が同一のイオンは、検出器面において同一の放物線を描くため区別できない、という本質的な問題を抱えていました。すなわち、炭素イオンと酸素イオンを分別可能な新たなイオン検出方法が必要な状態でした。
研究の内容
本研究では、炭素イオンと酸素イオンを区別するため、感度の異なる二種類の固体飛跡検出器を利用して、これらイオンを分別計測する方法を開発しました。固体飛跡検出器は、イオンの通り道をエッチピットと呼ばれる跡として可視化する検出器で、例えば、身近にあるペットボトルの材料であるポリエチレンテレフタレート(PET)も検出器の一つです。今回の実験では、炭素イオンよりも重いイオンに感度を示すポリカーボネート(PC)と、酸素イオンよりも重いイオンに感度を示すPETを用いました。それぞれの材料の感度の違いは、別途、量子科学技術研究開発機構重粒子線がん治療装置HIMAC加速器施設を用いて事前に調べました。そして、この検出手法を、大阪大学と国立台湾中央大学とが共同開発した炭素薄膜を用いて、量子科学技術研究開発機構関西光科学研究所J-KARENレーザー装置で実施されたイオン加速実験に適用しました。図中の写真に示す計測結果を見てみると、PCには多くのエッチピットがあり、PETには少しのエッチピットしかありません。すなわち、加速されたイオンのほとんどが炭素イオンであり、検出されたエッチピット数から、加速された14 MeVを超える高エネルギー重イオンの内93±1%が炭素イオンであることが示されました。レーザー駆動イオン加速では、これまでにも静電場と静磁場を利用したイオン計測手法が用いられてきましたが、その方法では明らかにできなかった事実が、以上の通り、固体飛跡検出器を利用した本研究で開発したイオン検出手法により明らかとなりました。
今後の展開
高強度レーザーを用いたイオン加速の中でも、高純度炭素イオンビームの発生は様々な応用が期待されますが、これまで、その純度を調べる手法がなく、研究のボトルネックとなっていました。本研究で開発した検出手法を用いることで、より高純度な炭素イオンビーム発生に向けた研究が加速され、その応用に一歩近づくものと期待されます。
謝辞
本研究はJSPS科研費JP20KK0064, JP19H00668, JP19K21865, JP17K17876の助成を受けたものです。
論文情報
- タイトル
- “Discriminative detection of laser-accelerated multi-MeV carbon ions utilizing solid state nuclear track detectors”
- DOI
- 10.1038/s41598-021-92300-1
- 著者
- Takamasa Hihara, Masato Kanasaki, TakafumiAsai, Tamon Kusumoto, Satoshi Kodaira, Hiromitsu Kiriyama, Keiji Oda, TomoyaYamauchi, Wei‑YenWoon, Yasuhiro Kuramitsu, Yuji Fukuda
- 掲載誌
- Scientific Reports