ダイヤモンド中の窒素空孔 (NV) 中心※1は、量子情報デバイスに適用できる量子ビットとして広く注目されています。量子情報デバイスの優れた特性は、NV 中心の濃度や配向性によって左右されます。NV 中心の配向制御は、これまでのところ、化学気相成長法 (CVD) によるダイヤモンド結晶成長時においてのみ実現されていますが、結晶内の任意の位置に自在に配向制御されたNV 中心を形成するプロセスが求められています。今回、京都大学大学院工学研究科 木内康平 (研究当時、修士課程2年)、下間靖彦准教授、三浦清貴教授、京都大学化学研究所 水落憲和教授、藤原正規特定研究員、神戸大学大学院工学研究科 植本光治助教らの研究グループは、超短パルスレーザー※2により優先配向したNV中心の直接書き込みに成功しました。NV 中心の配向率は、照射レーザーの偏光に応じて、レーザーの伝搬方向に平行な[111]方向に偏り、光検出磁気共鳴 (ODMR) ※3の検出信号のコントラストが、ランダム配向の場合の25%と比較して、最大で55%まで増加することを発見しました。また、時間依存密度汎関数法 (TDDFT) ※4に基づくシミュレーションと偏光蛍光顕微鏡観察の結果から、このようなNV中心の配向性における偏光依存性は、光励起電子の異方性に起因すると考えられます。本研究成果は、ダイヤモンドNV中心形成のポストプロセスとして、量子情報デバイスの新しい製造方法に道を拓くものと期待されます。

本成果は、2023年12月12日にオランダの国際学術誌「Carbon Trends」にオンライン掲載されました。

左:ダイヤモンド結晶内におけるNV中心の4つの配向方向
中:レーザーの偏光方向(緑色矢印)に対する光励起電子の異方性に関するシミュレーション結果(黄色丸は炭素原子位置)
右:レーザーの偏光方向に対するNV中心の配向比率

背景

ダイヤモンド結晶内の空孔とそれに隣接する不純物窒素で構成されるNV中心 (図1a) は、室温で長いスピンコヒーレンス時間を示し、そのスピン状態を光学的に検出・制御可能であることから、量子情報デバイスとしての応用が期待されています。また、NV中心は磁場、電場、温度、応力等を超高感度で検出できる量子センサとして、生命科学分野をはじめとして幅広い分野での応用が期待されています。NV 中心量子センサの感度を決定する主な3つの要素として、NV中心 (スピン) の濃度 (n) 、スピンコヒーレンス時間 (T2) 、読み出しコントラスト (C) があります。理想的には、感度はnとT2の平方根に、またCに反比例しますが、nが増加するとNV中心間の相互作用が強くなりT2は減少してしまうため、適度な濃度として1015~1018 cm-3程度の濃度で計測が行われています。また、NV中心はC3v対称性を持ち、 (図1b) に示すように、NとVを結ぶ軸 (NV軸) の方向は、ダイヤモンド構造の結晶において、<111>の等価な4方向 ([111]、[111]、[111]、[111]) があります。この配向の割合が変わり、例えば4つの方向のうち[111]のみの配向になれば、Cが向上し、量子センサとしては感度が4倍になります。

図1 (a) NV中心の構造、(b) NV中心がとりうる4つの等価なNV軸

NV 中心の作製には、電子ビーム照射や窒素イオン注入等の技術が実用化されていますが、それらの手法では、NV中心の配向を制御することはできません。(111)ダイヤモンド基板への窒素ドープ CVDホモエピタキシャル成長によって、4つのうち一つの配向のみに制御された高配向のNV中心を作製することが実現していますが[1]、結晶成長後に NV軸の方向を再構成することは不可能です。最近、これらの欠点の克服を期待できる技術として、超短パルスレーザー照射によるNV中心を高効率に形成する手法を報告しました[2,3]。また、これまでは空孔の拡散や窒素との結合のために熱処理プロセスが必要でしたが、超短パルスレーザーの単一パルス照射のみで既にNV中心が形成されることも報告しました[4,5]。この技術の利点は、非線形光学現象による非破壊的かつ空間選択的なNV中心の形成と、ダイヤモンド結晶成長後に目的や用途に合わせてNV中心を自在に描画形成できることですが、NV中心の配向性の制御が課題でした。

研究手法・成果

これまでに、N2ガスやO2ガスの超短パルスレーザー照射によるイオン化効率は偏光状態に依存すること、LiF結晶において超短パルスレーザーの吸収が偏光方向に依存することが報告されています。このような現象は、分子または結晶軸と電場方向の相対角度によって、電子の有効質量や3次非線形感受率に異方性が生じるためと考えられます。また、ガラスなどの等方性材料でも、偏光方向に依存した現象が観察されます[6]が、これは多光子吸収過程の量子干渉やコヒーレント光起電力効果に基づく光イオン化の非対称性に由来すると考えられます。このように、多光子吸収などの非線形光学現象や光イオン化が照射レーザーの偏光状態に依存することから、ダイヤモンドにおけるNV中心の形成もレーザーの偏光方向の影響を受ける可能性があると考えました。ダイヤモンド内で光励起された電子数と電子バンドにおける偏光依存性を、時間依存密度汎関数法 (TDDFT) に基づく計算を実施したところ、励起電子数や電子バンド毎に偏光依存性があることを確認しました (図3)。さらに、実際にダイヤモンドに超短パルスレーザーを照射し、形成したNV中心における光検出磁気共鳴 (ODMR) の検出信号のコントラストや偏光蛍光顕微鏡観察の結果から、NV軸の配向方向は、照射レーザーの偏光方向に応じて[111]に平行な方向に偏り、光検出磁気共鳴 (ODMR) の検出信号のコントラストが、ランダム配向の場合の25%と比較して、最大で55%まで増加することを実験的に示しました (図4)。

図2 (a) 光励起したダイヤモンドの励起電子数と (b) 主なエネルギーバンドの電子(上)及びホール(下)における偏光依存性のシミュレーション結果
図3 ODMRおよび蛍光偏光顕微鏡観察により求めたレーザーの偏光方向に対するNV軸の配向率

波及効果、今後の予定

シミュレーション結果から、光励起電子の偏光依存性には周期性があるように見えますが、[111]方向へのNV軸の配向の偏光依存性は非常に複雑であることがわかります。これは、NV中心の濃度が濃くなると、統計的な制御が多体問題により、より複雑になるためと考えられます。しかしながら、レーザー照射だけの簡単な方法で[111]方向に配向したNV中心が55%まで増加したという実験事実は、光プロセスによる量子情報デバイス作製の新しいアプローチとして期待されます。今後は、パルス幅など、レーザーの条件を最適化することで、配向率のさらなる向上を目指し、それによる量子センサの高感度化を実証したいと考えています。

研究プロジェクトについて

本研究は、主に科研費・基盤研究(B)「時空間制御された光パルスによる欠陥エンジニアリング」(代表者:下間靖彦、20H02656)、文部科学省光量子飛躍フラッグシッププログラム (Q-LEAP) 固体量子センサの高度制御による革新的センサシステムの創出」 (代表者 波多野睦子東京工業大学教授、JPMXS0118067395) の支援を受けて行われました。本研究成果の一部は、筑波大学計算科学研究センターの学際共同利用プログラム (「強レーザー場中の誘電体材料の非線形光学と電子ダイナミクス計算」) により提供された東京大学「Wisteria/BDEC-01 Odyssey」を利用して得られたものです。

用語解説

※1 窒素空孔 (NV) 中心

ダイヤモンド結晶を構成する炭素原子のサイトに不純物として窒素原子 (Nitrogen) が配置され、その隣に炭素原子の空孔 (Vacancy) が位置した、窒素と空孔のペアからなる欠陥を窒素空孔 (NV) 中心と呼ぶ。

※2 超短パルスレーザー

レーザーパルスのパルス時間幅がピコ秒 (1兆分の1秒) からフェムト秒 (1000兆分の1秒) 程度のレーザー光のこと。

※3 光検出磁気共鳴 (ODMR)

蛍光強度がスピン状態に依存することを利用し、磁気共鳴を蛍光強度の変化から読み取る手法。ダイヤモンドNV中心の場合、NV中心が外部から電子を1個トラップすると、電子スピン3重項状態をとる。外部から静磁場を印加した状態でマイクロ波を掃引しながらNV中心を光励起して蛍光強度を観察することで、電子スピン共鳴の共鳴周波数の違いからNV中心の配向方向を分類できる。

※4 時間依存密度汎関数法 (TDDFT)

電子の基底状態を非経験的に記述した一般的な密度汎関数法 (DFT) では、光励起された電子のような時間とともに変化する電子のダイナミクスを計算することはできないが、電子の軌道関数の時間発展を記述することで時間に依存するようにDFTを拡張した計算手法。

参考文献

[1] T. Fukui, Y. Doi, T. Miyazaki, Y. Miyamoto, H. Kato, T. Matsumoto, T. Makino, S. Yamasaki, R. Morimoto, N. Tokuda, M. Hatano, Y. Sakagawa, H. Morishita, T. Tashima, S. Miwa, Y. Suzuki, N. Mizuochi, Applied Physics Express, 7, 055201 (2014)
[2] T. Kurita, N. Mineyuki, Y. Shimotsuma, M. Fujiwara, N. Mizuochi, M. Shimizu, K. Miura, Applied Physics Letters, 113, 211102 (2018).
[3] T. Kurita, Y. Shimotsuma, M. Fujiwara, M. Fujie, N. Mizuochi, M. Shimizu, K. Miura, Applied Physics Letters, 118, 214001 (2021).
[4] Y. Shimotsuma, K. Kinouchi, R. Yanoshita, M. Fujiwara, N. Mizuochi, M. Uemoto, M. Shimizu, K. Miura, Optics Express, 31, 1594 (2023).
[5] M. Fujiwara, S. Inoue, S. Masuno, H. Fu, S. Tokita, M. Hashida, N. Mizuochi, APL Photonics, 8, 036108 (2023).
[6] Y. Shimotsuma, P.G. Kazansky, J. Qiu, K. Hirao, Physical Review Letters, 91, 247405 (2003).

論文情報

タイトル

Laser writing of preferentially orientated nitrogen-vacancy centers in diamond
(ダイヤモンド内のレーザー書き込みによる窒素空孔中心の優先配向)

DOI

10.1016/j.cartre.2023.100318

著者

Kohei Kinouchi, Yasuhiko Shimotsuma, Mitsuharu Uemoto, Masanori Fujiwara, Norikazu Mizuochi, Masahiro Shimizu, Kiyotaka Miura

掲載誌

Carbon Trends

研究者