神戸大学大学院工学研究科の田中勉准教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの藤原良介特別研究員、野田修平研究員ら、東北大学大学院工学研究科の梅津光央教授らの研究グループは、大腸菌が一度取り込んだグルコースを、グルコース6リン酸にして菌体外に再放出するという新たなメカニズムを発見しました。
さらに、このメカニズムを基に代謝工学と細胞表層工学を組み合わせることで、目的物質の生産量を向上させる新たな技術の開発に成功しました。
今後、本技術を応用することで、微生物の培養液にほんの少し加えるだけで劇的に物質生産量を向上できる「代謝スパイス」の実現が期待されます。
この研究成果は、3月5日に、Metabolic Engineering に掲載されました。
ポイント
- 微生物が一度取り込んだグルコースの一部をグルコース6リン酸として外に排出することを発見
- 排出したグルコース6リン酸を菌体表面でトラップすることで様々な化合物の生産量を向上させる新たな技術の開発に成功
- 微生物培養液にほんの少し加えるだけで物質生産量を大幅に向上できる「代謝スパイス」への応用が期待される
研究の背景
自然界に大量に存在する安価な草や木などの再生可能資源(バイオマス資源)由来の製品は、製造や廃棄などの過程で大気中のCO2を増加させないカーボンニュートラル※1 という特長を持っています。このバイオマスを原料として、微生物を用いたモノづくりを行うバイオリファイナリー技術※2 の開発は、SDGsへ貢献し、低炭素社会を構築する上で非常に重要です。
田中准教授らの研究グループでは、さまざまな微生物の表層にバイオマス分解酵素を提示し、バイオマス分解能を付与する細胞表層工学技術の開発を進めてきました。これにより、植物バイオマスであるセルロースやセロオリゴ糖を微生物がグルコースまで分解し、分解したグルコースを自ら取り込んで物質生産を行うことができます。
この研究の過程において、バイオマス分解とは全く関係なく、酵素の表層提示により目的物質の生産量が上がるという新たな現象を見出しました。この現象を応用することでバイオマス資源由来の化合物生産の収率・生産量の向上が可能であり、物質生産における脱炭素化への貢献が期待されます。さらに本研究グループは、このメカニズムの解明および新たな技術である「代謝スパイス」への応用を目指して研究に取り組みました。
研究の内容
本研究グループは、代表的な微生物である大腸菌が、取り込んだグルコースのごく一部をグルコース6リン酸(G6P)として菌体外に放出している、という全く新しい現象を発見しました。一般的に微生物は、栄養源であるグルコースをG6Pに変換しつつ菌体内に取り込みます。これまで、一度取り込まれたG6Pは菌体外に出られないと考えられてきました。本研究では、これまでの通説を覆す、大腸菌がG6Pを放出するという新たなメカニズムを発見しました。そして、微生物の細胞表層に提示されているバイオマス分解酵素が放出されたG6Pを一時的に捕捉(トラップ)することで、菌体内の代謝を促進し、物質生産性が向上することが分かりました(図1)。
さらに本研究グループは、このメカニズムを応用して菌体表層にG6Pをトラップできるさまざまなタンパク質を局在化させることで、目的物質の生産量を向上させる新しい技術を開発し、フェニルアラニンの生産量を向上させることに成功しました(図2)。
さらに、本技術を用いることで、芳香族アミノ酸であるチロシンおよび有用なジカルボン酸であるムコン酸の生産量も向上できました(図3)。特にムコン酸は、ナイロンの原料となるアジピン酸に容易に変換できる有用化合物であり、他のさまざまな医薬品や化成品原料としても利用できる、産業的に重要な化合物です。この結果から、本技術はさまざまな化合物生産に応用可能な汎用性のある技術であると示されました。
今後の展開
本研究グループは、タンパク質を菌体表層に提示する代わりに、培養液に特定の小分子化合物を添加しても同様の現象が起きることを確認しています。このような特徴を持つ小分子を「代謝スパイス」と名付け、現在さらなる開発に取り組んでいます(図4)。代謝スパイスは、微生物培養液に少量を添加するだけで、微生物の遺伝子組み換えを行うことなく目的物質の生産量を増加させると期待できます。さらに本技術は、特定の代謝経路を強化してさまざまな有用物質の前駆体の供給量を高める技術であるため、最終生成物を明らかにできない場合でも適用可能です。また、本研究を通してG6Pへの選択性と結合力は「ほどほど」で十分であることが示唆されています。代謝スパイスの探索は、選択性や結合力が高い化合物を探索する既存のアプローチとは異なるため、企業等が保有している化合物ライブラリ中の「ボツになった化合物」に、新たな代謝スパイス候補が眠っていると考えられます。そのため、これまでバイオ生産に関わったことのない企業にも、新たな産学連携の可能性をもたらすと期待できます。
用語解説
※1 カーボンニュートラル
化石燃料の代わりにバイオマスを使うことで二酸化炭素の排出と吸収がプラスマイナスゼロとなり、大気中のCO2の量は変化しないという概念。
※2 バイオリファイナリー技術
再生可能な資源であるバイオマスを原料として、バイオ燃料やバイオプラスチック、医薬品原料などを生産する技術。
謝辞
本研究は以下の研究助成を受けて行われました。
- 未来社会創造事業 探索加速型「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域
「ゲームチェンジングテクノロジー」による低炭素社会の実現 研究課題名:細胞表層工学と代謝工学を用いたPEP蓄積シャーシ株の創製 (No. JPMJMI17EI) - 科学研究費基盤研究 (B)(No. 19H02526)
- 理研基礎科学特別研究員制度
- 日本学術振興会特別研究員奨励費
論文情報
タイトル
“G6P-capturing molecules in the periplasm of Escherichia coli accelerate the shikimate pathway”
DOI
10.1016/j.ymben.2022.03.002
著者
Ryosuke Fujiwara, Mariko Nakano, Yuuki Hirata, Chisako Otomo, Daisuke Nonaka, Sakiya Kawada, Hikaru Nakazawa, Mitsuo Umetsu, Tomokazu Shirai, Shuhei Noda,* Tsutomu Tanaka,*, Akihiko Kondo
掲載誌
Metabolic Engineering