土壌中に潜む植物寄生性線虫は、多くの作物の収量や品質に深刻な影響を与えることから、農業現場ではその防除が大きな課題となっています。中でもジャガイモやトマトなどのナス属作物に寄生するジャガイモシストセンチュウは、国際的な検疫対象にも指定されており、持続的な対策が求められています。神戸大学大学院農学研究科の水谷正治教授、理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 代謝システム研究チームの秋山遼太基礎科学特別研究員、平井優美チームリーダーらと、農研機構北海道農業研究センターの串田篤彦博士、北海道大学大学院理学研究院の谷野圭持教授らの研究グループは、ナス科植物が根から分泌する化合物「ソラノエクレピンC」を新たに発見しました。さらに、孵化促進活性を示さない不活性なソラノエクレピンCが土壌中の微生物によって変換されることで、ジャガイモシストセンチュウの孵化を誘導する「孵化促進物質」に変化することが明らかになりました。この成果は、植物-微生物-シストセンチュウという三者間の相互作用を理解する上で重要な知見であり、線虫被害の新たな防除戦略の構築に貢献することが期待されます。

本研究成果は2025年5月26日付で国際学術誌「New Phytologist」に掲載されました。

ジャガイモの根に寄生するジャガイモシストセンチュウの雌成虫(黄色の丸い粒。直径約0.7mm) 

ポイント

  • 世界で初めて、植物が分泌する不活性物質ソラノエクレピンCが、土壌微生物によって孵化促進物質に変換される仕組みを解明した。
  • ソラノエクレピンCはジャガイモやトマトの根から大量に分泌されるが、孵化活性は非常に低く、微生物の関与によってシストセンチュウの孵化を誘導する化合物に変換されることが分かった。
  • ソラノエクレピンCの分泌は、窒素やリンの欠乏条件下で大きく増加し、植物が栄養欠乏条件下で戦略的に分泌して土壌微生物と相互作用している可能性も示唆された。

研究の背景

シストセンチュウ※1は、世界中で農業に甚大な被害を与える植物の根に寄生する重大害虫です。いったん畑に侵入すると駆除することは極めて困難であり、卵は土壌中で最大20年間生存します。その代表的なものとして、ジャガイモやトマトなどのナス科植物に特異的に寄生するジャガイモシストセンチュウ(Globodera rostochiensis)や、ダイズやインゲンマメなどのマメ科植物に寄生するダイズシストセンチュウ(Heterodera glycines)などが挙げられます。これらの線虫は、植物の根から分泌される「孵化促進物質※2」を感知して孵化し、植物に寄生します。孵化促進物質は100年以上にわたり、シストセンチュウ制御の鍵として研究されてきました。1980年代には、ダイズシストセンチュウに対する孵化促進物質として、グリシノエクレピンA・B・Cが同定され、また、ジャガイモ根の分泌物からは、ジャガイモシストセンチュウの孵化促進物質であるソラノエクレピンA(SEA)が単離されました。研究グループは2023年にジャガイモの水耕栽培液から第二のジャガイモシストセンチュウ孵化促進物質としてソラノエクレピンB(SEB)を発見しました(Shimizuら, Science Advances 9.11, 2023)。

上述の通り、エクレピン類は、植物から土壌中に分泌されるシグナル分子として機能し、結果的に植物自身をシストセンチュウの攻撃にさらしてしまいます。研究グループは以前の研究においてトマトから5つのSEB生合成遺伝子を同定しており、これらの遺伝子の機能を遮断することでシストセンチュウの被害を低減させられる可能性を示しました。一方で、マメ科およびナス科植物といった進化的に遠縁な植物において共通にエクレピン類が生産されていることから、これらの化合物が植物の生存戦略においてより広範かつ有益な役割を担っている可能性も示唆されていますが、その具体的な機能は未解明のままです。注目すべき点は、エクレピン類が土壌中の微生物によって変換されるという、植物-微生物-シストセンチュウの三者間コミュニケーションの兆候が見られる点です。水谷教授らのこれまでの研究では、SEAは植物によって直接生成されるのではなく、SEBが土壌微生物により変換されて生じることが明らかとなりました。ただし、SEBとSEAは同程度の孵化活性を示すため、微生物によるこの変換が生物間のコミュニケーションに与える本質的な影響については、不明でした。

研究の内容

これまでの研究により、ソラノエクレピンB(SEB)は土壌中の微生物によってソラノエクレピンA(SEA)へと変換されることが明らかとなっていました。本研究では、エクレピン類が土壌微生物により変換される過程を理解する手がかりを得るために、このエクレピン類の土壌中における変換をより詳細に解析することからスタートしました。材料には、無菌的に培養したトマト毛状根※3の培養液を用いました。この培養液には、毛状根から分泌されたSEBが含まれていますが、SEAは含まれていません。このトマト毛状根培養液を土壌と混合し、時間経過に伴うSEBおよびSEAの量の変化を測定したところ(図1左)、予想通り、混合直後にはSEAは全く検出されず、経時的にSEAの量が増加することが確認され、土壌中でのSEBからSEAへの変換が再現される結果となりました(図1中央)。一方で興味深いことに、混合直後から1日にかけてSEBの量が一過的に増加する現象が観察されました(図1中央)。

この結果から、トマト毛状根培養液中には、土壌中でSEBへと変換される前駆体が存在する可能性が示唆されました(図1右)。研究グループはこの未知のSEB前駆体を「ソラノエクレピンC(SEC)」と命名しました。次に、SECの正体を明らかにするため、構造決定を試みました。以前の研究でSEBの単離と構造決定に使用した、数万リットル規模のジャガイモ水耕栽培液から得られた成分を吸着させた合成樹脂を再解析したところ、SECと考えられる化合物が検出されました。そこでこの合成樹脂を出発材料としてSECを精製し、精密質量分析※4および核磁気共鳴(NMR)※5を用いて構造解析を行った結果、SECはSEBのアセチル化体であることが明らかとなりました(図2)。

単離精製したSECを用いて実際に土壌中でSEBそしてSEAへと変換されるのかを検証したところ、確かにSECは土壌中でSEBへと変換されることが確認されました。また、γ線によって滅菌した土壌を用いた場合、SECからSEBへの変換が低下したことから、SECからSEBへの変換は微生物の関与によるものであることが示されました。また、SECのジャガイモシストセンチュウに対する孵化促進活性を評価したところ、SEAと比較して約1万分の1と著しく低い活性しか持たないことが明らかになりました。なお、SEAとSEBはほぼ同等の孵化促進活性を持つことがすでに示されています。さらに、トマト毛状根培養液中にはSEBよりもSECが約50倍多く存在しており、トマトおよびジャガイモの水耕栽培液でも同様の傾向が見られました。以上の結果から、トマトやジャガイモはシストセンチュウに対する孵化促進活性の低いSECを積極的に生産しており、それが土壌微生物によってSEBそしてSEAへと変換されることでシストセンチュウの孵化に利用されていることが明らかとなりました。

一方、SEB生合成遺伝子をゲノム編集により破壊したトマト毛状根の培養液中にはSEBおよびSECは検出されませんが、そこにSEBを外から投与するとSECへ代謝変換されたことから、SECはトマトの根の中でSEBから生合成されることが確認されました(図2)。

次にトマトを水耕栽培しどのような条件でソラノエクレピン類の生産が変化するのかを調査した結果、窒素あるいはリンの欠乏条件下でSECおよびSEBの生産量が増加することを明らかにしました。また、その増加は窒素欠乏条件下でより顕著でした。この結果から、エクレピン類がシストセンチュウの孵化以外に、特に栄養欠乏条件で植物の生存戦略上有益な役割を果たしているのではないかということが示唆されました(図2)。

今後の展開

SECの発見と微生物による活性化メカニズムの解明により、ソラノクレピンを介した植物-微生物-シストセンチュウの三者間相互作用の理解が大きく進展しました(図2)。今後はSECを介した微生物との共生関係や、栄養ストレス応答との関連、さらに他の植物種における類似の代謝経路の探索など、エクレピン類の新たな機能解明に繋がることが期待されます。また、SECを標的とした農業資材の開発や、微生物変換を制御する新たなシストセンチュウ防除技術への応用が期待されます。

用語解説

※1シストセンチュウ

植物根寄生性線虫の一種。シストセンチュウは生活史の中にシストという段階を持つ線虫の一種である。シストとはメス成虫が変化したもので、直径0.2~0.6ミリメートルの球形で数百もの卵が入っている。いったん畑に侵入すると駆除することは極めて困難であり、国際的に重要な害虫である。

※2 孵化促進物質(Hatching Factor: HF)

シストセンチュウの孵化を誘導する化合物である。シストセンチュウの卵は宿主の根から分泌される孵化促進物質を特異的に認識し、宿主の存在を感知して孵化する。孵化促進物質は極めて低濃度でシストセンチュウの孵化を誘導することができる。

※3 毛状根

植物の代謝過程の研究あるいは特化代謝産物を生産するためによく用いられる植物組織培養の一種である。植物に毛根病菌Agrobacterium (Rhizobium) rhizogenesが感染すると感染部位に不定根が発生し、それが髪の毛のように生えている様子から毛状根と呼ばれている。毛状根は培養に植物ホルモンを必要とせず、旺盛な生育を示し、遺伝的ならびに科学的安定性を有する。

※4 精密質量分析

精密に化合物の質量を分析する装置である。測定値の値から化合物の分子式を決定できる。

※5 核磁気共鳴(NMR)

有機化合物の分子構造解析を行う上で不可欠な手法。原子核のスピンを利用して物質の構造・状態を非破壊的に知ることができる。

謝辞

本研究の一部は、JSPS科研費基盤研究(B)(JP24K01694)(水谷、串田)、JSPS科研費若手研究(JP23K13885)(秋山)、およびJST/ACT-X「シストセンチュウ孵化促進物質生合成の解明と新奇防除法への応用(JPMJAX21B1)」(秋山)の支援を受けて行いました。

論文情報

タイトル

Solanoeclepin C, a root-secreted molecule converted by rhizosphere microbes to hatching factors for potato cyst nematodes

DOI

10.1111/nph.70252

著者

Ryota Akiyama, Yui Kawano, Kosuke Shimizu, Soichiro Makino, Karen Akanuma, Haru Nagatomo, Masami Yokota Hirai, Yukihiro Sugimoto, Atsuhiko Kushida, Keiji Tanino, Masaharu Mizutani

掲載誌

New phytologist

研究者

SDGs

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