神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門の小川渉教授、先進代謝疾患治療開発学部門の細岡哲也特命准教授らの研究グループは、糖尿病や脂肪肝の重症型である非アルコール性脂肪性肝炎の原因に関わる経路を世界で初めて明らかにしました。

 非アルコール性脂肪性肝炎は糖尿病に合併しやすい慢性の肝臓病で、進行すれば肝硬変や肝がんなどの重篤な病態に繋がりますが、その発症のメカニズムは明らかではなく、有効な治療薬はありません。

 今回の研究では、脂肪細胞でインスリンが働きにくくなると、FoxO1というタンパクの働きを通じて、全身の臓器に影響が及び、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎の原因となることが解明されました。この経路に作用する薬剤を開発できれば、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬になることが期待されます。

 この研究成果は、5月11日付け(現地時間)で米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA (米国科学アカデミー紀要)」に掲載されました。

ポイント

  • 脂肪細胞でインスリンの働きが低下することにより糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎が起きることを明らかにしました。
  • 脂肪細胞のインスリンの働きの低下は、FoxO1というタンパクの働きを「暴走」させ、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝に繋がることを発見しました。
  • 糖尿病については、より良い治療薬の開発が求められており、また、非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬はありません。今回の発見は、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬の開発に繋がる可能性が期待されます。

研究の背景

 日本の糖尿病患者数は1000万人を超えるとされ、糖尿病によって引き起こされる様々な合併症の予防は、医療の重要な課題です。糖尿病に合併しやすい健康障害の一つに非アルコール性脂肪性肝炎があります。非アルコール性脂肪性肝炎は、脂肪肝を基盤に発症し、肝硬変や肝がんなどの重篤な病態に進展する可能性のある慢性肝臓病ですが、糖尿病との関係や発症メカニズムは明らかではなく、治療薬はありません。

 脂肪細胞は全身の代謝の制御に重要な役割を果たします。糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎などの肥満と関連が深い様々な疾患では、脂肪細胞の機能の障害が発症や進展の原因になると考えられてきました。しかし、脂肪細胞のどのような機能の障害が、どのようなメカニズムを通じて、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎の発症や進展に結びつくかは十分に明らかではありませんでした。

 小川教授らは、脂肪細胞でインスリンが働きにくくなると、FoxO1というタンパクの「暴走」によって全身に代謝の変化が起こり、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎が発症するという、従来全く想定されていなかった、脂肪細胞の機能障害と疾患発症を結ぶメカニズムを発見しました。また、FoxO1の「暴走」は、ロイコトリエンB4という炎症を引き起こす物質を増やすことも見出しました。

研究の内容

インスリンは代謝を整える重要なホルモンであり、インスリンが効きにくくなると、様々な病気が起こると考えられています。小川教授らは、インスリンの働きを伝えるタンパクであるPDK1を脂肪細胞だけでなくしたマウスを作ったところ、そのマウスは脂肪細胞のみならず、全身でインスリンが効きにくくなり、糖尿病と非アルコール性脂肪性肝炎を起こすことを発見しました。

 インスリンは、PDK1の働きを介して、FoxO1というタンパクの働きを抑えることが知られています。そこで、脂肪細胞でPDK1に加えてFoxO1もなくしたマウスを作ったところ、このマウスは糖尿病も非アルコール性脂肪性肝炎も全く起こしませんでした。このことは、通常、インスリンはPDK1の働きを通じてFoxO1を抑制していますが、脂肪細胞でインスリンが効きにくくなるとFoxO1が暴走(過剰に活性化)し、全身でインスリンが効きにくくなり、糖尿病と非アルコール性脂肪性肝炎が起こることを示しています(図1)。

図1

 脂肪細胞のFoxO1の暴走が、どのようなメカニズムで他の臓器に異常を起こすのかを調べた結果、FoxO1が5リポキシゲナーゼというタンパクを増やすことがわかりました(図2)。5リポキシゲナーゼは炎症を引き起こす物質であるロイコトリエンBを作り出すタンパクです。PDK1を脂肪細胞だけでなくしたマウスで、ロイコトリエンBの働きを抑えると(注1)、糖尿病が改善することがわかりました。これは、FoxO1の暴走による異常の少なくとも一部はロイコトリエンBの働きによって起こることを示します。また小川教授らは、このようなFoxO1の暴走(過剰な活性化)や5リポキシゲナーゼの増加は、脂肪の多い餌を食べさせて肥満したマウスの脂肪組織でも起こっていることも明らかにしています。

 今回の研究により、脂肪細胞でインスリンが効きにくくなると、FoxO1の暴走が起こり、糖尿病や非アルコール性脂肪性肝炎が発症すること、そして、そのメカニズムにはロイコトリエンBという炎症を引き起こす物質が関わっていることがわかりました。脂肪細胞の機能の障害が非アルコール性脂肪性肝炎を起こすことはもとより、インスリンが炎症物質であるロイコトリエンBの産生を調節することも、これまでに想定されていなかった新発見です。


図2

今後の展開

 日本の非アルコール性脂肪性肝炎の患者数は300万人を超えると推定されていますが、未だ承認された治療薬はありません。今回の研究は、「脂肪細胞を標的とした非アルコール性脂肪性肝炎の治療薬の開発」という新たな道筋を示すものと考えられます。

 また、ロイコトリエンB4の機能や産生を抑える薬剤は以前から開発されており、過去には海外で喘息治療薬として市販されていたものもあります。このような既に開発されている薬を用いて、新たに糖尿病治療薬としての効果を検討するドラッグリポジショニング(注2)を行うことも可能と考えられます。

補足説明

注1
ロイコトリエンB4はBLT1と呼ばれる細胞表面の受容体に結合してその作用を発揮することが知られています。5リポキシゲナーゼの阻害薬やロイコトリエンB4とBLT1の結合を阻害する薬剤は、PDK1を脂肪細胞だけでなくしたマウスの糖尿病を改善しました。また、全身でBLT1をなくしたマウスでは、脂肪細胞でPDK1をなくしても糖尿病は起こりませんでした。
注2
ドラッグリポジショニングとは、他の疾患の治療のために開発された薬剤を別の疾患の治療薬として応用すること。既に安全性などの情報が得られているため、開発の費用や期間を著しく抑えることができる。

論文情報

タイトル
The PDK1-FoxO1 signaling in adipocytes controls systemic insulin sensitivity through the 5-lipoxygenase- leukotriene B4 axis
DOI:10.1073/pnas.1921015117
著者
Tetsuya Hosooka1, Yusei Hosokawa1, Kaku Matsugi1, Masakazu Shinohara2,3, Yoko Senga1, Yoshikazu Tamori1,4, Chikako Aoki1, Sho Matsui5, Tsutomu Sasaki5, Tadahiro Kitamura5, Masashi Kuroda6, Hiroshi Sakaue6, Kazuhiro Nomura1, Kei Yoshino1, Yuko Nabatame1, Yoshito Itoh7, Kanji Yamaguchi7, Yoshitake Hayashi8, Jun Nakae9, Domenico Accili10, Takehiko Yokomizo11, Susumu Seino12, Masato Kasuga13 & Wataru Ogawa1*
1 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・内分泌内科学部門
2 神戸大学大学院医学研究科 質量分析総合センター
3 神戸大学大学院医学研究科 疫学分野
4 愛人会千船病院 内科
5 群馬大学生体調節研究所 代謝シグナル解析分野
6 徳島大学大学院医歯薬学研究部 代謝栄養学分野
7 京都府立医科大学 消化器内科
8 神戸大学大学院医学研究科 病理病態学分野
9 慶応大学医学部 腎臓内分泌代謝内科
10 Department of Medicine and Naomi Berrie Diabetes Center, Columbia University
11 順天堂大学医学部 生化学第一講座
12 神戸大学大学院医学研究科 分子代謝医学部門
13 朝日生命成人病研究所
* Corresponding author.
掲載誌
Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA

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