木材価格の低迷などから森林所有者の森林離れが続いています。その対策として、2019年から始まった国の制度「森林経営管理制度」は、経営意欲の減退した森林所有者から市町村が経営を引き継ぎ、林業事業者や市町村が経営を担うというものですが、受け皿となる市町村も人員不足等から対応に苦慮しているというのが実情です。そうした中、総合地球環境学研究所 (地球研) を中心とした研究チームは、2018年3月に滋賀県野洲川上流域で森林に関するアンケート調査を行い、どのようにすれば森林所有者の「森林幸福度」 (森林と関わることで得られる幸福感) を高めることができるか検討してきました。

研究チームは、先行研究によって、当該地域の森林所有者の森林幸福度が非所有者に比べて低めであることを明らかにしました。今回、新たに森林所有者の属性を詳細に分析したところ、森林でリラックスしたり、木工活動に勤しんだりすることで森林所有者の森林幸福度が低くなりにくいことが明らかとなりました。また、年齢が上がることにも同様の効果が認められました。さらに、財産区 (共有林) の役員を務めること、所有林に占める人工林 (スギ・ヒノキなどの植林) の比率が高いこと、所有林の境界を正確に把握していることなども、森林幸福度の高さと関連していることがわかりました。過去1年以内に所有林から得られた収入・収穫は森林幸福度を向上させるのに対し、それ以前に得られた収入・収穫は森林幸福度を低下させる要因となりうることも示唆されました。今後、こうした分析結果に基づいて施策を講じることで、森林所有者による森林経営への関心や意欲を向上させることが期待されます。

本成果は、2019年度に終了した地球研プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性」における研究結果をまとめたもので、2022年3月17日発行の「日本森林学会誌」(オンライン版は2022年4月17日公開予定) に掲載されました。

研究の背景と課題

主観的幸福度については、ブータンで国民総幸福 (Gross National Happiness) が政策指標の一つとして用いられていることが有名ですが、日本でも政府の経済財政運営と改革の基本方針2021 (骨太方針2021) においてWell-being (幸福度) のKPI (重要業績評価指標) を設定することが定められたり、2021年10月の総選挙で各党の公約にWell-beingやQOL (生活の質) といった用語が登場したりするなど、政策への適用が進行中です。そうした中で「自然とのつながり」と主観的幸福度の関係も注目されるようになっており、「生態系サービス*」を人々の主観的幸福度に基づいて評価することも提唱されています。

日本においては、森林が国土の約3分の2を占めるにもかかわらず、長期の林業不振により森林所有者の「森林離れ」が進行しています。その対策として、2019年から始まった国の制度「森林経営管理制度」は、経営意欲の減退した森林所有者から市町村が経営を引き継ぎ、林業事業者や市町村が経営を担うというものですが、受け皿となる市町村も人員不足等から対応に苦慮しているというのが実情です。したがって、どうすれば森林所有者が森林にたいする関心を向上することができるかを問うことが求められ、その手がかりを得るために、森林所有者の主観的幸福度を測定することが有効であると考えられます。先行研究では、森林所有者の森林幸福度は非所有者に比べて低めであるという調査結果が報告されており (高橋ほか、2021)、結果のさらなる分析が待たれていました。

* 生態系サービス : 生態系から人間が受ける様々な恵みのこと。例えば森林は、生存に必要な酸素を生産するだけでなく、木材やキノコなどを供給し、保水により災害を防ぎ、レクリエーションの場ともなる。

研究の目的

そのような背景から、滋賀県立大学・環境科学部の高橋卓也教授 (元・地球研共同研究員、資源環境経済学)、京都大学・こころの未来研究センターの内田由紀子教授 (地球研共同研究員、社会心理学)、早稲田大学・人間科学学術院の石橋弘之助教 (元・地球研研究員、環境社会学)、地球研の奥田昇客員教授 (神戸大学・内海域環境教育研究センター・集水域生態系研究分野・教授) ら、生態学、心理学、社会学、経済学の研究者からなる多分野共同研究チームは、森林の多い地域の住民を対象に森林に関する主観的幸福度を測定し、とくに森林所有者の低い森林幸福度をどうすれば高くすることができるのか、そして森林離れを防止できるのか—その糸口を発見することを目指しました。

研究の方法

研究チームは、2018年3月に琵琶湖の最大流入河川である野洲川の上流域 (森林地域) の住民を対象として大規模なアンケート調査を実施し、4種類の森林に関する主観的幸福度 (以下、森林幸福度) を測定しました。森林幸福度の種類とその測定に用いた設問は以下の通りです。

森林満足度

「現在の山や森林とのあなたの関わりについて、どの程度満足しておられますか?」という設問に対し、回答者は、「全く不満」(0点) から「完全に満足している」(10点) まで11点制のうち1つを選択。

森林充実感

「これまでの山や森林とあなたの関わりにどの程度やりがい、充実感、達成感を感じておられますか?」という設問に対し、回答者は、「全く感じていない」(0点) から「強く感じている」(10点) まで11点制のうち1つを選択。

プラス感情及びマイナス感情

過去1年間の森林に関わる経験についてたずねた後、「森林に関わる経験のなかで、以下に挙げる感情をそれぞれについてどの程度経験したかを、以下の尺度を用いて答えてください」と質問。回答者は、「前向き」「後ろ向き」「楽しい」「楽しくない」「幸せだ」「悲しい」「恐れ」「うれしい」「怒っている」「満足している」「誇らしい」「恥ずかしい」「畏怖」「畏敬」の各感情の尺度 (頻度に基づく尺度) を、「1 非常にまれ」「2 まれに」「3 ときどき」「4 よく感じた」「5 非常に頻繁」のうちから1つ選択。各感情を因子分析の結果にもとづいてプラス感情とマイナス感情に整理するとともに、重要ないくつかの感情を抽出。

これら4種類の森林幸福度と、個人の属性・居住地の森林率・森林関連活動・森林所有の有無との間の関係を、重回帰分析により解析しました (高橋ほか,2021)。その結果、森林所有者の森林幸福度は4種類全部について、非所有者より低めであることがわかりました。

さらに今回は、調整効果分析という統計手法を用いて、どのような要因が働けば森林所有者の森林幸福度の低さが緩和されるのかを探りました (図1、図2)。また、とくに森林所有者に関連の深い要因については、森林所有者のみに限定した分析を行い、どのような要因があれば森林幸福度が高め (または低め) になるのかも確認しました。

図1 調整効果分析の概略
図2 調整効果分析の結果の見方

調整効果を示す変数Mの水準が低いとき (Mlow) と高いとき (Mhigh) でXの変動がYに及ぼす影響が異なる場合、傾斜が異なる。

図3 木工活動の調整効果

木工活動をしていると、森林所有による森林満足度の低下が見られなくなる。

研究の成果と考察

回答結果518~920件の調整効果分析の結果より、のんびりするために森林に行ったり、木工活動をしたりすると、森林所有者の森林幸福度が低めになる傾向を緩和することがわかりました (図3、図4)。加えて、年齢が上がるほど森林所有者の森林幸福度が低めになる傾向が弱くなることもわかりました (図5)。

森林の管理の方法などは、森林所有者のみに関わる要因ですので、森林所有者に限定して、こうした要因と森林幸福度との関係を探りました (表1)。その結果、財産区 (共有林) の役員を務めること、所有林のなかに人工林がたくさんあること、境界をしっかり把握していることが高めの森林幸福度とつながっていました。過去1年以内 (直近) に所有林から収入・収穫があったことは高めの森林幸福度につながり、成人してから過去1年前までの「過去」の収入・収穫は低めの森林幸福度とつながっていることが示されました。過去の収入・収穫が森林幸福度を低下させるのは、以前に高い収益を得た経験が現状についての不満を引き起こすからではないかと考えられます。

これらの結果から、森林でのリラックスや木工を森林所有者に勧めたり、境界の把握活動を促進したりすることで森林幸福度を高めることができる可能性が示されました。また、定期的に、つまり直近に収入・収穫を得ることの重要性も明らかとなりました。今後の研究課題として、高齢者以外の森林幸福度をどのように高めるか、過去に収入・収穫があった層へどのように働きかけたらよいかを明らかにすることが挙げられます。

図4 のんびりするために森林に行くことの調整効果

森林でのんびりすると、森林所有によるマイナス感情の悪化が見られなくなる。

図5 年齢の調整効果

年齢が上がると、森林所有によるマイナス感情の悪化が見られなくなる。

まとめと政策提言

森林所有者の森林幸福度について分析し、どのような要因によって森林幸福度を高めることができるかについてヒントを探りました。森林でのリラックスや木工など森林所有者の森林幸福度の低さを緩和する活動や直近の所有林からの収入・収穫などの森林幸福度を高める要因が推定できました。政策決定者や森林組合等の関連諸団体が、森林所有者の森林幸福度を高める施策を実施することが望まれます。

論文情報

タイトル
森林所有者の森林幸福度にかかわる要因の検討 —滋賀県野洲川上流域のアンケート調査結果の統計解析から
DOI
10.4005/jjfs.104.39
著者
高橋卓也、内田由紀子、石橋弘之、奥田昇

主要著者
  • 高橋卓也、滋賀県立大学・環境科学部・教授。2020年3月まで地球研・栄養循環プロジェクト・共同研究員を兼務。
  • 奥田昇、2020年3月まで地球研・栄養循環プロジェクト・准教授。同年10月から神戸大学・内海域環境教育研究センター・教授。
掲載誌
日本森林学会誌 (2022年3月17日発行)

研究者

SDGs

  • SDGs15