神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科博士後期課程の末松孝敏氏(コニカミノルタ株式会社)、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授らの研究グループは、大腸菌におけるポリケタイド生産において、脂肪酸生合成とβ酸化を組み合わせた新たな代謝経路「FABOX経路」を構築し、3種類のポリケタイドのうち2種類で生産量の増加を確認しました。

本成果は、脂肪酸生合成とβ酸化を組み合わせて細胞内の炭素の流れを再設計する、新たなポリケタイド生産戦略を示すものです。今後、適用可能な化合物や培養条件を明らかにすることで、さまざまなポリケタイドの微生物生産への展開が期待されます。

本研究成果は、2026年9月29日に国際学術誌『Metabolic Engineering』に公開されました。

図1. AQ256生産株の培養の様子 

(左)通常の大腸菌、(右)FABOX経路を導入したAQ256生産株 ©末松孝敏(CC BY)

ポイント

  • 脂肪酸生合成に流れた炭素を遊離脂肪酸へ導き、β酸化を介してアセチルCoAへ戻して再利用する「FABOX経路」を大腸菌に構築した。
  • FABOX経路を3種類のポリケタイド生産に適用し、AQ256とフロログルシノールでは生産量が増加した一方、フラビオリンでは明確な生産向上はみられなかった。
  • AQ256では、マロニルCoAの供給を増やすマロン酸同化経路とFABOX経路を組み合わせることで、AQ256生産量とマロン酸消費量が増加した。
  • 炭素の流れを追跡する解析から、脂肪酸生合成に流れた炭素がβ酸化を介して再び利用されるという考え方を支持する結果が得られた。

研究の背景

ポリケタイドは、医薬品や色素、機能性化合物などにみられる多様な天然物群であり、微生物を用いた生産技術の開発が進められています。多くのポリケタイドの生産に必要なマロニルCoA注1は、大腸菌では増殖に必要な脂肪酸生合成にも利用されるため、両者の間で競合が生じます。

これまで、マロニルCoAの供給量を増やしたり、脂肪酸生合成への流れを抑えたりする方法が検討されてきました。しかし、脂肪酸生合成は細胞の生存や増殖に必要であり、過度な抑制は細胞増殖に影響する可能性があります。一方、β酸化注2は脂肪酸を分解してアセチルCoAへ戻す経路ですが、グルコースを利用する培養条件では抑制されやすいことが知られています。そのため、脂肪酸生合成に一度流れた炭素をβ酸化によって回収し、再利用する方法は十分に検討されていませんでした。

そこで本研究では、一度脂肪酸生合成に流れた炭素を遊離脂肪酸へ導き、β酸化を介して再利用するという新たな代謝設計に着目しました。

研究の内容

本研究では、ポリケタイド生産に必要なマロニルCoAなどの供給を強化した大腸菌に、脂肪酸生合成の中間体を遊離脂肪酸へ導く反応とβ酸化経路の強化を組み合わせ、「FABOX経路注3」を構築しました。グルコースを添加した培養条件では、AQ256生産量がFABOX経路を導入していない比較株と比べて約8倍に増加しました。

次に、既存の前駆体供給強化法の一つである、マロン酸同化経路(マロン酸からマロニルCoAを供給する経路)とFABOX経路を組み合わせたところ、AQ256生産量とマロン酸消費量がともに増加しました。

また、FABOX経路の効果を他のポリケタイドについても検討したところ、フロログルシノールでは生産量が増加した一方、フラビオリンでは明確な向上はみられず、その効果が生産する化合物によって異なることが分かりました。

さらに、マロン酸同化経路とFABOX経路を組み合わせた株において、13C標識注4マロン酸を用いて炭素の流れを追跡したところ、FABOX経路を導入した株では、マロン酸由来の炭素のアセチルCoAへの取り込みがより長く続くことが示されました。この結果は、マロニルCoAから脂肪酸生合成に流れた炭素がβ酸化を介してアセチルCoAへ戻るというFABOX経路の考え方と整合するものです。

最後に、代謝改変と培養条件の検討を重ねることで、AQ256では研究開始時の生産株と比べて菌体あたりの生産量を約68倍まで高めました。グルコースを用いた培養条件では70.8 mg/L、マロン酸を利用する条件では76.1 mg/LのAQ256生産量が得られました。フロログルシノールについても培養条件を最適化することで、6.0 g/Lまで生産量を高めることに成功しました。
 

図2. FABOX経路の概略図 ©末松孝敏(CC BY) 

今後の展開

本研究では、脂肪酸生合成に流れた炭素をβ酸化を介して再利用することで、AQ256およびフロログルシノールの生産を向上できることを示しました。一方、その効果は生産する化合物や培養条件によって異なりました。今後、FABOX経路が有効となる化合物や条件を明らかにし、既存の前駆体供給強化法や培養条件の最適化と組み合わせることで、さまざまなポリケタイドの微生物生産への応用が期待されます。

用語解説

注1)マロニルCoA
ポリケタイドや脂肪酸の生合成に利用される重要な細胞内代謝物です。大腸菌では脂肪酸生合成にも利用されるため、ポリケタイド生産との間で競合が生じます。

注2)β酸化
脂肪酸を分解してアセチルCoAを生成する代謝経路です。

注3)FABOX経路
脂肪酸生合成(Fatty Acid Biosynthesis)とβ酸化(β-Oxidation)を組み合わせた、本研究で構築した代謝経路です。脂肪酸生合成に流れた炭素を遊離脂肪酸へ導き、β酸化を介してアセチルCoAへ戻して再利用します。

注4)13C標識
通常の炭素原子(12C)より質量が大きい安定同位体13Cを含む化合物を用いて、その炭素が細胞内でどの物質へ移動したかを追跡する解析方法です。本研究では13C標識マロン酸を用いて、マロン酸由来炭素の挙動を解析しました。

謝辞

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)のJ-PEAKSおよび科学技術振興機構(JST)の革新的GX技術創出事業(GteX、グラント番号:JPMJGX23B4)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

"Coupling fatty acid biosynthesis to β-oxidation enhances the biosynthesis of malonyl-CoA-dependent polyketides"

DOI

10.1016/j.ymben.2026.102557

著者

Takatoshi Suematsu, Shumpei Asamizu, Manami Takama, Takahiro Bamba, Mami Matsuda, Itsuki Tomita, Misato Eguchi, Shumpei Hitosugi, Kenya Tanaka, Tomohisa Hasunuma

掲載誌

Metabolic Engineering

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者