神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授、山本雅昭助教、兵庫県立加古川医療センター糖尿病・内分泌内科の飯田啓二部長らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症に伴って生じた副腎皮質ホルモン (注1) の分泌障害が約15ヶ月にわたり持続した後に回復した例の経過について報告しました。新型コロナウイルス感染症には様々なホルモンの分泌障害が合併することが報告されていますが、回復までの過程は明らかではありません。
現在、新型コロナウイルス感染症からの回復後に様々な症状が長期に亘って持続する「新型コロナウイルス感染症の後遺症」が大きな問題となっていますが、多くの例で原因は明らかではなく、経過についての情報も十分ではありません。今回の例で、後遺症の一つであるホルモン分泌障害が回復するまでの期間が示されたことは、後遺症のために生活の質 (QOL) が低下している方にとって重要な情報です。
この報告は、7月14日に「Endocrine Journal」に掲載されました。
ポイント
- 新型コロナウイルス感染症による重症呼吸不全から回復した後に、「視床下部-下垂体系 (注2)」という脳の一部の障害によって副腎皮質ホルモン分泌障害が起こった例について、回復するまでの経過を報告した。
- 「新型コロナウイルス感染症の後遺症」の原因は明らかでなく、いつまで続くかもわからないため、新型コロナウイルス感染症の治癒後もQOLの低下に苦しむ方も多い。
- 新型コロナウイルス感染症の後遺症の一つである下垂体ホルモン分泌障害の回復までの経過が示されたことは重要である。
研究の背景
新型コロナウイルス感染症では肺炎を中心とした呼吸器の病気が起こりますが、呼吸器以外にも血管や心臓、胃腸や肝臓、神経、筋肉や骨など、様々な臓器に関連する症状を伴うことが報告されており、下垂体、甲状腺、膵臓、副腎、精巣といった内分泌臓器の障害に伴う、ホルモン分泌の低下も報告されています。
新型コロナウイルス感染症からの回復後に、呼吸器症状のみならず倦怠感や微熱、身体の痛みなど様々な症状が長期に亘って持続する「新型コロナウイルス感染症の後遺症」が大きな問題となっていますが、原因は十分に明らかになっておらず、またどれくらいの期間続くものかもわかっていません。
論文の内容
発熱や息切れが1週間ほど持続した方が、PCR検査を受けて新型コロナウイルス感染症であることがわかりました。入院して治療を受けましたが、肺炎による呼吸の障害が強くなったため、人工呼吸器が装着されました。その後、抗ウイルス薬の投与などの治療により、呼吸の障害は改善し、人工呼吸器も外すことができました。人工呼吸器を外して10日ほどたった後、突然に血圧が下がり、検査の結果、副腎皮質ホルモンの分泌が強く障害されていることが解りました。副腎皮質ホルモンを投与することにより血圧低下は劇的に改善しました。
詳しくホルモンの検査を行ったところ、脳の一部である「視床下部-下垂体系」が障害されることにより、副腎皮質ホルモンに加えて、成長ホルモンの分泌が低下していることがわかりました。この方は副腎皮質ホルモンを補充する治療を継続していましたが、次第にホルモン分泌は回復し、発症から1年半後にはホルモン分泌が正常化し、ホルモン補充は不要となりました。
新型コロナウイルス感染症発症後および回復期に内分泌臓器が障害され様々なホルモンの分泌が低下する例があることは知られていましたが、その回復過程を時間を追って追跡した報告は世界で初めてです。
この報告の意義と今後の展開
最近、新型コロナウイルス感染症からの回復後に様々な症状が長期に亘って持続する患者が存在することがわかり、「新型コロナウイルス感染症の後遺症」と呼ばれています。様々な調査が世界各地で行われていますが、その病態は未解明であり、また、それらの症状がどのくらい続くかも十分に明らかではありません。
本例で障害されたホルモンの中で副腎皮質ホルモンは、私たちの体に身体的・精神的なストレスが加わった際に分泌され、「ストレスに打ち勝って頑張る」ことを促します。副腎皮質ホルモンの分泌が低下していると、「頑張りがきかない」状態になります。副腎皮質ホルモンの分泌が高度に障害されると、生命維持に支障をきたすような重い異常が起こりますが、障害が軽度な場合は、疲れやすい、力が出にくい、落ち込んで気分が優れない、といった特定の病気とは結びつけにくい症状 (非特異的症状) しか起こらないため、副腎皮質ホルモン分泌低下は日常診療では見逃されることもあります。
これまでの研究で副腎皮質ホルモン分泌低下が新型コロナウイルス感染症で起こる頻度は、16.2%と報告されており (注3)、今回のような例は決して稀とは言えません。「新型コロナウイルス感染症の後遺症」の症状は、副腎皮質ホルモン分泌低下の症状と似たものも多いことを踏まえると、「新型コロナウイルス感染症の後遺症」の中に、見逃されている軽症の副腎皮質ホルモン分泌低下が存在する可能性もあります。
「新型コロナウイルス感染症の後遺症」がどれくらいの期間続くのかは不明であり、終わりの見えない中で後遺症に苦しんでおられる方にとって、今回「後遺症」の一つであるホルモン分泌障害の経過が報告されたことは意義深いと言えます。
山本助教らは、今後、全国の感染症指定病院などと協力して、「後遺症」を訴える新型コロナウイルス感染症の患者に対して、ホルモン分泌状態の調査を行う計画です。
補足説明
- 注1 副腎皮質ホルモン
- 副腎から分泌されるステロイドホルモンの一種で、血圧・血糖上昇作用、食欲亢進作用、抗炎症作用などがあり、ストレスに打ち勝って頑張るために必要なホルモン。
- 注2 視床下部-下垂体系
- ホルモン分泌の司令塔としてさまざまな生命活動の調節に中心的な役割を果たしている。身体的・精神的ストレスを感知して、ストレスに打ち勝てるようにホルモン分泌を促す働きを持っている。
- 注3
- Investigation of pituitary functions after acute coronavirus disease 2019. Endocr J. 2022 Jun 28;69(6):649-658. doi: 10.1507/endocrj.EJ21-0531
論文情報
- タイトル
- “Coexistence of growth hormone, adrenocorticotropic hormone, and testosterone deficiency associated with coronavirus disease 2019: a case followed up for 15 months”
- DOI
- 10.1507/endocrj.EJ22-0108
- 著者
- Kai Yoshimura1, Masaaki Yamamoto2*, Tomoya Inoue2, Hidenori Fukuoka2, Keiji Iida1, Wataru Ogawa3
1 兵庫県立加古川医療センター 糖尿病・内分泌内科
2 神戸大学医学部附属病院 糖尿病・内分泌内科
3 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座 糖尿病・内分泌内科学部門
* Corresponding author - 掲載誌
- Endocrine Journal