神戸大学大学院保健学研究科の木戸良明教授、医学研究科糖尿病·内分泌内科学部門の淺原俊一郎助教、神野歩医学研究員らの研究グループは、日本人2型糖尿病原因遺伝子の一つであるEIF2AK4遺伝子が糖尿病を引き起こすメカニズムを世界で初めて明らかにしました。

今回の研究により、なぜ日本人は欧米と比較し少しの肥満でも2型糖尿病を発症しやすいのかという疑問の一部が明らかになりました。今後、2型糖尿病の発症予測や個別化医療への応用が期待されます。

この研究成果は、5月7日に、米国科学誌「JCI Insight」に掲載されました。

ポイント

  • 細胞内アミノ酸の濃度低下時にはたらくEIF2AK4遺伝子と糖尿病発症との関連を世界で初めて明らかにした。
  • 日本人が少しの肥満でも2型糖尿病を発症しやすい原因の一部が解明された。
  • 今回の研究成果が今後、2型糖尿病の発症予測や発症予防対策に貢献することが期待される。

研究の背景

日本では欧米と比較して肥満が少ないにもかかわらず、人口当たりの糖尿病患者数は欧米に匹敵することが知られています。これは、日本人では血糖値を下げるホルモンであるインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が脆弱であるからだと言われています。しかしながら、なぜ日本人の膵β細胞は脆弱なのか、どのような治療が適切なのかについては未だによくわかっていません。

そこで本研究では、2型糖尿病の原因遺伝子であるEIF2AK4遺伝子に注目して研究を開始しました。EIF2AK4遺伝子は2008年に日本人において2型糖尿病原因遺伝子の一つとして同定された遺伝子であり、遺伝子内のSNP (一塩基多型) が2型糖尿病の発症リスクに関係することが報告されています。本研究によって、EIF2AK4遺伝子がつくりだすタンパク質であるGCN2が2型糖尿病の発症抑制に重要な役割を果たしていることが世界で初めて明らかになりました。

研究の内容

EIF2AK4遺伝子内の2型糖尿病発症との関連が報告されているSNP (一塩基多型) を持つ人と持たない人で比較したところ、SNPを持つ人ではインスリンを分泌する能力が低下していました。SNPを持つ人は身長当たりの体重が重くなるほどインスリンを分泌する能力が低くなることが分かりました。EIF2AK4遺伝子はGCN2 (タンパク質) をつくりだす遺伝子であり、EIF2AK4遺伝子のSNPを持つ人はGCN2が不活性化することが確認されています。

GCN2をなくしたマウスは、通常のエサを与えても糖尿病を発症しませんでしたが、高脂肪のエサを与えることによりインスリンの分泌量が少なくなり糖尿病を発症しました。このGCN2をなくしたマウスにおいては、膵臓のβ細胞が減少していることが判明しました (図1)。そのβ細胞では、細胞の成長をうながすシグナルに異常をきたしていました。

図1 GCN2(EIF2AK4)欠損マウスの表現型

以前より、GCN2は細胞内のアミノ酸濃度が低下したときに働くことが知られています。今回、高脂肪のエサを与えられたマウスのβ細胞ではアミノ酸の濃度が低下しているという驚くべき結果が得られました。高脂肪のエサを食べることによりβ細胞は多量のインスリンを産生しますが、インスリン産生のためにアミノ酸が多く消費され、濃度が低下したものと考えられます。上述の高脂肪のエサを与えられたGCN2をなくしたマウスにおいては、β細胞のアミノ酸濃度が低下しますが、その際に働くべきGCN2が働けないために細胞の成長を促すシグナルの異常が起こってβ細胞の量が減少し、糖尿病を発症したと考えられます (図2)。

図2 高脂肪食負荷時における膵β細胞量調節機構

EIF2AK4遺伝子内の日本人2型糖尿病との関連が報告されているSNPは、他の人種と比較すると日本を含めた東アジア人で多く認められることがわかっています。データによると、全世界でSNPを持つ人は10%未満ですが、今回の研究では38%の人がSNPを持っていました。SNPを持つ人が過食や肥満をきたすことでGCN2をなくしたマウスと同様の異常が起こる可能性があります。つまり、このSNPを持つ人はSNPを持たない人と比べ、肥満した際の膵β細胞が脆弱であり、2型糖尿病を発症しやすいと考えられます。

今後の展開

今回の研究で、EIF2AK4遺伝子とその遺伝子がつくりだすタンパク質GCN2の活性の低下が糖尿病を発症させるメカニズムが明らかになりました。

2型糖尿病人口は増加を続けており、効果的な発症予防が非常に重要です。今後、EIF2AK4遺伝子にSNPを持つか調べることで2型糖尿病の発症予測が可能となり、SNPを持つ場合に早期から生活習慣に介入することで2型糖尿病の発症抑制に貢献することが期待されます。

用語解説

※ SNP (一塩基多型)

遺伝子を構成しているDNA配列の一か所の塩基配列が別の塩基配列に代わっているものが集団内で1%以上の頻度でみられるとき、これを一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)と呼びます。

論文情報

タイトル

GCN2 regulates pancreatic β cell mass by sensing intracellular amino acid levels

DOI

10.1172/jci.insight.128820

著者

Ayumi Kanno, Shun-ichiro Asahara, Ayuko Furubayashi, Katsuhisa Masuda, Risa Yoshitomi, Emi Suzuki, Tomoko Takai, Maki Kimura-Koyanagi, Tomokazu Matsuda, Alberto Bartolome, Yushi Hirota, Norihide Yokoi, Yuka Inaba, Hiroshi Inoue, Michihiro Matsumoto, Kenichi Inoue, Takaya Abe, Fan-Yan Wei, Kazuhito Tomizawa, Wataru Ogawa, Susumu Seino, Masato Kasuga, Yoshiaki Kido

掲載誌

JCI Insight

研究者