神戸大学大学院 医学研究科 橋渡し科学分野の永井洋士 客員教授らの研究チーム(注1) は、研究チームが2017年より取り組んできた複数の研究の中で、約8万人の70歳代の神戸市民を対象とした質問票「基本チェックリスト」を用いて、認知機能に関連する3つの質問により、要介護認定になるリスクを推定できることを明らかにしました。

本研究成果は、Health Research Policy and Systemsに2022年11月29日に公開されました。

背景

認知症は世界規模で急速に増加しています。日本の認知症患者数は2012年には約460万人でしたが、2025年には675万人以上、2040年には800万人以上となると報告されています (2014年、厚生労働科学研究費補助金特別事業「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」より)。神戸大学とWHO健康開発総合研究センター (WHO神戸センター) は、神戸市役所の多大な協力により作成されたデータを元に、認知症の早期発見・早期介入をめざす「神戸モデル」構築をめざし、地元研究機関である公益財団法人神戸医療産業都市推進機構医療イノベーション推進センター (TRI) および神戸学院大学と連携して、共同研究「認知症の社会負担軽減に向けた神戸プロジェクト」を実施して参りました。本プロジェクトでは4つの分担研究が実施され、今回のプレスリリースでは、その分担研究のひとつについて、論文発表 (筆頭著者:小島伸介 (TRI)) が完了したことを受けて、その主要な成果を紹介します。この研究は、神戸市役所で保管されている基本チェックリストと要介護認定のデータを統合して、好ましくない回答をした数が多いほど要介護認定のリスクが高いことを推定した先行研究のレトロスペクティブ調査を前向きに実証する研究です。その他の分担研究の結果については、WHO神戸センターのホームページ を通じて順次紹介する予定です。

研究方法と成果

本研究は、2015年に要介護認定を受けていない神戸市在住の、70歳以上の高齢者7万7877人を対象に神戸市が郵送した、日常生活の自立度に関する25項目の質問票「基本チェックリスト」を用いました。基本チェックリストの質問への回答結果と2015年から2019年にかけて収集された要介護認定データを突合し、要介護認定発生との関連を調べました。また、先行研究と同様に、基本チェックリストの内の認知機能に関連した3項目の質問「周りの人からいつも同じ事を聞く等の物忘れがあると言われますか」(好ましい回答:いいえ)、「自分で電話番号を調べて、電話をかけることをしていますか」(好ましい回答:はい)、「今日が何月何日かわからないときがありますか」(好ましい回答:いいえ) への回答結果にも注目しました。

アンケートを受け取った市民7万7877人のうち、5万154人から回答を得ました (回答率:64.4%)。まず、基本チェックリスト調査から4年後の要介護認定の累積発生率は、回答しなかった人の方が回答した人よりも高くなりました (12.5%対8.4%)(図1)。

図1

送付した基本チェックリストに回答しなかった人は、回答した人よりも要介護認定のリスクが高くなっていました。

また、回答者のうち、3つの質問に対して、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が高くなりました (好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、それぞれ4年後の時点で5.0%、8.4%、15.7%、30.2%)(図2)。同様に、認知機能低下を伴う要介護認定に限定した場合でも、好ましくない回答が多いほど、要介護認定の発生率が上昇しました (好ましくない回答の数が0、1、2、3の回答者は、3.4%、6.5%、13.7%、27.9%)。

図2

考察と今後の展望

本研究により、基本チェックリストに郵送で回答をしなかった人は、それだけで要介護認定になるリスクが高い人であることが推定できました。また、認知機能に関する簡単な質問で、要介護認定、特に認知機能低下を伴う要介護認定のリスクも推定できました。これらの観測は、リスクが高いと推定される市民に的を絞った対策を行い、認知症の社会負担を減らす糸口を見いだす可能性を示すものです。

2016年 (平成28年) 12月14日に「官民データ活用推進基本法」が公布、施行され、神戸市をはじめ行政機関が保有する精度の高いデータの適正かつ効果的な活用が推進されました。また、2022年 (令和4年) 4月1日に日本医学会連合から「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」が発出され、関連学会がそれぞれフレイル・ロコモ克服に向けた方針を発表し、この国家的重要課題である超高齢社会の克服に向けた動きが活発化しています。本研究は、行政機関が保有する精度の高いデータを定期的に解析し、解析結果を行政施策に反映させ、一定期間後に予後が向上していることを実証するサイクルを回し、その結果として要支援・要介護状態の数を減らして健康寿命を延ばしていく「ラーニングヘルスシステム」の中に位置づけられる重要な研究と考えています。上記のコンセプトはあらゆる政策、あらゆる都道府県市町村に適用することが可能で、本研究は住民の貴重なデータを用いて成果を住民に還元する研究方法を、具体的な事例をもって示したと考えています。

また、本研究は、日本だけでなく、諸外国、特にこれから高齢化率が上昇し本格的な超高齢社会を迎えるアジア諸国において、低コストで実施できる認知症対策のための具体的なアプローチのひとつとして提案することができます。

(注1)研究チーム

主導研究者
神戸大学大学院 医学研究科 橋渡し科学分野 客員教授 永井 洋士

研究チーム(組織名五十音順)

  • 公益財団法人神戸医療産業都市推進機構 医療イノベーション推進センター
    チームリーダー 小島 伸介
    上席研究員 菊池 隆
  • 神戸学院大学 総合リハビリテーション学部
    助教 梶田 博之 助教 尾嵜 遠見
  • 神戸大学 医学部附属病院 臨床研究推進センター
    特命講師 筧 康正
  • 神戸大学大学院 保健学研究科 リハビリテーション科学領域
    教授 古和 久朋
  • 神戸大学 保健管理センター 教授 山本 泰司
  • LHS研究所 代表理事、京都大学 名誉教授 福島 雅典
  • WHO健康開発総合研究センター
    医官 茅野 龍馬

論文情報

タイトル
Implication of using cognitive function-related simple questions to stratify the risk of long-term care need: population-based prospective study in Kobe, Japan
DOI
10.1186/s12961-022-00920-4
著者
Shinsuke Kojima, Takashi Kikuchi, Yasumasa Kakei, Hisatomo Kowa, Yasuji Yamamoto, Hiroyuki Kajita, Tohmi Osaki, Masanori Fukushima, Ryoma Kayano & Yoji Nagai
掲載誌
Health Research Policy and Systems

研究者