神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授と東京農工大学⼤学院工学研究院生命工学部門VAVRICKA Christopher J. 准教授らの研究グループは、出光興産株式会社次世代研究所の松井健史博士との共同研究により、計算科学と酵素工学を組み合わせることで、これまで極めて困難だったビフェニルのmeta位選択的水酸化※1反応を高い精度で実現する酵素の開発に成功しました。本研究では、開発した酵素を用いて高機能ポリマー原料である3,3'-ジヒドロキシビフェニル(33DHBP)のバイオ生産を世界で初めて実現しました。従来、この化合物の製造には複雑な有機合成法が必要でしたが、本成果は微生物を利用した持続可能な生産技術への道を切り拓くものです。計算機による酵素設計とタンパク質工学を融合した本研究は、高機能材料や機能性化学品のグリーンものづくりへの応用が期待されます。

本研究成果は、2026年8月5日(米国東部夏時間)に国際学術誌『ACS Catalysis』に掲載されました。

ToMOの触媒サブユニットTouAに変異を導入した2種類の酵素、I100V–E103V–F205G変異体とI100V–E103V–F176H変異体の3次元構造モデルを示しています。I100V–E103V–F205G変異体は、ビフェニルを高いメタ位選択性で3-ヒドロキシビフェニルへ変換しました。一方、I100V–E103V–F176H変異体は、3-ヒドロキシビフェニルを高いメタ位選択性で3,3′-ジヒドロキシビフェニルへ変換しました。© VAVRICKA Christopher J., ACS Catalysis, 2026(DOI:10.1021/acscatal.6c03624)(CC-BY-NC-ND)

ポイント

  • 高機能ポリマー原料「3,3'-ジヒドロキシビフェニル」のバイオ生産に世界で初めて成功
    これまで生物による生産例がなかった高機能ポリマー原料3,3'-ジヒドロキシビフェニル(33DHBP)について、酵素を改変することでビフェニルから生産することに世界で初めて成功しました。
  • 計算科学と酵素工学を組み合わせ、高い位置選択性を持つ酵素を開発
    計算機による構造解析とタンパク質工学※2を組み合わせることで、反応が難しいビフェニルのmeta位だけを高い選択性で水酸化する酵素を開発しました。ビフェニルでは100%、中間体である3-ヒドロキシビフェニルでは90%以上のmeta位選択性を実現しました。
  • 高機能材料のグリーンものづくりに貢献
    今回確立した酵素設計技術は、天然には存在しない新しい酵素反応の創出にも応用できます。医薬品や農薬、機能性化学品、高機能ポリマー原料の持続可能な生産技術として期待されます。

研究の背景

医薬品や機能性材料の原料となる芳香族化合物では、目的の位置だけを選択的に反応させる「位置選択性」が重要です。なかでもmeta位への水酸化反応は、電子的な性質から反応が起こりにくく、有機合成でも最も難しい反応の一つとされています。そのため、多くの場合は保護基や配向基の導入、あるいは貴金属触媒を利用した複雑な合成工程が必要でした。一方、3,3'-ジヒドロキシビフェニル(33DHBP)※3は、高性能ポリマーの耐熱性や機械強度を向上させる重要な化学原料として知られています。しかし、ビフェニル※4から33DHBPを直接生産する生物学的手法はこれまで報告されていませんでした。

研究の内容

研究グループは、トルエン/o-キシレンモノオキシゲナーゼ※5(ToMO)に着目し、計算機による分子ドッキング※6解析と構造設計を活用して酵素を改変しました。その結果、I100V-E103V-F205G変異体ではビフェニルから3-ヒドロキシビフェニルへの反応で100%のmeta位選択性で示し、さらにI100V-E103V-F176H 及び I100V-E103V-I162Y-F205Gの変異体では3-ヒドロキシビフェニルを90%以上のmeta位選択性で33DHBPへ変換する酵素の開発に成功しました。さらに、酵素内部の疎水性チャネルの構造も改変することで、反応活性を向上させました。最終的には、一つの酵素変異体でビフェニルから33DHBPまでの連続反応を高効率で進行できる可能性を示しました。本研究では、数百種類に及ぶ酵素変異体を計算機上で効率的に評価し、実験が必要な有望な候補を絞り込む設計手法を確立したことも大きな特徴です。

今後の展開

今回開発した酵素は、従来の化学合成では困難だった高選択的な芳香族化合物の酸化反応を、微生物触媒を利用して実現できることを示しました。今後は、微生物の代謝工学による生産性向上、発酵プロセスの最適化、高機能ポリマー原料の実用生産、医薬品や農薬、機能性化学品への応用などへ研究を発展させる予定です。また、本研究で確立した計算科学と酵素工学を組み合わせた設計技術は、天然には存在しない新しい酵素反応(New-to-Nature反応)の創出にも応用できるため、グリーンケミストリーやバイオものづくりの発展に大きく貢献すると期待されます。

用語解説

※1 meta位選択的水酸化
芳香族化合物の炭素原子には複数の反応位置があります。その中でも「meta位」は反応が起こりにくく、有機合成では制御が難しい位置です。meta位選択的水酸化とは、この位置だけに水酸基(−OH)を導入する反応を指します。

※2 タンパク質工学
酵素を構成するアミノ酸を人工的に改変し、反応性や基質特異性、位置選択性などを向上させる技術です。

※3 3,3'-ジヒドロキシビフェニル(33DHBP)
ビフェニルの両方のベンゼン環の3位(=meta位)に水酸基が導入された化合物です。高機能ポリマーに組み込むことで、耐熱性や機械強度を向上できるため、高付加価値材料の原料として期待されています。これまでバイオによる生産例は報告されていませんでした。

※4 ビフェニル(Biphenyl)
ベンゼン環が2つ結合した芳香族化合物です。さまざまな機能性材料や化学製品の原料として利用されています。

※5 モノオキシゲナーゼ(Monooxygenase)
酸素分子の一方の酸素原子を基質へ取り込み、水酸化反応などを触媒する酵素です。本研究では「トルエン/o-キシレンモノオキシゲナーゼ(ToMO)」を改変し、高い位置選択性を持つ酵素を開発しました。

※6 分子ドッキング
コンピューター上で酵素と基質の結合状態を予測する計算手法です。本研究では数百種類の酵素変異体を効率よく評価し、有望な酵素設計に活用しました。

謝辞

本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクト「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」(P20011)および、日本学術振興会(JSPS)「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」(JPJS00420230009)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

"Engineering a Highly meta-Selective Biphenyl Monooxygenase for the Biosynthesis of High-Value Polymer Precursors"

DOI

10.1021/acscatal.6c03624

著者

Christopher J. Vavricka, Takeshi Matsui, Satoshi Yuzawa, Hiroto Ida, Ryota Hidese, Akihiko Kondo, Tomohisa Hasunuma

掲載誌

ACS Catalysis

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者