大阪大学レーザー科学研究所の余語覚文准教授らの研究チームは、レーザーの光を使って、中性子とX線を同時に生成し対象物質を瞬間撮影する技術開発を行いました。中性子を撮影に使うためには、中性子の数をあまり減らさずに中性子のエネルギーを下げる必要があります。そのための装置を開発しました。この装置の試験のため、カドミニウムを含む充電池(ニッカド電池)、カドミニウムを含まない充電池 (ニッケル水素電池)、炭化ホウ素粉末を容器に入れたものの3種類の試料を撮影しました。X線と中性子の画像の分析から、3種類の試料を識別できることを示しました。本成果によって、これまで容易ではなかった中性子とX線の同時撮影が可能になります。また、レーザー中性子の極短パルス性を生かした中性子の瞬間撮影が可能になり、金属配管の中の水・油の流れや、ロケットエンジンでの液体水素燃料の挙動といった、動的なメカニズムの解明などの研究に使うことが可能になります。
本研究成果は、速報性の高い論文を出版する国際的科学雑誌 Applied Physics Express に2021年9月17日に公開されました。
ポイント
- レーザーで瞬間的に強い中性子*1 パルスと強い X 線パルスを同時に生成。
- 中性子と X 線で、試料 (充電池) の透過画像の同時瞬間撮影の技術を実証。実験では、X 線では写せない炭化ホウ素を中性子で撮影。
- 中性子の画像解析から、カドミニウムを含む充電池と含まない充電池を識別。
- この技術により、金属配管の中の水・油の流れや、ロケットエンジンでの液体水素燃料の挙動など、これまで可視光やX 線では見えなかった高速現象を、撮影することが可能となります。
研究の背景
レーザーの光を極めて短い時間に小さい領域 (数10ミクロン) に集中させると、あらゆる物質が電子とイオンに分離した「プラズマ」になります。この高密度のプラズマからは、高エネルギーの陽子などの粒子やX線が発生します。さらに、生成した高エネルギーの陽子をベリリウムに照射することで、非常に短い時間幅で中性子を生成することができます。このような中性子を用いて物質の透過画像を瞬間的に撮ることが可能ですが、そのためには中性子と物質が反応しやすくするために、中性子のエネルギーを下げる必要がありました。
一方、X線も物質の透過画像を撮る有効な手段ですが、中性子による透過画像とは異なる種類の画像をとることができるため、X線と中性子の透過画像を同時にとることが望まれていました。しかし、そのためには従来の手法とは異なる中性子・X線を同時に生成する手法が求められていました。
研究の内容
研究グループは、これまでレーザーを用いて陽子と重陽子を効率良く生成する基礎研究を行ってきました。この原理を応用して、レーザーで生成した陽子・重陽子から多数の中性子を生成してかつ、中性子の数をあまり減らさずに中性子のエネルギーを下げる装置を製作しました。また、X線の透過画像と中性子の透過画像を同時に計測できる検出器を開発しました。これらの装置の性能を試験するために、カドミニウムを含まない充電池 (ニッケル水素電池)、カドミニウムを含む充電池(ニッカド電池)、炭化ホウ素粉末の入った容器の3種類の物体を用意しました。炭化ホウ素は原子番号が小さいためにX線の透過画像ではほとんど写らない物質です。カドミニウムは人体に有害であるため識別できることが期待されている物質です。レーザーで生成した中性子とX線で同時に10万分の1秒の短い時間で瞬間撮影した画像を図1に示しました。X線の透過画像では、予想された通りに炭化ホウ素が写っていません。カドミニウムを含む充電池と、カドミニウムを含まない充電池は写っていますが両者の成分を識別することはできません。中性子で撮影した画像では、3種類の試料が全て写っています。X線画像に写らず中性子画像のみ写る物体の組成は、炭化ホウ素のような原子番号が小さい物質であることが分かります。中性子の画像を詳細に分析しますと、画像の濃さから、カドミニウムを含む充電池と含まない充電池を識別することができました。さらに、充電池に内蔵されているカドミウムの厚さを計ることもできました。本研究では、中性子とX線の同時瞬間撮影を行い、画像から写っている物質を推定することができることを示しました。
本研究成果が社会に与える影響 (本研究成果の意義)
X線と中性子では撮影できる物質が違うため、2種類の画像を比較することで物質の種類を識別することが可能になります。特に中性子は水素に対して感度が高いため、水や水素、燃料などの撮影に向いています。X線は水素などの軽い物質は透過することから、金属などの重い物質を評価することに役に立ちます。
本研究によって、10万分の1秒という短いシャッター時間で、中性子による高速撮影が可能になりました。金属配管の中の水・油の流れや、ロケットエンジンでの液体水素燃料の挙動など、これまで可視光やX線では見えなかった高速の現象を、中性子を使って撮像する技術に繋がります。
研究助成
本研究は、大阪大学レーザー科学研究所の大出力レーザー「LFEX*2」を用いた成果であり、大阪大学、神戸大学、量子科学技術研究開発機構、福井工業大学、英国のクィーンズ・ベルファスト大学、インペリアル・カレッジ・ロンドンからなる国際共同研究として、科学技術振興機構 (JST) 研究成果最適展開支援プログラム A-STEP「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」(2015-2019 年度) 、日本学術振興会・科学研究費補助金 (25420911, 26246043)、および大阪大学レーザー科学研究所・共同利用研究などの支援のもと実施されました。
用語解説
- *1 中性子
- 中性子は原子核を構成する粒子の一種。中性子はシリコンやカルシウムなどに対する透過力が高く、比較的深部まで入り込むことができる一方で、水素、リチウム、ホウ素といった軽元素に対しての相互作用が強く、水や有機物などに感度が高いほか、特定の物質 (カドミウムなど) に吸収されやすいため、X線では得られない透過画像を撮影できる。
- *2 LFEX (エルフェックス)
- 短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。一瞬 (1兆分の1秒=1ピコ秒) ではあるが、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力 (2千兆ワット=2ペタワット) が得られる。これは、典型的な発電所 (100万キロワット) が発生する電力の200万基分に相当する。高出力レーザー装置「LFEX」は日本の光技術の粋を結集した最先端装置であり、国内企業の技術競争力の向上に大きく寄与するとともに、世界的に高く評価されている。
論文情報
- タイトル
- “Single shot radiography by a bright source of laser-driven thermal neutrons and x-rays”
- DOI
- 10.35848/1882-0786/ac2212
- 著者
- A. Yogo, S. R. Mirfayzi, Y. Arikawa, Y. Abe, T. Wei, T. Mori, Z. Lan, Y. Hoonoki, D. Golovin, K. Koga, Y. Suzuki, M. Kanasaki, S. Fujioka, M. Nakai, T. Hayakawa, K. Mima, H. Nishimura, S. Kar, and R. Kodama
- 掲載誌
- Applied Physics Express