神戸大学大学院経営学研究科の三古展弘教授らの研究グループは、新聞の「首相動静」を交通行動分析のデータとして用いるユニークな研究を行いました。通常の交通調査で被験者に出発・到着時刻を自己申告してもらうと、5分や10分の倍数に回答が集中します。しかし、人々が切りの良い時刻を選んで出発・到着しているとは考えにくく、本来は0~59分の範囲に均等に分布していると考えるのが自然です。実際に時刻が均等に分布することを確認するためには、個人の出発・到着時刻を正確に観測したデータが必要ですが、通常そのようなデータは存在しません。今回、一般人を対象にしたものではありませんが、「首相動静」に首相の出発・到着時刻が1分単位まで正確に記録されていることに着目し、これをデータとして活用しました。その結果、首相の出発・到着時刻は0~59分の範囲に均等に分布していることを確認しました。
この研究成果は、2022年10月20日に、Transportation Research Interdisciplinary Perspectivesに掲載されました。
ポイント
- 「首相動静」を交通行動分析のデータとして使った初めての研究
- 客観的な第三者が個人の出発・到着時刻を1分単位まで正確に記録したデータは、他では入手困難
- 首相の出発・到着時刻は0~59分の範囲に均等に分布していることを確認
- 通常の交通調査でも「本来0~59分の範囲に均等に分布している時刻が、回答時に誤差を伴って5分や10分の倍数に集中している」可能性を示唆
研究の内容
交通調査はアンケートで行われることも多く、被験者に移動の出発・到着時刻を自己申告してもらうことがあります。しかし、被験者は出発・到着時刻を正確に記憶しているわけではなく、5分や10分の倍数といった切りの良い数値で回答される傾向にあります。しかし、人々が切りの良い時刻を選んで出発・到着しているとは考えにくく、5分や10分の倍数での回答には誤差が含まれていると考えられます。交通調査データは、政策立案にも利用されるものですから、できるだけ誤差なく収集する必要があります。
一方で、被験者が実際の時刻をどのように5分や10分の倍数で回答するかという分析もされてきました。例として、実際の時刻が23分であった場合を考えると、一番近い5分の倍数である25分と回答されるのか、一番近い10分の倍数である30分で回答されるか、という分析です。このときに置かれている仮定に、「実際の出発・到着時刻は0~59分の範囲に均等に分布しているが、回答者がそれを切りの良い時刻で回答している」 があります。この、0~59分の範囲に均等に分布しているという仮定はもっともらしいものですが、実際に均等に分布していることを人間が記録したデータを用いて検証したことはありません。
本研究は、一般人を対象としたデータではありませんが、「首相動静」に首相の行動が1分単位で記録されていることに着目しました。記録されている行動の中には、移動の出発・到着時刻も含まれています。記録しているのは首相に同行している番記者で、正確な行動記録を報道することが目的ですから、誤差を伴う合理的理由はありません。
2021年6月27日から9月24日までの90日間のデータを用いて分析した結果、首相の出発・到着時刻は切りの良い数値には集中していないことが明らかになりました。このことは、上で設けられた仮定である「実際の出発・到着時刻は0~59分の範囲に均等に分布している」が少なくとも首相の移動に関しては妥当であることが示され、本研究の実施前と比べて一般人の行動についてもこの仮定が妥当である可能性が高まったと考えます。
最近ではGPS等で時々刻々のデータを得ることが可能ですが、今回の研究では、人間が回答する交通調査と人間が記録する「首相動静」 を比較した点でも意義があると考えます。
この研究成果を踏まえ、現在は、回答者が切りの良い時刻を回答するメカニズムや、より正確な回答を促す調査方法について研究を進めています。調査において誤差を減らしていくことと、発生した誤差を適切な方法で処理することが、データを用いた政策立案に貢献すると考えます。
謝辞
本研究は、JSPS科研費21H01458、19K01962の支援を受けて実施しました。
論文情報
- タイトル
- “Are self-reported times rounded? Insights from times reported by an objective third party”
- DOI
- 10.1016/j.trip.2022.100698
- 著者
- Nobuhiro Sanko,Naotaka Iriguchi※
※神戸大学経営学部2022年3月卒業生
- 掲載誌
- Transportation Research Interdisciplinary Perspectives, Volume 16, 2022, 100698.