神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科博士課程後期課程の雲北涼太氏、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授らの研究グループは、神戸大学先端膜工学研究センターの中川敬三准教授らのグループと共同で、「酵母を用いたバイオフェノール生産系」と「中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システム」を組み合わせることで、酵母のバイオフェノール生産性を大きく向上させることに成功しました。本研究で開発した技術を応用することで、従来のバイオモノづくりでは高生産できなかった化合物群の大量生産が期待できます。

この研究成果は、2023年9月に特許出願をし、2023年11月30日に、国際科学誌「Bioresource Technology」にオンライン掲載されました。

神戸大学では、卓越した研究分野からなる研究拠点群をデジタルバイオ・ライフサイエンスリサーチパーク (DBLR) に結集し、異分野共創によって社会的価値のあるイノベーションの創造を目指しています。本研究成果はDBLRの取り組みによるものです。

ポイント

  • 代謝工学を用いて、酵母を宿主とするバイオフェノールの生産に世界で初めて成功した。
  • フェノールなどの疎水性化合物が培養液中に高濃度で蓄積すると、微生物に対して有毒であり、これが微生物の生育阻害や物質生産性の低下を引き起こす。
  • 微生物が発酵生産したフェノールを培養液から抽出するため、中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システムを開発した。
  • 微生物培養システムと膜抽出システムを組み合わせることで、バイオフェノール生産性を約3倍向上させることに成功し、膜抽出システムの導入が微生物の物質生産性の向上に大きく寄与することを実証した。

研究の背景

フェノールは、フェノール樹脂、合成香料、農薬、洗剤など、様々な工業製品を合成する上で重要なハブ化合物ですが、現在、工業的に生産されているフェノールのほとんどは石油化学資源からの生産に依存しています。このような化石資源の使用量増加は気候変動や環境問題の一因となっており、化石資源使用量の低減は世界的な課題となっています。

近年、合成生物学の進展により、微生物に異種生物や植物由来の代謝経路を導入し、微生物の物質生産能力を活用して有用物質を生産する技術開発が進められています。微生物の中でも酵母は、ファージ感染に対する影響を受けにくく、かつ高濃度の代謝産物に対する耐性が高いことから、物質生産の宿主として大いに期待されています。しかしながら、代謝工学 (※1) を用いた酵母によるバイオフェノール生産に関する報告はこれまでありませんでした。

フェノールを含む疎水性化合物は、一般的に高濃度では微生物に有毒であり、微生物に高生産させることは困難です。この課題を解決するアプローチの一つに二相培養があります。二相培養は、疎水性化合物が微生物の発酵培養液より有機溶媒への溶解度が高い性質を利用して、発酵培養液に有機溶媒を添加することで、疎水性化合物を培養液から抽出 (液-液抽出) する手法です。しかしながら、従来の二相培養システムでは、培養液に酸素を供給するための通気と溶液の撹拌により二相がエマルジョン化してしまうという課題がありました。これは、微生物の生育・代謝に悪影響を及ぼすだけでなく、代謝産物の連続的な抽出を不可能としていました。

我々の研究グループは、液-液抽出の界面に膜を使用するシステムを開発できれば、微生物の発酵プロセスを妨げることなく疎水性化合物を連続かつ効率よく抽出できる可能性があると考えました。本研究では、初めにグリセロールを原料にフェノールを生産できる酵母株の開発に取り組みました。次に、培養液からフェノールを抽出するための中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システムの構築に取り組みました。最後に、「酵母を用いたバイオフェノール生産系」と「フェノール膜抽出システム」を組み合わせることで、連続的なバイオフェノール発酵生産システムの確立を目指しました。

研究の内容

図1. フェノール産生ピキア酵母株の攪拌培養中での代謝物濃度の変化 青矢印で示す培養30~96時間の間、グリセロール等の栄養素を培養液に添加した。

我々の研究グループは、これまでの研究でフェノール生産における前駆体化合物「チロシン」を高生産できるピキア酵母株 (チロシンシャーシ株) の作出に成功しています。本研究では、まず、チロシンシャーシ株にフェノール生合成経路の遺伝子を導入し、フェノール産生ピキア酵母株を作出しました。このフェノール産生ピキア酵母株を用いて流加培養 (※2) を行った結果、1052 mg/Lのフェノールを生産することに成功しました (図1)。これは酵母を宿主とするフェノール生産の初めての報告です。しかしながら、フェノール生産量は培養72時間以降増加せず (図1_赤色)、また、培養液中で微生物の原料となるグリセロールは培養72時間以降消費されていませんでした (図1_黄色)。これらの結果から、培養液中のフェノール濃度が高くなるとピキア酵母へ毒性が生じ、グリセロール消費が抑制され、フェノール生産が停止したことが示唆されます。

次に、培養液からフェノールを抽出するための中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システムの開発に取り組みました。中空糸膜には、宿主であるピキア酵母 (径:約6 µm) 自体は通さず、ピキア酵母が生産したフェノールのみを抽出できるよう、膜表面の孔径が0.04~0.06 µmの限外ろ過膜を使用しました。通常、中空糸膜の素材には物理的強度や耐薬品性の観点からポリプロピレン、PVDF (ポリフッ化ビニリデン) などの疎水性物質が使用されますが、疎水性素材の膜を使用した場合、中空糸膜内側を流れる溶媒が漏れ出す恐れがあります。そこで本研究では、PVDF膜の表面をPVP (ポリビニルピロリドン;膜の親水化剤としてよく使用される) で修飾した親水化PVDF膜を用いた中空糸膜モジュールを開発しました (図2)。

図2. 開発した中空糸膜モジュールの写真および膜断面のSEM画像 (※3)

最終的に、「ピキア酵母を用いたフェノール生産系」と「中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システム」を組み合わせ、連続的なバイオフェノール発酵生産システムの確立を目指しました。培養液中に含まれるフェノール (水相側) を中空糸膜モジュール内の中空糸膜界面を介して抽出溶媒 (有機相側) に抽出し、培養液中のフェノール濃度を低減させることを目指しました (図3)。

図3. 微生物培養系と膜抽出システムの組み合わせ (概要図) 青色は微生物培養液 (水相) の流れ、茶色はフェノール抽出用有機溶媒 (有機相;トリブチリン) の流れを示す。

培養開始から30-48時間、54-72時間、78-96時間の3回に分けて、中空糸膜を用いたフェノール膜抽出システムを使って培養液中のフェノールを抽出したところ、培養144時間後のフェノール生産量は3304 mg/Lに達し、膜抽出システムを導入していない流加培養でのフェノール生産量と比較して約3倍向上しました (図4a)。また、膜抽出中は培養液中のフェノール濃度は500 mg/L以下に保たれていました。更には、膜抽出終了後も培養液中のフェノール濃度は向上し続け、培養120時間までに培養液中のすべてのグリセロールが消費されていました (図4) 。これらの結果から、毒性化合物であるフェノールを培養液から抽出することで、ピキア酵母への毒性を軽減させ、ピキア酵母にフェノールを生産させ続けることに成功しました。

図4. 膜抽出技術を組み合わせたバイオフェノール生産試験 青矢印で示す培養30~96時間の間、グリセロール等の栄養素を培養液に添加した。

今後の展開

中空糸膜モジュールの最適化 (膜素材や中空糸膜の本数の検討を含む) によって、微生物の培養液からより高効率にフェノールを抽出できる可能性があります。また、本研究で開発した技術は、微生物にとって毒性の高い様々な化合物の発酵生産や、発酵生産物の分離にも応用できます。

用語解説

※1 代謝工学

遺伝子の発現などを強化または抑制することで、代謝経路を人工的に改変・構築・制御する技術。

※2 流加培養

培養液中に栄養素 (本研究では、グリセロールなど) を継続的に添加する培養手法。

※3 SEM画像

走査電子顕微鏡 (SEM:Scanning Electron Microscope) で撮影した画像のこと。SEMは、試料に電子線を当てて表面を観察する装置である。

謝辞

本研究の一部は、科学技術振興機構 (JST) 未来社会創造事業「細胞分裂制御技術による物質生産特化型ラン藻の創製と光合成的芳香族生産への応用」(グラント番号:JPMJMI19E4) および日本学術振興会「特別研究員奨励費」の「ピキア酵母におけるグリセロール廃液からの高効率な芳香族化合物発酵生産技術の開発」(課題番号:23KJ1548) の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

High-level phenol bioproduction by engineered Pichia pastoris in glycerol fed-batch fermentation using an efficient pertraction system

DOI

10.1016/j.biortech.2023.130144

著者

Ryota Kumokita, Takahiro Bamba, Hisashi Yasueda, Ayato Tsukida, Keizo Nakagawa, Tooru Kitagawa, Tomohisa Yoshioka, Hideto Matsuyama, Yasuhito Yamamoto, Satoshi Maruyama, Takahiro Hayashi, Akihiko Kondo, Tomohisa Hasunuma

掲載誌

Bioresource Technology

研究者

SDGs

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