花を昆虫の幼虫の“ゆりかご”として提供する送粉共生では、植物側の負担がどこに集中するかが、関係の安定性を左右します。琉球列島に分布する雌雄異株のつる植物カラスキバサンキライでは、ほとんど開かない蕾状の花にタマバエが訪れ、花を幼虫の発育場所として利用することが知られていました。
神戸大学大学院理学研究科の末次健司教授(兼 神戸大学高等学術研究院・卓越教授)と、国立科学博物館植物研究部の奥山雄大研究主幹(兼 筑波実験植物園・研究員)、千葉大学大学院薬学研究院の石川勇人教授を中心とする研究グループは、野外観察、花の香り成分の分析、合成香料を用いた誘引実験を組み合わせ、カラスキバサンキライがどのようにタマバエを誘引し、受粉へとつなげているのかを詳しく調べました。
その結果、幼虫が順調に成長できる“ゆりかご”は、開花後2〜3日で地面に落下する雄花であることが明らかになりました。一方、雌花では産卵はごくまれで、仮にふ化しても、幼虫が将来種子となる胚珠を食べることはありませんでした。つまり、タマバエに主に利用されるのは役目を終えた雄花であり、植物にとって最も重要な雌花や種子への負担は小さく抑えられていたのです。
さらに、雄花と雌花の香りは、いずれもほぼ単一の化合物が主体でした。この化合物を合成して野外に設置したところ、タマバエの雌だけが強く誘引されました。しかも雄花と雌花はほぼ同じ香りを放つため、タマバエは香りだけでは両者を見分けられず、その結果として雌花にも訪れて受粉が成立すると考えられます。
本研究は、幼虫の発育の場が主に役目を終えた雄花に偏ることと、単一の香りが送粉者の雌のみを誘引することが組み合わさることで、高度に特殊化した共生関係が安定して維持されていることを示した重要な成果です。本成果は、4月7日00時00分(日本時間)に国際誌「Current Biology」に掲載されました。

©安⻫俊・末次健司(CC BY)
ポイント
- カラスキバサンキライの花粉を運ぶ昆虫(送粉者)は、タマバエ1種のみである。
- タマバエは花を幼虫の“ゆりかご”として利用するが、幼虫が育つのは主に落下した雄花であるため、植物側の負担は小さい。
- 雌花では産卵はほとんど起こらず、まれにふ化した幼虫も胚珠を食べることなく、餌不足や乾燥などで死亡することが多い。
- 花の香りは、ほぼ単一の化合物で構成され、タマバエの雌にのみ強く作用する。
- 雄花と雌花はほぼ同じ香りを放つため、タマバエは香りだけでは両者を区別できず、その結果として受粉が成立する。
- 「1種類の香りによる秘密の暗号」と「役目を終えた雄花を“ゆりかご”にする仕組み」の組み合わせが、この共生関係を安定化させている。
研究の背景
多くの植物は、花粉や蜜などの報酬を提供することで、ハナバチなどの動物に花粉を運んでもらっています。こうした関係は送粉共生と呼ばれます。ただし、このような共生は、利益が一方に偏りすぎると、もう一方の利益が損なわれやすいという不安定さも抱えています。特に、昆虫が花を幼虫の“ゆりかご”として利用しながら送粉も担う場合、植物は受粉という利益を得る一方で、幼虫に組織を食べられることは不利益になります。雌雄異株の植物では、雄花は花粉を供給し、雌花は将来の種子を担うため、食害がどちらの花に集中するかが、この関係の安定性を大きく左右します。もし幼虫の発育の場が主として雄花に偏るなら、植物は受粉を維持しながら、次世代に直結する雌花への損傷を抑えられる可能性があります。
琉球列島(屋久島以南)に分布するカラスキバサンキライ※1は、雌雄異株のつる植物で、雄花・雌花のいずれも、ほとんど開かない蕾状の花をつけます。近年の観察から、雄花にはタマバエ※2が訪れて産卵することが確認されており、本種が花をゆりかごとして利用する昆虫との共生関係にある可能性が示されていました。しかし、雌花でどのような現象が起きているのかは分かっていませんでした。
また、このように花が目立たない植物では、送粉者に自らの存在を知らせる手段は限られるはずです。一般に、植物が送粉者を誘引する際には、色や形だけでなく花の香りも重要な役割を果たします。多くの花は複数の揮発性成分からなる複雑な香りを放ち、その組み合わせの違いが訪れる送粉者の顔ぶれに影響すると考えられています。一方で、1種類の化合物が主成分となる場合には、それが特定の送粉者にだけ通じる“暗号”※3として機能している可能性も指摘されてきました。しかし、そのような単純な香りが本当に特定の送粉者だけを選択的に呼び寄せ、しかも不安定になりがちな“ゆりかご型”の共生を支えているのかは、十分に検証されていませんでした。
研究の詳しい内容
そこで、神戸大学の末次健司教授、西村明洋研究員、国立科学博物館の奥山雄大研究主幹、千葉大学の石川勇人教授らの研究グループは、徹底した野外観察に加え、花の香りの化学分析と合成香料を用いた行動実験を組み合わせ、カラスキバサンキライとタマバエの共生関係がどのような仕組みで成立し、安定して維持されているのかを詳しく検証しました。
まず、奄美大島、徳之島、沖縄本島、石垣島、与那国島の5地域において、雄花と雌花を訪れる昆虫の種類と訪花頻度を調査しました。その結果、両方の花に継続的に訪花していたのはタマバエ1種のみでした。タマバエの雌は雄株に長時間滞在し、複数の雄花に産卵管を挿入して産卵する過程で、産卵管や体表に多量の花粉を付着させていました。一方、雌花では滞在時間が短く、産卵管を挿入しても産卵しない例が多いものの、その際に付着していた花粉が柱頭に触れることで受粉が成立していました。
次に開花リズムを解析したところ、雄花は午前3時頃から、雌花は午前9時頃から開き始めるという時間差が見られました。これに伴い、タマバエは早朝に雄花へ集まり、その後、数時間遅れて開く雌花へ移動して訪花することが分かりました。つまり、カラスキバサンキライは「先に雄花で花粉を付着させ、その後、時間差で雌花へ誘導する」ことで、効率よく花粉を運んでもらっていると考えられます。
さらに、雄花と雌花に産み付けられた卵の運命を追跡したところ、雄花は開花後2〜3日で地面に落下し、内部でふ化した幼虫は豊富な花粉や雄しべの組織を餌として順調に成長し、約10日後には地表でさなぎになることが確認されました。一方、雌花でふ化した幼虫は花弁などを摂食するものの、将来種子となる胚珠は食べず、多くが餌不足や乾燥によって死亡していました。つまり、高品質な“ゆりかご”として機能しているのは雄花のみであることが明らかになりました。
続いて、雄花と雌花の香り成分を分析したところ、揮発性成分の総量の80%以上を、ノルイソプレノイド※4の一種であるジヒドロエデュランIが占めていることが判明しました。多くの花が数十から数百種類にも及ぶ化合物を組み合わせて複雑な香りを放つのに対し、カラスキバサンキライでは、香りがほぼ1種類の化合物で構成されているという際立った特徴が見えてきたのです。そこで、この物質がタマバエの誘引に関与しているかを検証するため、合成したジヒドロエデュランIを用いた野外誘引実験を行いました。その結果、この香りに強く引き寄せられたのはタマバエの雌のみであり、他の昆虫の誘引は確認されませんでした。興味深いことに、ジヒドロエデュランIは、もともとは昆虫を遠ざけるための二次代謝産物として進化した可能性があります。実際、この化合物を含む精油には昆虫に対する忌避効果が報告されています。仮に元の作用が“虫よけ”であれば、他の昆虫が誘引されないことも自然に説明できます。カラスキバサンキライは、それを特定の相手にだけ届く“秘密の暗号”へと巧みに転用したのかもしれません。
さらに、雄花と雌花はいずれもこの化合物をほぼ同じ割合で放出しているため、タマバエは花の香りだけでは両者を識別できません。その結果、ゆりかごとして適した雄花だけでなく、雌花にも一定の頻度で訪れることになり、雌花は香りの面で雄花に擬態しているとみなすこともできます。
一般に、共生関係では、一方が相手を“だます”と関係が破綻しやすいと考えられています。しかし、この系では、香りが生み出す「ほどよい見分けにくさ」が、むしろ双方の利益につながっていると考えられます。タマバエは香りを手がかりに雄花と雌花の両方を訪れますが、産卵管を挿入する過程で内部構造の違いをある程度見分けられるため、無駄になる卵を減らせます。一方、植物にとっても、雌花への産卵やその後の幼虫による花弁の摂食は、胚珠や種子そのものが食べられなくても負担となり、果実形成に影響し得ます。そのため、雌花での産卵が起こりにくい現在の状態は、植物にとっても望ましいといえます。つまり、この「ほどよい見分けにくさ」こそが、双方にとって安定したバランスをもたらしているのです。
このように、カラスキバサンキライでは、落下する雄花という余剰な組織を“ゆりかご”として提供する仕組みと、希少な香り物質による“秘密の暗号”が組み合わさることで、“ゆりかご”を提供する植物と、そこで子を育てるハエとの協力関係が維持されていることが明らかになりました。本研究は、単一の香り成分が特定の送粉者を選択的に誘引し、この共生関係を支える仕組みとして機能し得ることを示した重要な成果です。

(b) カラスキバサンキライの雌株。
(c) 雄花序。
(d) 雌花序。
(e) 雄花に訪れたタマバエ。矢印は産卵管に付着した花粉を示す。
(f) 雌花に訪れたタマバエ。矢印は産卵管に付着した花粉を示す。
(g) 雄花でふ化したタマバエの幼虫(矢印部分)。
(h) 雌花でふ化したタマバエの幼虫(矢印部分)。
(i) 野外での誘引実験。ジヒドロエデュランIを染み込ませた綿棒の先端に、タマバエの雌が飛来している(矢印部分)。スケールバー:3 cm (a–b)、5 mm (c–d)、500 μm (e–f)、1 mm (g–h)。
©末次健司(CC BY)

注釈
※1 サルトリイバラ科シオデ属の常緑つる植物で、日本(屋久島以南)、台湾、中国南部などに分布する。雌雄異株で、雄花・雌花ともに花弁が合着し、ほとんど開かない小型の花をつける点が特徴である。
※2 ハエ目タマバエ科に属する昆虫。成虫は小型で、幼虫は植物組織や菌類を摂食する種が多い。多くの種が植物に虫こぶを形成することからタマバエと呼ばれる。本研究で確認された種は2025年に新種として記載されたばかりであり、カラスキバサンキライに依存することから「カラスキバサンキライハナタマバエ」という和名が付けられた。
※3 専門的には「プライベートチャネル」と呼ばれ、花の香りの組成や放出時期を、特定の送粉者の感覚特性や行動様式に合わせて調整する仕組みを指す。多様な昆虫を広く引き寄せる一般的な信号とは異なり、特定の相手にのみ情報を伝える“秘密の暗号”のような役割を果たす。
※4 カロテノイドが分解して生じる香気成分の総称で、果実やワイン、タバコなどの香りに重要な役割を果たすことが知られている。ジヒドロエデュランIもその一種である。
論文情報
タイトル
DOI
10.1016/j.cub.2026.03.002
著者
Kenji Suetsugu(末次 健司・神戸大学大学院理学研究科 / 神戸大学高等学術研究院)
Ayaka Iwai(岩井 彩佳・千葉大学薬学部)
Sohsuke Moriue(森上 綜介・千葉大学大学院医学薬学府)
Akihiro Nishimura(西村 明洋・神戸大学大学院理学研究科)
Yudai Okuyama(奥山 雄大・国立科学博物館植物研究部・筑波実験植物園)
Hayato Ishikawa(石川 勇人・千葉大学大学院薬学研究院)
掲載誌
Current Biology
報道問い合わせ先
神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)


