神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士課程後期課程の徐寿明氏 (研究当時:現所属 龍谷大学先端理工学部 日本学術振興会特別研究員)、佐藤真行教授、源利文教授、丑丸敦史教授からなる研究グループは、日本の四つの都市で大規模なアンケート調査を行い、新型コロナウィルス感染症 (COVID-19) パンデミックによる第一次緊急事態宣言の期間中および解除後に、どのような人々がどのような目的・動機で海や川を訪れたのかを明らかにしました。本研究結果は、海や川といった水辺がコロナ禍における人々の身体的・精神的な健康の維持・増進のための重要な場であることを示唆しており、自然との共生に向けた都市計画および次世代への環境教育を考える上での新たな知見となることが期待されます。
本研究成果は、7月1日に、オンライン国際学術誌「People and Nature」に掲載されました。
ポイント
- 生態系がもたらす様々な恩恵 (生態系サービス) のうち、文化的サービスは人々の物理的・精神的ストレスを緩和する上で重要な働きを担っており、昨今のコロナ禍においてもその重要性はますます大きくなっています。しかし、これまでの研究は山地や公園、農地といった緑地に着目することが多く、海や川といった身近な水辺に着目した研究は限られてきました。
- そこで私たちは、日本の4つの都市 (東京、横浜、大阪、神戸) でアンケート調査を実施し、第一次緊急事態宣言の期間中 (2020年4-5月) およびその解除後 (2020年6-7月) に、どのような人々がどのような目的・動機で海や川を訪れたのかを調べました。
- 解析の結果、幼少期の自然経験の豊かな人や周囲に水辺が満足にあると思う人ほど、海や川を訪れる頻度が高いことが分かりました。また、未就学児や小学生と一緒に住んでいる人は、そうでない人に比べて、子どもを外で遊ばせるために水辺を訪れる傾向にあることも分かりました。こうした人々の多くは、ストレス軽減や自然との触れ合いによる健康維持のために、それぞれの水辺を訪れていました。
- 海と川で結果を比較すると、どちらの水辺でも単にのんびりしていたり散歩したりする人が多かった一方、海では水泳やマリンスポーツといった動的な活動、河川では動植物の採集観察といった静的な活動が比較的多い傾向にありました。また、幼少期の自然経験が豊かな人や宣言期間中に在宅勤務の多かった人は、解除後には海よりも川を訪れる傾向にありました。こうした違いは、都市からのアクセスのしやすさや、それぞれの水辺に対する人々の認識に基づくものであると考えられます。
- 本研究は、緑地だけでなく水辺もまた、感染症パンデミック下において人々にストレス軽減の場を提供しうることを示唆しています。本発見は、私たち人間の健康と福祉のさらなる向上に向けた都市計画において、緑地と水辺の両方の自然環境を保全する必要性を裏付けています。
研究の背景
2019年12月以来、新型コロナウィルス感染症 (COVID-19) による世界的なパンデミックは、人々の肉体的・精神的な健康を脅かすだけでなく、様々な社会問題も引き起こしています (ロックダウンや自粛に伴う経済活動の制限、教育の機会の喪失など)。自然との触れ合いはこうしたストレスを緩和させるための重要な策であり、このコロナ禍においても、都市の人々は周囲の自然環境を訪れ、それによって自身のストレスを軽減させる傾向にあることが報告されてきました。これは、三密 (密閉空間、密集場所、密接場面) を避けるためにも合理的な手段であると言えます。こうした文化的な生態系サービスに関する研究は、これまで山地や森林、公園や農地などの緑地に着目することが多く、河川や湖沼、海洋などの水辺に着目した研究は非常に限られています。大都市の多くは沿岸域や河口域にあることを踏まえれば、こうした水辺もまた都市の人々にとって身近で重要な生態系であり、私たちの健康や福祉を維持するための生態系サービスを提供する場となっているはずです。そこで本研究は、日本の特に人口が集中する4つの都市 (東京、横浜、大阪、神戸) でオンラインのアンケート調査を実施し、以下の問いを検証することにしました。
- (1) 第一次緊急事態宣言の期間中 (2020年4-5月) およびその解除後 (2020年6-7月) に水辺 (海の沿岸および川) を訪れたのはどのような人々か?
- (2) 緊急事態宣言下、人々はどのような目的および動機で水辺を訪れたか、そしてそれは水辺の間でどのように異なるか?
研究の内容
このアンケート調査は2020年11月に行われ、計5,756人からの解答が得られました。解答項目は、性別、年代、住所、職業、年収、同居する子どもの人数、幼少期の自然との触れ合い頻度、平年に対する在宅勤務の程度、回答者の周辺にある水辺の満足度、宣言期間中および解除後の水辺へのアクセス頻度、そして期間中の水辺へのアクセスの目的、動機、同行者、移動手段、移動時間から構成されました。まず、宣言期間中および解除後の水辺へのアクセス頻度、そして期間中から解除後にかけてのアクセス頻度の変化が、どのような要因によって引き起こされるかを統計解析によって調べました。その結果、幼少期の自然経験の豊かな人や周囲に水辺が満足にあると思う人が、時期を問わず水辺にアクセスする傾向にあることが分かりました。これは、「三密を避けて外出をしたい」という動機で水辺にアクセスした人に限定しても同様の結果でした。この結果は、感染症と適度な距離感を保ちながら自身のストレスを発散させるためには、子どもの頃から外遊びなどで自然との触れ合いに慣れ親しんでおくことが非常に大切であることを示唆しています。その一方で、近年のテレビゲームやスマートフォンの急速な普及は、都市での外遊びの機会を奪い、将来的には社会生活での様々なストレスに対処するための策の一つをも喪失させかねません。また、未就学児や小学生と一緒に住んでいる人は、そうでない人に比べて、子どもを外で遊ばせるために海岸や河川を訪れる傾向にあることも分かりました。興味深いのは、こうした人々の一部は宣言解除後も継続して河川を訪れていたことでした。もしかすると、宣言期間中の川遊びが子どもたちに根付き、環境教育のための良い機会として機能したのかもしれません。他にも、都市、性別、世代間で、水辺へのアクセス頻度の違いが見いだされました。
次に、宣言期間中にいずれかの水辺にアクセスしたことのある回答者を対象に、その目的や動機を調べました。いずれの水辺でも「のんびりする」や「散歩」が解答の多くを占めており、何か具体的な活動をするために水辺を訪れているのではなく、人々は漠然とそこで時間を過ごし日々のストレスを癒やしていたことが窺えます。一方、それら以外では、海には釣りや水泳、マリンスポーツをしに、川には運動や動植物の採集観察をしに行く人が多いことが分かりました。また、幼少期の自然経験が豊かな人や宣言期間中に在宅勤務の多かった人は、解除後には海よりも川を訪れる傾向にありました。日本の特に都市域では海岸の多くはコンクリートで舗装されており、人々にとって川の方がより身近にかつ分かりやすく「自然らしさ」を感じるのかもしれません。この結果は、文化的生態系サービスが水辺の間で質的に異なる可能性を示唆しています。
最後に、日本では外出が禁止されていなかったにも関わらず、期間中には9割弱の回答者が全く外出していないと回答していました。諸外国に対する日本での健康被害の少なさは、こうした国民性によってもある程度説明されるかもしれません。
今後の展開
- 緑地と共に水辺もまた、他者との接触を避けつつ、コロナ禍における様々なストレスを緩和することのできる重要な場であることが示唆されました。こうした都市部における自然を守り、次世代に遺していくことが、自然共生社会に向けた都市計画において極めて大切であると言えます。
- 本アンケート調査は、緑地(山地や公園、農地)へのアクセス頻度に関する回答も含んでいます。そのため、本研究における水辺での結果と比較することで、コロナ禍における日本の文化的生態系サービスの機能に関するより包括的な議論が期待できます。
- 今日に至るまで、日本では幾度の緊急事態宣言ならびにまん延防止等重点措置が適用されてきました。ワクチンの普及なども相まって、感染症に対する「慣れ」によって社会活動は次第に復旧しつつある一方、自然との触れ合いの必要性も減っていくかもしれません。度重なる自粛要請は、感染症に対する人々の認識や行動様式にどのような影響を及ぼすのか、さらなる研究が求められます。
謝辞
本研究は、神戸市受託研究、大学発アーバンイノベーション神戸、科学研究費補助金 (22H03813)、神戸大学先端融合環 開拓プロジェクト研究費などの研究助成を受けて行われました。
論文情報
- タイトル
- “Valuing the cultural services from urban blue space ecosystems in Japanese megacities during the COVID-19 pandemic”
- DOI
- 10.1002/pan3.10366
- 著者
- Toshiaki Jo, Masayuki Sato, Toshifumi Minamoto, & Atushi Ushimaru
- 掲載誌
- People and Nature