
アメリカ・イスラエルのイラン攻撃は世界経済を巻き込み、ロシアのウクライナ侵攻は発生から4年が経過するが停戦の兆しも見られない。国際社会は今、一寸先が全く見通せない時代だ。国連も、安全保障理事会(安保理)常任理事国の横暴で機能不全に陥り、平和を維持する国際機関として、打つ手も全く見出せていない。国際法が専門の国際協力研究科の林美香教授に、混迷の時代における国際法の役割、今後、国際社会はどう対応すべきなのかを聞いた。
米・イスラエルのイラン攻撃は、国際法違反
アメリカ・イスラエルのイラン攻撃、ロシアのウクライナ侵攻など、国際秩序が大きく揺らぐ事態が続いています。国際法の専門から、現状をどのように見ていますか。
林教授:
米・イスラエルのイラン攻撃は、国際法の武力行使禁止のルールに照らせば、国際法学者の大半が「違法」と判断するでしょう。両国は、「自衛」だと主張していますが、そこは問題です。確かに自衛のためなら武力を行使しても良いという考えは、国際法のルールに則っていますが、それがどんな場合に許されるのか、次の三つのケースが考えられます。
一つ目は、武力攻撃を実際に受けている場合です。二つ目は、武力攻撃が現実に差し迫っている場合、三つ目は、将来、深刻な脅威になりそうな場合、予防的に武力を使っていいという考え方です。国際法上争いなく認められているのは、一つ目の自国が攻撃された場合、二つ目の差し迫った危機を排除する場合です。
しかし、両国には現在、差し迫った危機は一切ありません。相手国で核兵器の準備が完了し、この日に阻止しなければ、攻撃を受けるというレベルでなければ、差し迫った危機とは言えません。イランの政権はこれまでイスラエルに対して敵対的な発言を繰り返してはきましたが、それを理由に自衛攻撃が認められると、歯止めがなくなってしまいます。
将来、核兵器が作られるかもしれないという理由の先制攻撃も自衛として認めてしまうのが三つ目の考え方ですが、これだと、自衛攻撃か否かの線引きが全くなってしまいます。また、両国がイランに関する事実そのものをねじ曲げているのであれば、それも大問題です。
ロシアのウクライナ侵攻についても、ロシア側は侵攻開始時に、国連安保理あての書簡で自衛権を引用して、自衛の攻撃だと主張しています。しかしこれも「差し迫った危機」に対する自衛には当たりません。NATOの力が強まり、ウクライナを取り込めば、ロシアにとって脅威が大きくなりますが、その将来のリスクを理由に先制攻撃を始め、これを自衛戦争と判断するのは無理があります。将来のリスクのための先制攻撃を自衛のために認めることは、侵略と自衛の線引きを不可能にしてしまう点で、イラン攻撃と問題点は同じです。
ウクライナ侵攻においては、何が正しい情報かも考えさせられます。ロシアは、東ウクライナで、ロシア系住民に対してジェノサイド(大量虐殺)が起こっていることを自衛のもう一つの理由にしていることが、国連安保理への書簡から読み取れます。国際法が定義するジェノサイドは、一定のグループをせん滅するためにそのグループの人々を殺害することやそのグループの児童を強制移動させることなどを言いますが、そういう事実は一切ありませんでした。国家が国内外に対して、虚偽の情報、でっち上げとしかいいようのない情報を出して、それを根拠に侵略戦争が開始されたことにも一種の怖さを感じます。
大国の横暴に声を上げることの大切さ

国際法はそもそもどんなものですか。混迷する時代において機能しているのでしょうか。
林教授:
ここで問題になっている国際法は、国と国との間に適用される法律です。国際法は、国同士が合意して取り決めを書面にしている「条約」と、紙には残していないけれども「国家実行」が積み上がって作られたルール「慣習法」の二つから成っています。署名・批准した締約国は、条約を守らねばなりませんし、慣習法は規範としてすべての国が守らなければなりません。
ただ、どちらの場合も、違反国に制裁を科す仕組みはありません。国際社会は水平な社会で、上下関係はありません。その中で機能する国際法は、国際ルールの違反者に対する罰則や制裁を通常は下せません。
そう考えると重要なことは、ルール違反があった時に、国際社会が黙認しないことです。ある国のルール違反を他国が批判・非難することは、それ自体ですぐに違反をやめさせる効果を持たないとしても、世論を味方につけて、またいろいろな他の要素とも組み合わさって、ルール違反国の行動変更を促す一つの要因になるかもしれません。
さらに、ルール違反に対する沈黙は、国際法に特有の問題があります。国際法は国家自身で作った取り決めや慣行で成り立っているので、ルール違反行為を各国が黙認していると、黙認が積み重なって、逆にそれがルールになってしまう危険があるからです。今の戦争を見ていて危機感を覚えなければいけないのは、周りの国が「ルール違反である」と声を上げていない点です。
ロシアがウクライナに侵攻した際には、国連の100カ国以上がロシアの侵略を非難する総会決議に賛成しました。米・イスラエルのイラン攻撃は、日本を含めて、アメリカの同盟国の多くが国際法「違反」と非難していません。その意味ではロシアの侵攻時よりも、米・イスラエルの攻撃の方が、国際法の観点から状況はより深刻です。国際法に違反する武力行使はこれまでにもあったわけですが、それが違反であると考えてそのように意見を表明する国家が大多数であれば、そこには国際法のルールが生きていると評価されます。国際法のルールを弱めるのは、ルール違反そのものに加えて、違反の黙認です。大国がルールを破っても周りの国は何も言えない国際社会になっていることに強い危機感を覚えます。
大国が実行する戦争に対して、1カ国が反対しても止めることは不可能です。アメリカの同盟国が複数で声を上げることができたら、と思います。たとえ、アメリカがその声を受け入れなくても、反対した国が事態をどう認識しているのかを明確にすること自体にも意義があります。今からでも決して遅くありません。
国連を組織として見た場合、これまでも安保理常任理事国が1カ国でも拒否すれば、国連としての意思決定ができませんでしたが、今の問題は、その責任を負う5大国自体が戦争をして国際法違反を続けている点です。短い期間で連続して違反国が出てしまい、歴史的にも国際社会の危機だと考えます。
それでは、国際法は、大国の横暴には無力なのでしょうか。
林教授:
国際法は、戦争しようとしている国を止めることはできません。ルール違反が現実に起こっているので、その意味では国際法は無力だと言えるかもしれません。
ただ、興味深いことにロシアもアメリカも、国際法に違反していて何が悪い、と開き直ることはしません。それどころか、これらの国も自国の行動は国際法上に合致していると強調します。これらの国ですら、国際法は無力・無意味とは必ずしも思っていないわけです。
実際の有用性という点では、戦争の中では、武力紛争法や人道法などの国際法が力を発揮すると考えます。武力紛争法は、戦闘中の暴力を必要な範囲に抑え、文民に余計な被害を出さないためのルールです。武力紛争法の違反も、他の国際法と同じようにもちろんありますが、順守の場面も同様に数多くあります。戦争は止められないかもしれないけれど、戦争の被害は少なくできる。これは重要な役割だと考えます。
また、国際法は、戦争が終わった後の賠償、領土の線引き交渉などを進める際にも重要です。双方が受け入れる交渉の起点ともなるでしょうし、戦争中の行為について終戦後に検証を進める時にも、国際法は有用だと思います。
国際刑事裁判所の役割と限界
国際社会には違反国を戒める機関、存在はないのでしょうか。
林教授:
国連憲章上は、国連の安全保障理事会がその役割を果たせることになっていますが、特に常任理事国を相手にする場合、その役割を果たせないことはよく知られているとおりです。
水平関係の国際社会にあって、多少でも上下の垂直関係を持ち込もうとしている機関として、一般的に関心を持たれているのが「国際刑事裁判所」だと思います。違反「国」を裁いているわけではなく、重大な「戦争犯罪」の責任者などの個人を裁いている機関です。しかし、国際刑事裁判所も国際刑事裁判所規程という条約を基にしているので、加盟していない国に対してできることは極めて限られています。今の戦争当事国のアメリカ、イスラエル、イラン、ロシアも国際刑事裁判所の制度には参加していません。これらの国の領域での行為には裁判所の管轄権がなく、裁くことはできません。国際社会において賛成してくれる国が少なければ少ないほど、国際刑事裁判所として裁ける対象も限られます。パレスチナが国際刑事裁判所の加盟国なので、そこでのイスラエルの行為に関連して、国際刑事裁判所がイスラエル・ネタニヤフ首相に対する逮捕状を出しました。これはイスラエルだけでなくアメリカによる猛反発を受けています。
中国は国際法をどう見ていますか。
林教授:
中国が国際法をどう考えているのかは、非常に興味があります。いくつかの場では国際法を尊重、重視していると表明しています。実際、国際法のルールに則って行動したり協調したりしている場面が多くあります。しかし、同時に、「国際法の権威を支えるためのさらなる協力」について中ロ共同声明を出して、一定の分野の国際法とその運用には非常に批判的な姿勢もとっています。南シナ海の問題でも仲裁裁判所の判決を受け入れられないと言っています。国際法全体をそのまま受け入れられるルールとみているか、微妙です。
これに関連して、日本や欧州の国が入っている「武器貿易条約」に注目しています。中国も2020年から入っています。条約の中には、輸出する武器が、紛争地で武力紛争法・人道法違反で使われる恐れがあれば、輸出を控えるというルールがあります。「リスク審査」をして、違反行為に使われる著しい可能性があれば、輸出ライセンスを許可しないというルールです。
中国は武器貿易条約の実施に関連して、次の3点を強調します。武器移転・輸出が輸入国の正当な自衛力に資すること、関連地域および国際社会の平和・安全・安定を損なわないこと、そして「輸入国に対する内政不干渉」です。しかし内政不干渉の立場を貫けば、輸出先において、自分たちが輸出した武器をどんなふうに使っているのかを不問にすることにつながります。この文脈での内政不干渉の重視は、輸出する武器・兵器がどのように使われるかの「リスク審査やリスク管理はしない」とも聞こえるので、この条約が求めているリスク審査について中国が本心ではどう思っているのか、うまく実施できるのか、とても興味があります。
ただ中国に限らず、兵器のリスク審査は難しくて、どこの国でもうまくいっているとはいえません。イギリスやEU各国では2023年以降、対イスラエルの武器輸出に関して市民団体から訴訟もされています。中国からの武器・兵器の輸出が、条約上の問題になっているという事例はまだ耳にしていませんが、もしそのような事例が出てきたら中国がどう対応するのか興味深いところです。
ラオスで見たベトナム戦争の不発弾被害

今の国際社会は軍拡に向かっていますが、止めることはできないのでしょうか。
林教授:
確かに各国の軍拡が進んでいると思いますが、私が研究の対象にしている「対人地雷禁止条約」や「クラスター弾条約」など、「小さい軍縮」ではあるものの、うまく機能している条約もあります。これらの条約は、敷設された地雷や紛争後に残された不発弾の除去を目的の一つとする「軍縮」条約です。こういった条約が文民の被害を軽減し、たとえばクラスター弾条約によって不発弾で汚染された地域を減らせるのであれば、軍縮に希望を見出せるのではないかと思います。
2025年にラオス国立大学でのシンポジウムで現地入りしました。ラオスは、1975年に終結したベトナム戦争の時に落とされた不発弾の汚染地域を今も抱えています。隣国ベトナムの境界領域を北ベトナム兵が通過したため、アメリカに爆撃されました。半世紀を経過した今も不発弾を処理できていません。ラオスはクラスター弾条約の枠組みを利用し、国際援助を受けながら、住民へのリスク教育と不発弾撤去を進めています。不発弾処理をラオスにとっての18番目のSDGsと決めて取り組んでいます。アメリカも当時の法的な責任は認めていませんが、道義的な責任を表明していて、爆撃した範囲の情報や撤去支援を提供しています。こうして進む軍縮は、核兵器の軍縮とは違うレベルの軍縮ですが、明るいニュースです。地道な努力なので、あまり脚光を浴びませんが、確実に進んでいます。

一方、このような軍縮も、明るいニュースばかりではありません。ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアと国境を接するエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト3国、ポーランド、フィンランドが対人地雷禁止条約から脱退しました。昨今の安全保障の観点から、対人地雷禁止条約を有益なものとは考えられなくなった、というわけです。各国にとって、有益なルールであれば参加するし、守ってもくれる。無益なルールには参加しないし、脱退する国も出てきます。それぞれの国の意志、スタンスがはっきり分かるので、条約締結はシグナル的な役割を果たす一面も持っています。安全保障に関連する国際法は、歴史的に見ると時期的に浮き沈みがあり、多くの国が賛同している時期もあれば、撤退が相次ぎ力を失う時期もあります。
国際法無力の時代、第三国に何ができる?
今後、世界の戦争被害を少なくするために、国際法の分野で進める研究はありますか。
林教授:
戦争を止めることはできず、戦争中の武力に関するルールもしばしば守ってもらえない現代において、戦争をしない第三国としてできることは何かを研究したいと考えています。第三国は戦争に関連して、非難声明を出すとか、外交面で働きかけるといったことももちろんできるわけですが、国際法ルールの違反があっても、それに対して第三国が何かできるというルールはほとんどありません。数少ない手段として、武器貿易条約が求める武器貿易管理を徹底することは、第三国でも戦争における暴力を防ぐことに貢献できるかもしれないと考えています。それで、武器貿易条約の研究を進めたいと考えているところです。
武器貿易条約は、国が正規に移転や輸出を許可した武器が、正規ルートでどの国に行って、エンドユーザーが誰かをはっきりさせるという条約です。紛争地への輸出を禁じる条約ではありませんが、締約国は「リスク審査」の実施を求められます。NGOが各国で武器貿易に関する訴訟を起こしているので、人道法上の問題が発生している紛争地への武器輸出の中断に、武器貿易条約がどれくらい役に立っているかを訴訟から検証したいと思います。戦争が起こっているとき、第三国にできることは少ないですが、何かあるはずなので、それを具体的に明らかにしたいと思います。
林 美香教授 略歴
1993年3月、京都大学法学部卒業。1995年9月、フランス国立行政院修了。2000年3月、東京大学大学院総合文化研究科博士前期課程修了。修士(学術)。2003年3月、同研究科博士後期課程単位取得退学。2000年4月~2003年3月、日本学術振興会特別研究員。2003年4月、神戸大学大学院国際協力研究科助教授、2007年、准教授。2006年1月~2007年3月、マックスプランク公法比較法研究所(ドイツ)客員研究員。2013年10月、神戸大学大学院国際協力研究科教授。

