斉藤善久 准教授

外国人労働者の受け入れのあり方をめぐり、政府の有識者会議が「技能実習制度」の廃止を盛り込んだ中間報告書を発表した。国際貢献の理念を掲げながら、実態は人手不足の穴埋めに利用されている現行制度を廃止し、労働力の確保を目的に加えた新制度の創設を打ち出す内容だ。制度の創設から今年で30年。実習生の失踪などが社会問題化し、国際社会からも批判を浴びてきた制度の見直しで、外国人労働者をめぐる状況はどう変わるのか。今後、アジア各国で少子高齢化が進み、労働力の奪い合いも予想されるなか、日本は「外国人が働きたい国」になれるのか。実習生やベトナムの現状に詳しい国際協力研究科の斉藤善久准教授(労働法)に聞いた。

技能実習制度の廃止でも変わらない本質

有識者会議の中間報告書は、外国人労働者をめぐる政策について、大きな転換の方向を示したようにも見えますが、どう評価しますか。

斉藤准教授:

端的に言うと、評価できる点はほぼありません。技能実習制度を廃止し、新制度を作るということですが、看板の掛け替えにすらなっていないと思います。新制度の目的として人材の「育成」と「確保」を掲げていますが、「育成」という言葉を使っているところに、相変わらず「日本が上」という意識が見えます。「育成」を大義名分として、未熟な労働者を受け入れ、今と同じように一つの職場にしばり付けておくことが可能になります。技能実習制度で原則認めていない転職について、制限を緩和するとしていますが、基本的な枠組みは大きく変わらないでしょう。

人材の「確保」は要するに、日本人が定着しない職場に来てもらって、囲い込みたいということです。でも、日本人がやりたがらない仕事は、ほかの国の若者もやりたがらないですよ。いまだに「純粋で黙々と働く途上国の若者に来てほしい」などと言う人がいますが、幻想です。そもそも、外国人で穴埋めをしようという発想が問題なのです。

【有識者会議の中間報告書で示された論点】
 現在の技能実習制度新制度の方針
制度の目的人材育成を通じた国際貢献人材確保と人材育成
転職原則不可転籍制限は残しつつ緩和
日本語能力定めなし日本語能力の要件化など検討
監督・支援体制体制不十分。悪質な送り出し機関が存在監理団体などの要件の厳格化

日本で働く技能実習生は32万人を超え、その半数以上がベトナム人です。日本で働くことを望んでいる人は多いようにみえますが。

斉藤准教授:

現状、ベトナムの労働者が日本を選ぶ理由は、来るのが簡単だからです。欧州やオーストラリアは送り出し費用が非常に高額です。また、韓国は日本より給与水準が高く、電化製品や芸能、映画などの面からも若い世代に人気ですが、語学試験に加えて人数、出身地域などの制限がありハードルが高い。一方で、日本 (介護分野を除く技能実習制度) は語学の試験がなく、お金さえ払えば面接を受けられます。台湾も同様で、しかも面接後の語学研修期間が短く、すぐ渡航できて、より長く働けるので、多くの労働者に選ばれています。

しかし、わたしは、日本も語学要件を設けるべきだ、と主張してきました。有識者会議のヒアリングでも話をしました。中間報告書では、日本語能力を担保する方策の必要性が示されており、ある程度は実現されるかもしれません。

日本語能力の必要性は、支援を求めてくるベトナム人の技能実習生と接するなかで痛感しています。勤務先の会社や監理団体 (実習生のサポートや受け入れ企業への指導などを行う非営利団体) の名前など、支援に必須の情報さえ読めず、伝えられない人が多数います。来日前、実習生候補者は母国の「送り出し機関」のもとで研修し、日本語も学びますが、面接のための自己紹介を丸暗記するようなケースが多い。そのため、来日後に無用なトラブルが多発しますし、救済へのアクセスも難しくなります。

後戻りできず、途方に暮れる実習生

技能実習生は、送り出し機関や仲介者に払う手数料で、多額の借金を抱えて来日しています。その問題を是正する必要があるのではないでしょうか。

斉藤准教授:

借金の問題も重要ですが、より本質的には、「来日前に示された条件と実際の条件が違う」という状況を無くしていく必要があります。母国で示された賃金の条件を見て「1年で借金が返済できる」と考えても、来日後に思いのほか収入が低かったり、高額の家賃を請求されたりして、母国に予定どおり仕送りできなくなる。しかし、多額の借金を抱えて来日しているので、利息はどんどん膨らむ。転職はもちろん、アルバイトさえ許されない。担保になっている家族の家や土地を失わないために、時給500円などの違法な残業でも黙って従事せざるを得なくなるし、場合によっては「失踪」して、社会保険料や税金を控除されない「不法就労」に手を染めるしかなくなるのです。

国も、メディアも、「借金」や「失踪」にばかり着目しがちで、しかもその両者を安易につなげて理解したつもりになっています。しかし、送り出しや受け入れに人材ビジネスが何重にも介在し、条件を偽ったり隠したりする結果、多くの実習生が誤った認識のもとで (大きな借金を抱えて) 来日することこそが問題なのです。

ベトナムで調査中の斉藤善久准教授

多くのベトナム人技能実習生から相談を受けていらっしゃいますが、どのような声が寄せられますか。コロナ禍の影響もありますか。

斉藤准教授:

圧倒的に多いのは、職場を移りたいというものです。理由は、違法な労働条件、劣悪な住環境、職場での暴力やハラスメント、人間関係のもつれなどさまざまです。耐えきれず「失踪」してからのSOSも少なくありません。そのほか「退職や帰国を強要された」「労災の手続きをしてもらえない」「妊娠したがどうすればよいか」といったケースの相談が目立ちます。それぞれ、状況を聞き取った上で、アドバイスをしたり、関係機関と連携したり、会社や監理団体と直接話し合ったりしています。

昨年、「神戸移民連絡会」という組織を作り、労働組合の機能も持たせて、主にフェイスブック上で相談を受け付けたり、情報を発信したりしています。現在の登録者は約8000人です。

最近、コロナ禍で長く中断していた受け入れが再開し、かなり悪質なケースが続いています。実習生の受け入れ企業には、もともと経営基盤の弱いところが多いので、コロナ禍で仕事がなくなったり、倒産したところも少なくありません。あるいは、実習生の来日を待ちきれず、他の労働者を雇用した企業もあります。

しかし、悪質な送り出し機関は、そんな状況を伝えないまま、送り出し手数料を取って実習生を日本に送り込みます。受け入れ側(監理団体)もなぜストップをかけないのか不思議です。報道などで指摘されているように、送り出し機関からバックマージンを受け取っている場合もあるようです。

いずれにせよ、全てのリスクは実習生にしわ寄せがきます。監理団体が他の受け入れ企業を手配して関係手続きが完了するまで就労できませんし、それまでの数カ月間、生活費を自分で負担させられる場合がほとんどです。結局、耐えきれずに帰国したり、失踪したりすることになります。

「生かさず殺さず」の姿勢を続ける日本

技能実習制度の創設から30年。職場での暴力やパワハラなどの問題は後を絶たず、実習生の失踪は年間7000人を超えています。国際社会から「人権侵害」との批判も続くなか、長年にわたって事態が改善されないのはなぜなのでしょうか。

斉藤准教授:

日本が、外国人労働者を一緒に生きる仲間として受け入れず、「生かさず殺さず」で使い捨てようとする姿勢を変えないからです。例えるなら、「隣の庭に生えた柿の実のおいしい部分だけをかじって投げ返す」ようなやり方です。

「技能実習」制度が創設される以前、外国人労働者は「研修」 (1年) という名目で受け入れられ、労働法も適用されない立場で、安価な労働力として酷使されていました。それが批判を浴びると、1993年、労働法の適用対象となる「技能実習」制度 (1年) が創設され、「研修」に接続されて、日本で働ける期間が合計2年になりました。1997年には「技能実習」が2年とされ、「研修」と合わせて3年になり、2010年には全体が「技能実習」に統一されました。さらに2017年には外国人技能実習法が施行され、実習生の保護が図られるとともに受け入れ職種が拡大され、日本で働ける期間も最長5年に延ばされました。そして、2019年には転職の自由などをうたう「特定技能」制度 (1号は5年、2号は期間無制限) が始まり、事実上、「技能実習」制度に接続されました。

このように、日本は外国人労働者の人権に配慮するポーズをとりながら、次第に受け入れ職種を拡大し、受け入れ年数を延ばしてきました。しかし、「技能実習」や「特定技能」1号のもとでは、相変わらず在留期間が制限され、家族も帯同できません。「技能実習」は転職禁止のままで、「特定技能」の転職にも実際には多くの制約が伴います。また、家族を帯同できて在留期間の更新制限もなくなる「特定技能」2号は極めて狭き門です。

これは結局、隣の柿の実を少しでも多くかじってから投げ返し、よほどおいしかった実の種だけは自分の庭に植えようということですから、非常に浅ましい態度というべきです。こうした現状を根本的にあらためる必要があります。

「日本人に選ばれる」ことが先決

少子高齢化で、労働力不足はますます深刻になります。アジア各国の生活水準も上がっているなかで、日本は「外国人に選ばれる国」になりうるのでしょうか。

斉藤准教授:

これは、外国人労働者だけの問題ではなく、日本の問題です。この30年、労働者の非正規化が進み、正規労働者を含む全体の労働条件が押し下げられてきました。そして、非正規化の究極の形態が、技能実習制度と言えます。「どうすれば外国人に選ばれる国になるか」を問う前に、「なぜ、(その地方や産業が) 日本人に選ばれないのか」を考えるべきなのです。

食料やエネルギーも本来、自前で対応できる持続可能な方策を考える必要があるのと同じです。「使い捨てできる外国人労働者」を求め続けると、その人々が日本に来なくなったとき、どうなるでしょうか。外国人に頼り切っている産業は立ち行かなくなります。

まずは、日本人が普通に働いて、普通に生活できるようにすること。子どもを育てる人が働きやすい環境を作っていくこと。「日本人に選ばれる」ことが先決なのです。そのうえで、どんな外国人に来てほしいかを考える。目の前の問題だけを見るのではなく、長期的な視点で政策を構築していく必要があると思います。

斉藤善久准教授 略歴

1996年3月北海道大学 法学部 卒業
2002年3月北海道大学大学院 博士課程単位取得退学
2002年4月日本学術振興会 特別研究員
2005年4月北海道大学大学院法学研究科 助手
2007年4月北海道大学大学院法学研究科 講師
2009年4月神戸大学大学院国際協力研究科 准教授

研究者

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