神戸大学大学院人文学研究科のターン有加里ジェシカ講師、Interdisciplinary Transformation UniversityのChristian Hilbe教授、理化学研究所数理創造研究センターの村瀬洋介チームディレクターによる国際共同研究チームは、評判に基づく協力行動の進化を可能にしうる新たな仕組みを理論的に明らかにしました。

人間社会では、評判に基づいた協力行動がしばしばとられます。このような仕組みは「間接互恵性」とよばれます。これまでの間接互恵性研究では、同じ人に対する評価が人によって異なりうると、社会の中で協力が維持できなくなることが大きな課題として指摘されてきました。この課題に対して本研究では、「二重評判更新」という単純な仕組みを導入するだけで協力が大幅に維持されやすくなることを数理解析とコンピュータシミュレーションによって明らかにしました。従来の間接互恵性モデルでは「協力したか」だけが評判形成につながると想定されていましたが、二重評判更新モデルでは「協力されたか」も評判形成につながります。

本研究は、評判に基づく協力行動が進化するメカニズムについての理解を進めました。今後、協力行動の進化メカニズムのさらなる解明に加え、実際の人間社会で評判が形成される仕組みや、その仕組みを通じて生じる同調、協力、排斥などの集団行動に対する新たな理解につながることが期待されます。

この研究成果は、8月28日に国際学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)』に掲載予定です。

ポイント

  • 「協力したか」だけでなく「協力されたか」も評価対象になりうるという、従来モデルへの単純な拡張だけで、評判に基づいた協力行動が可能になることを発見。この発見は、数理解析およびスーパーコンピュータ「富岳」を用いたコンピュータシミュレーションによって裏付けられた。
  • 人間社会での評判形成において、本人が何をしたかだけでなく、他者からどう扱われたかも重要な情報になる可能性を提示。これにより、同調、協力、排斥などの集団行動に対する新たな理解につながることが期待される。

研究の背景

人間は、血縁関係のない相手とも大規模な協力関係を築くことができます。こうした協力行動がなぜ進化し、維持されてきたのかは、進化生物学や社会科学における重要な問いの一つです。その文脈の中で、「間接互恵性※1」は協力を可能にする重要な仕組みの一つとして注目されています。

間接互恵性とは、評判を介して協力が維持される仕組みです(図1)。例えば、Aさんがコストを負ってBさんに対して協力すると、その行動を見聞きした第三者から、Aさんは「良い人」という評判を得ます。その良い評判によって、Aさんは後に第三者から協力してもらいやすくなります。つまり第三者から「間接」的に返報してもらえることになります。このように、協力することで良い評判を獲得できる社会では、協力行動は長期的な利益につながるので維持されやすくなると考えられています。

図1 間接互恵性 © Yukari Jessica Tham (CC BY) 

間接互恵性が機能するためには適切な「社会規範」が不可欠です。ここでいう社会規範とは、「誰に対してどのような行動をとるべきか(協力すべきか否か)」と「どのような行動を良いまたは悪いと評価すべきか」を規定するルールです。初期の間接互恵性研究は、社会規範が一定の条件を満たしていれば(例えば、「良い人」に協力した人を「良い人」と評価するなど)、協力が維持されることを示してきました。

しかし初期の研究では、ある人に対する評価は社会の中で一致しているという単純な前提が置かれていました。昨今の研究において、同じ人に対する評価が人によって異なりうるという現実的な前提を置くと、最初はわずかだった意見の相違も次第に社会の中に広がっていき、最終的に協力を維持できなくなることが明らかになりました。それ以降、例えば他者の視点に立つ行為、ゴシップ、公的な評判制度など、社会の中での意見の相違を抑えるさまざまな仕組みが研究されてきました。しかしこうした仕組みでは、他者の意見を推測したり、他者と意見を交換したりする必要があります。そのような複雑な推論やコミュニケーションを行うことなく、より単純な仕組みで人々の意見の相違を抑えられないものでしょうか。

研究の内容

本研究は、直接観察できる行動だけに基づいて意見の相違を抑えられる仕組みである「二重評判更新」を発見しました(図2)。従来の間接互恵性モデルでは、誰かが協力するか否かを選択したとき、評判が更新されるのはその行為者だけでした。二重評判更新モデルでは、行為者だけでなく、その行為を受けた人(被行為者)の評判も同時に更新されます。このように他者からどのように扱われているかが重要な情報になりうることは、間接互恵性研究では見落とされてきましたが、心理学においては古くから知られています。本研究はそのような心理学の知見から着想を得て、協力された被行為者を「良い人」と評価し、協力されなかった被行為者を「悪い人」と評価する二重評判更新モデルに焦点を当てました。

図2 二重評判更新モデル © Yukari Jessica Tham (CC BY) 

本研究で行った拡張は非常に単純であるにもかかわらず、モデルの振る舞いは驚くほど変わりました。図3は、コンピュータシミュレーションにおいて社会集団の中から無作為に行為者と被行為者が選ばれるという手続きを何度も繰り返した際の、各成員に対する各成員からの評価を表しています。例えばAさんがBさんを「良い人」と評価すると、Aさんの行のBさんの列のセルがオレンジになります。「悪い人」と評価するとそのセルは白になります。もし集団内でBさんに対する評価が食い違っていると、Bさんの列はまだらになります。つまり、まだらの列が多いほど集団内で意見が食い違っていることになります。図3が示す通り、従来のモデルでは意見がなかなか揃わなくても、二重評判更新モデルでは意見が揃い、それに伴って集団内の協力率および進化的安定性が大幅に上がりました。

さらに、二重評判更新を取り入れた社会規範が他の社会規範と比べても有効であるかどうかを調べるため、スーパーコンピュータ「富岳」※2を用いて100万種類を超える社会規範を網羅的に検討しました。その結果、二重評判更新は高い協力率と高い進化的安定性をもたらしやすいことが確認されました。

図3 二重評判更新モデルの効果 © Yukari Jessica Tham (CC BY) 

今後の展開

これまでの間接互恵性研究では、被行為者も評価対象になる可能性が見過ごされてきましたが、本研究ではそれが協力の維持にとって鍵となりうることを示しました。今後は二重評判更新に基づいた協力の進化に対する理解を深めることに加え、実社会で起きている二重評判更新的な現象についての検討を進めることが重要です。例えば、被行為者への評判更新が起きる場合、他者から冷遇されているという理由で(本人は悪いことをしていなくても)別の人からも冷遇されることが起きえます。逆に、他者から協力されていることを理由に(本人は「良い人」だとは限らないのに)さらに別の人に協力してもらえるということもありえます。このように周囲からの扱いが評判形成につながる可能性を検討することで、協力だけでなく排斥や同調などの集団行動に対する理解も進むことが期待されます。

用語解説

※1 間接互恵性:評判を通じて協力が維持される仕組み。

※2 スーパーコンピュータ「富岳」:スーパーコンピュータ「京」の後継機。2020年代に、社会的・科学的課題の解決で日本の成長に貢献し、世界をリードする成果を生み出すことを目的とし、電力性能、計算性能、ユーザーの利便性・使い勝手の良さ、画期的な成果創出、ビッグデータやAIの加速機能の総合力において世界最高レベルのスーパーコンピュータとして2021年3月に共用が開始された。現在「富岳」は日本が目指すSociety 5.0を実現するために不可欠なHPCインフラとして活用されている。

謝辞

本研究は、文部科学省「世界視力を備えた次世代トップ研究者育成プログラム(L-INSIGHT)」、European Research Council Starting Grant(課題番号850529: E-DIRECT)、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号JP25K07145)、理化学研究所 グローバル・コモンズ課題「グローバル・コモンズの保全に貢献するプラネタリー・レジリエンス科学」の支援を受けて実施されました。また、本研究では、理化学研究所計算科学研究センターが運用するスーパーコンピュータ「富岳」を利用しました。

論文情報

タイトル

"Indirect reciprocity with dual private assessment"

DOI

10.1073/pnas.2624656123

著者

Yukari Jessica Tham, Christian Hilbe, and Yohsuke Murase

掲載誌

Proceedings of the National Academy of Sciences

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

 

研究者