神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の白川利朗教授(研究科長)、神戸大学大学院医学系研究科腎泌尿器科学分野の三宅秀明教授および植木秀登医師らを中心とする研究グループは、標準治療後に病勢進行した転移性尿路上皮がん患者さんを対象に、経口がんワクチンB440の第I相医師主導治験を実施し、B440単剤投与の安全性とWT1特異的T細胞応答を確認しました。

B440は、腸管免疫の活性化に密接に関与するビフィズス菌を用いて、がん抗原であるWT1を腸管免疫系に届けることを目指した経口がんワクチンです。本試験は少人数・単群の第I相試験であり、有効性を確定するものではありませんが、経口がんワクチンを用いた複合がん免疫療法の可能性を検討するための重要な第一歩になると考えられます。

この研究成果は、2026年7月8日に、JCO Oncology Advancesに掲載されました。

【図1】B440ワクチンプラットフォームと想定作用機序(模式図) B440は、WT1抗原を提示するよう設計されたBifidobacterium longumを用いる経口がんワクチンです。腸管上皮のM細胞を介した取り込み、パイエル板の樹状細胞による抗原提示、WT1特異的T細胞応答の誘導という流れを示す模式図。
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ポイント

  • B440は、ビフィズス菌を抗原タンパクのデリバリーベクターとして用いる、WT1標的の経口がんワクチンです。
  • 転移性尿路上皮がん患者12例を対象とした第I相医師主導治験で、用量制限毒性は認められず、B440に関連すると判断された重篤な有害事象も確認されませんでした。
  • 6例でWT1特異的T細胞応答が検出され、無増悪生存期間が延長する傾向が探索的に認められました。ただし、有効性の確認には今後の前向き試験が必要です。

研究の背景

免疫チェックポイント阻害薬※1は、ステージIVなどの進行がん治療を大きく変えました。一方で、十分な効果が得られる患者さんは一部にとどまり、治療抵抗性となった後の選択肢は限られています。そこで、患者さんの体内にもともと存在するがんに対する免疫応答を安全に増強し、免疫チェックポイント阻害薬の効果を補完する治療法の開発が求められています。

任意の抗原タンパクを腸管免疫系に届け、がんに対する免疫応答を誘導する経口ワクチンプラットフォームの開発は、技術的に難しい課題です。実際、これまでに実用化されている経口ワクチンの多くは、腸管感染症の病原体を弱毒化または不活化したワクチンです。研究グループは、腸管免疫の活性化に密接に関与するビフィズス菌に着目し、これを抗原タンパクのデリバリーベクターとして応用することで、WT1※2抗原を腸管免疫系に提示するB440※3の開発を進めてきました。

このような全く新しい医薬品候補を臨床試験まで進めるには、ベクター設計、製造・品質管理、安全性評価、規制対応及び臨床試験実施体制を一体として整える必要があります。本研究では、神戸大学の科学技術イノベーション研究科、医学系研究科腎泌尿器科学分野、神戸大学医学部附属病院臨床研究推進センター、大阪大学医学部未来医療センター、共同治験実施施設などが連携し、医師主導治験として実施できる体制を構築しました。

研究の内容

本試験は、標準治療後に病勢進行した転移性尿路上皮がん※4患者さんを対象とした、多施設共同、非盲検、単群の第I相医師主導治験です。対象となった12例はいずれも、プラチナ製剤、PD-1/PD-L1阻害薬、エンホルツマブ ベドチンによる治療歴を有していました。B440は、800 mgまたは1,600 mgを1日1回、週5日、4週間経口投与しました。主要評価項目は、投与開始後28日間における用量制限毒性※5の評価でした。

その結果、いずれの用量群でも用量制限毒性は認められませんでした。B440に関連すると判断された有害事象は3例に認められたGrade 1のIL-6上昇であり、B440に関連する有害事象による投与中止はありませんでした。抗腫瘍効果については、病勢安定が6例、病勢進行が5例、評価不能が1例であり、完全奏効または部分奏効は認められませんでした。

免疫応答の評価では、12例中6例でWT1特異的T細胞応答がELISPOT※6により検出されました。これらの患者さんでは、ELISPOT陰性例と比べて無増悪生存期間が延長する傾向が探索的に認められました。なお、本試験は少人数・単群の第I相試験であり、統計解析は多重性補正を行っていない探索的解析です。そのため、これらの結果は有効性を確定するものではなく、仮説生成的な所見として慎重に解釈する必要があります。

試験終了後、一部の患者さんでは主治医の判断によりペムブロリズマブの再投与が行われ、腫瘍の縮小が確認された症例もありました。この再投与は治験プロトコル外の探索的な観察であり、選択バイアスなどの限界があるため、B440が免疫チェックポイント阻害薬への反応性を回復させたと結論づけることはできません。今後、あらかじめ設計された前向き試験で検証する必要があります。

今後の展開

今回の結果は、B440の臨床開発を次の段階に進めるうえで、いくつかの具体的な課題を示しました。第一に、B440単剤では客観的奏効(ある一定の腫瘍縮小効果)が認められなかったため、免疫チェックポイント阻害薬などとの併用または逐次投与を、前向き試験で検証する必要があります。第二に、ELISPOTで検出されるWT1特異的免疫応答が患者選択や効果予測に使えるかどうかについて、より大きな集団で確認する必要があります。第三に、投与期間、追加投与、腸内細菌叢への影響などについて、治療スケジュールの最適化を進める必要があります。

現在、神戸大学、兵庫医科大学などでは、手術不能な悪性胸膜中皮腫の患者さんを対象に、B440と免疫チェックポイント阻害薬を併用する医師主導治験が進行中です。今後は、このような臨床試験を通じて、B440の有効性と安全性、適切な投与方法、患者選択の指標を引き続き慎重に確認していく予定です。現時点でB440は未承認の治験薬であり、一般診療で使用できるものではありません。

用語解説

※1 免疫チェックポイント阻害薬
がん細胞などによって抑えられた免疫応答を再び働きやすくする薬剤です。PD-1/PD-L1阻害薬などがあります。

※2 WT1
Wilms’ tumor 1の略で、さまざまながんで発現が報告されている腫瘍関連抗原の一つです。

※3 B440 
WT1抗原を提示するよう設計されたBifidobacterium longumを用いる経口がんワクチン候補です。

※4 転移性尿路上皮がん
膀胱、尿管、腎盂などの尿路上皮に発生したがんが、他の臓器やリンパ節などに広がった状態です。

※5 用量制限毒性
薬剤の用量を増やすことが難しくなる重い副作用を指します。第I相試験で重要な安全性評価項目です。

※6 ELISPOT
特定の抗原に反応するT細胞などを測定する免疫学的検査法です。本研究ではWT1特異的T細胞応答の評価に用いました。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)等の支援を受けて実施されました。また、治験の実施にあたり、神戸大学医学部附属病院臨床研究推進センター、大阪大学医学部未来医療センター、共同実施施設、関係者の皆様にご協力いただきました。

論文情報

タイトル

"Phase I Study of B440, an Oral Wilms' Tumor 1 Cancer Vaccine Using a Bifidobacterium Vector, in Patients With Metastatic Urothelial Cancer"

DOI

10.1200/OA-25-00153

著者

Hideto Ueki, Junya Furukawa, Takuto Hara, Keisuke Goto, Keita Tamura, Yuto Matsushita, Yasumasa Kakei, Sae Murakami, Naoe Jimbo, Jun Teishima, Nobuyuki Hinata, Hideaki Miyake, Toshiro Shirakawa

掲載誌

JCO Oncology Advances

臨床試験登録

jRCT2051220143

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

 

 

研究者