神戸大学大学院工学研究科の山名裕斗大学院生、杉本泰准教授、藤井稔教授らの研究グループは、色素や顔料を一切用いずに発色する「構造色ナノ粒子インク」を開発し、インクジェット印刷によって多彩なカラー画像を形成することに成功しました。従来の印刷では、色素や顔料が特定の波長の光を吸収することで色を表現していますが、これらの材料は紫外線や熱、化学反応などによって劣化し、退色するという課題があります。

本研究では、熱的・化学的に安定なシリコンからなるナノ粒子が粒径に依存して特定の波長の光を強く散乱する性質に着目し、粒径を制御したシリコンナノ粒子を透明樹脂中に分散させた水性カラーインクを開発しました。このインクを用いてインクジェット印刷を実証し、カラー画像の形成に成功するとともに、平面基板だけではなく三次元物体への直接着色も実証しました。さらに、粒子による光の散乱の透過方向と反射方向の非対称性により、反射時と透過時で異なる色を示す特殊な印刷フィルムの開発にも成功しました。

本技術は、色素や顔料に依存しない新しい着色原理を実用的な印刷プロセスへと展開するための基盤技術となります。

この研究成果は、4月3日に、国際科学誌「Advanced Materials」に掲載されました。

構造色ナノ粒子インクを用いてインクジェット印刷したクジャクの画像。 ©Advanced Materials(2026)(DOI:10.1002/adma.202523036)(CC BY)

ポイント

  • 高い光安定性、耐熱性、化学安定性を有するシリコンを用いた構造色ナノ粒子インクを開発。
  • インクジェット印刷により多彩なカラー画像の形成に成功。
  • ナノ粒子の散乱・吸収特性により反射と透過で異なる色を示す印刷フィルムを実現。

研究の背景

印刷物や塗装の多くは、色素や顔料が光を吸収することで色を表現していますが、これらの材料は化学的劣化や紫外線による分解などにより、長期使用に伴う退色や色変化が避けられないという問題があります。一方、自然界に見られるチョウの羽や鳥の羽毛、玉虫の羽などに代表される構造色は、微細なナノ構造による光の散乱や干渉によって、色素を用いずに発色します。近年では、多層膜構造や光の波長程度の周期的な微細構造を用いた人工的な構造色による着色技術の開発も進められています。ただし、これらの発色は周期構造に基づくため、強い角度依存性を有しており、玉虫の羽のように観察する角度によって色調が変化するという課題があります。さらに、このような構造色の形成には、多層膜形成やナノ粒子の自己組織化などの専用プロセスが必要であり、インクジェット印刷などの汎用(はんよう)的な印刷技術と組み合わせて任意のパターンを描くことや、大面積や三次元物体へ直接適用することは困難でした。

研究の内容

本研究では、高い屈折率を有するシリコンナノ粒子に着目しました。粒径が100~200 nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)程度のシリコンナノ粒子は、可視光領域においてMie共鳴※1と呼ばれる光学的な共鳴を示し、粒子サイズに応じて特定の波長の光を強く散乱する性質を持っています。この性質を利用することで、色素のように光を吸収することなく、粒子そのものの構造に基づいて色を生み出す構造色の実現が可能です。また、従来の周期配列構造による構造色と異なり、シリコンナノ粒子1つ1つが光共鳴によって発色するため、角度依存性が小さく、ランダムに分散した状態で発色が可能になります。

研究グループは、開発した粒径を精密に制御したシリコンナノ粒子のコロイド溶液(図1(a))を透明な水性アクリル樹脂中に混合することで、構造色ナノ粒子インクを開発しました。印刷後の樹脂膜中でナノ粒子が近接しても粒子固有の散乱特性が維持されるよう、シリコンのコアを透明な二酸化シリコン(SiO2)のシェルで被覆したコアシェル粒子を使用しました(図1(b))。このインクを用いてインクジェット印刷をし(図1(c))、構造色ナノ粒子を含有する樹脂膜からなるパターンを描画しました。

図1 (a) シリコンナノ粒子のコロイド溶液の写真。粒子のサイズに応じて色が変化していることが分かる。(b) シリコンナノ粒子の透過型電子顕微鏡像。シリコンの粒子を透明な二酸化シリコンで覆い(矢印の部分)、シリコン同士が直接接触しないようにしている。(c) インクジェット印刷の模式図。印刷されたシリコンナノ粒子は樹脂中にランダムに埋め込まれている。🄫Advanced Materials(2026)(DOI:10.1002/adma.202523036)(CC BY)

 

まず、印刷したシリコンナノ粒子塗膜がどのような発色特性を示すかを明らかにするため、独自に構築したモンテカルロ法※2に基づく光子※3追跡シミュレーションを実施しました。透明樹脂中にシリコンナノ粒子がランダムに分散したモデルを仮定し、入射した光子の進行経路を確率論的に計算することで、ナノ粒子塗膜中における光の散乱および吸収過程を統計的に評価しました(図2(a))。光子は粒子との相互作用により散乱され、膜を反射または透過し、一部は吸収されます。特に、ナノ粒子濃度が高い場合には光子が複数回散乱される多重散乱の影響が無視できなくなるため、その寄与も考慮しました。また、個々のシリコンナノ粒子はMie共鳴に起因して、波長により前方散乱と後方散乱の特性が異なることから、反射光と透過光で膜の分光特性が大きく変化します。図2(b)(c)のように粒子径および濃度を変化させてシミュレーションを行った結果、反射方向(図2(b))で構成パラメータにより広範囲で色を制御できることがわかりました。さらに、透過方向(図2(c))では反射とは大きく異なる発色を示すことが明らかとなりました。

図2 (a) 光子追跡シミュレーションの模式図。(b) 反射方向で得られる色と、(c) 透過方向で得られる色。🄫Advanced Materials(2026)(DOI:10.1002/adma.202523036)(CC BY)

 

シミュレーション結果をもとに、実際のナノ粒子インクでシリコンナノ粒子の直径と濃度を変化させてクジャクの絵をインクジェット装置で描画しました(図3(a))。クジャクの絵を細部まで再現できており、多彩な発色が得られていることが分かります。また、シミュレーションで予測された通り、印刷されたフィルムは反射方向で観察した場合と透過方向で観察した場合、異なる色を示すという特異な光学特性を持つことを実証しました。さらに、複数の粒径のインクを組み合わせて印刷することで、マルチカラー印刷も可能です(図3(b))。

本材料は反射によって発色するため、吸収性顔料とは異なり高い透過性を付与できます。粒子径および濃度を調整して印刷したカラーフィルム(図3(b))をスマートフォンの上に配置すると、画面がオフの状態ではクジャクの絵柄が明瞭に視認される(図3(c))一方で、画面がオンの状態では透過光が支配的となり、パターンがほぼ見えなくなります(図3(d))。この特長を活かし、表示状態に応じて視認性を制御可能な光機能フィルムとして、情報表示デバイスや偽造防止用途への応用が期待されます。

図3 (a) シリコンナノ粒子の直径と濃度を変えてインクジェット印刷したクジャクの画像。(b) 複数のインクを用いてカラー印刷したクジャクの画像。(c, d) 低いナノ粒子濃度で印刷したフィルムを画面がオフのスマートフォン(c)とオンのスマートフォン(d)に置いた時の画像。🄫Advanced Materials(2026)(DOI:10.1002/adma.202523036) (CC BY)

今後の展開

本研究では、光学共鳴により発色するナノ粒子を用いた水性インクを開発することで、従来の構造色技術では困難であった「インクジェット印刷」によるマルチカラー印刷を実現しました。ナノ粒子1つ1つが光学共鳴により発色することで、印刷後の塗膜でも角度に依存しない安定した発色が可能です。さらに、本手法は平面基板に限らず、曲面を有する三次元物体への直接印刷にも適用可能であることを実証しており、多様な塗装・加飾用途へ展開できます。

本研究で開発したシリコンナノ粒子インクは非常に高い光安定性、耐熱性、化学安定性を有しており、安定な構造色印刷に加え、特殊な反射・透過特性を生かしたスマートウィンドウや偽造防止印刷、情報表示デバイスなど、新たな光機能印刷材料としての応用が期待されます。

用語解説

※1 Mie共鳴

1908年にGustav Mieにより厳密解が導かれた波長程度の大きさの球形の粒子による光の散乱現象のうち、高屈折率誘電体に見られる共鳴的な散乱現象。入射電場に応答する電気的な共鳴と入射磁場に応答する磁気的な共鳴がある。粒子サイズによって共鳴波長を制御できる。

※2 モンテカルロ法

乱数を用いたシミュレーションを繰り返し、その平均値や統計的性質から数学的問題の近似解を求める手法。

※3 光子

光(電磁波)をその粒子性から見たときの粒子の名称、最小のエネルギー単位(素粒子)。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)大学発新産業創出基金事業 ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム(D-Global)(課題番号:JPMJSF2405)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 官民による若手研究者発掘事業(JPNP20004)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費助成事業(課題番号:JP24K01287, JP25K01608)の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Structural Color Inkjet Printing with Mie-Resonant Silicon Nanoparticles

DOI

10.1002/adma.202523036

著者

Hiroto Yamana, Haruki Tanaka, Hiroshi Sugimoto, Minoru Fujii

掲載誌

Advanced Materials

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者

SDGs

  • SDGs9