筑波大学山岳科学センターの井上太貴大学院生 (博士後期課程1年)、田中健太准教授、神戸大学大学院人間発達環境学研究科の矢井田友暉大学院生 (博士後期課程1年)、丑丸敦史教授らのグループは、数千年続く古い草原と50~70年前にスキー場造成のためにできた新しい草原との間で、植物の多様性と種の組成が異なることを発見しました。

本研究の成果は、2020年9月2日にEcological Research誌のオンライン版で先行公開されました。

概要

図1 菅平高原のスキー場草原

草原は250万年前の氷河時代から日本列島に普遍的に存在してきた代表的な生態系の一つですが、過去100年間で世界的にも、日本国内でも急速に失われ、草原性の動植物の絶滅が強く懸念されています。

調査地とした菅平高原と峰の原高原 (長野県上田市・須坂市) のスキー場は、草原下で生成される黒ボク土の堆積により (参考文献1) 、何千年も前 (縄文時代) から草原だったことが分かっています。縄文人による火入れによって草原が維持されていた可能性があり、奈良時代には放牧が始まるなど、人の手によって広大な草原が維持されてきました。しかし、明治時代後期以降、草原の管理放棄によって森林化したり、植林されたりすることによって、草原の大部分が失われました。現在の菅平高原と峰の原高原のスキー場は主に、元々草原だった場所にリフトが架けられていますが (古い草原)、森林になってしまった場所を伐採してもう一度草原に戻してリフトを架けた場所 (新しい草原) もあり、どちらにも在来の草原性植物が見られます。

本研究では、これらのスキー場周辺の過去の植生の変遷を地形図や空中写真から読み取って地理情報 (GIS) として整理した後に、古い草原、新しい草原、隣接する森林で植物の調査を行いました。その結果、古い草原では在来植物の種数が多く、特に草原性の絶滅危惧種の種数が多いことが分かりました。一方、新しい草原の植物群集には森林性の植物も多く見られました。そして、過去の草原時代に分布していた草原性の植物が森林化によって失われ、再び草原になって50~70年が経過しても失われた植物が戻っていないことが分かりました。

この研究成果から、急速に減少している草原の中でも、古くから続いている草原の保全優先度が特に高いことが明らかとなりました。歴史が古い植生ほど希少種が多いという知見は、植物以外の生物や、スキー場草原以外の生態系にも適用できる可能性があります。

ポイント

  1. 数百~数千年前から続く古い草原は、数十年前にできた草原よりも植物の多様性が高く希少種が多いことが分かりました。
  2. 古くから続く草原が森林化すると草原性の植物が失われてしまい、再び草原にして50~70年が経過しても、それらの植物が戻ってこないことが分かりました。
  3. 世界的・全国的に草原の急速な消失が進行する中、残された草原の中でも歴史の古い草原の保全優先度が高いことを、本研究の成果に基づいて提唱しました。

研究の背景

自然界では洪水や土砂の移動、山火事などの自然撹乱によって草原ができ、そこに草原性の動植物が暮らしています。これらの撹乱を人間が抑制することで自然草原は大きく減りました。一方、古来より続く火入れ・放牧・草刈りなど人による手入れによって維持されている半自然草原は、草原に依存する生物の逃避地 (レヒュジア) となっており、生物多様性が高い生態系として知られています。しかし、世界的にも、日本国内でも、半自然草原が急速に減少し、そこに暮らす草原性の動植物の絶滅が強く懸念されています。

農村人口が激減する現在の社会状況下で、半自然草原を維持するには限界があります。このため、生物多様性を効率的に保全するためには、保全の優先度が高い草原を特定し、集中的に守っていく必要があります。近年、過去の植生履歴が現在の生物群集に与える影響が明らかになってきており、本研究チームは、生物多様性や保全優先度の指標として、草原の歴史の古さ (草原の継続期間) に注目しました。

研究を行った菅平高原・峰の原高原 (長野県上田市・須坂市) は、数千年前から草原が継続していると考えられる場所です。奈良時代以降は放牧が行われ、江戸・明治時代には上田や須坂などの周辺地域の共有草刈場として利用されるなど、高原のほぼ全域で長い間草原が維持されてきました。ところが、明治時代後期以降、産業構造の変化によって草原を利用する必要がなくなり、草原の面積は激減しました。

現在では、スキー場や牧場以外の場所は森林となっています。スキー場の中には、昔から草原だった場所をそのまま草原として使っている古い草原 (古草原注1) と、いったん森林になった場所を50~70年前に切り開いて再び造った新しい草原 (新草原注2) があります。研究対象とした高原地域は現在、約3割が古草原、約1割が新草原、約4割が森林注3となっています。スキー場という環境条件や管理形態が似通っている中で、古草原と新草原、森林の生態系を比較することで、草原の継続期間や履歴が生物群集に与える効果を検出することとしました。

研究内容と成果

元々、広大な草原であった菅平高原・峰の原高原の約48km2を対象に、古地図・地形図・航空写真を判読して地理情報 (GIS) として整理し、100年以上前から草原として維持されている「古草原」と、草原を森林化した場所を再び切り開いて造られた「新草原」、そして森林を判別しました。

古草原、新草原、および隣接する森林に各6~7ヶ所の調査地を設けて植生調査を行い、計245種の植物が見つかりました。新草原では在来植物が21種 (1調査地あたりの中央値) しか見つからなかったのに対し、古草原では植物種数が多く、34種が出現しました。さらに、草原性の絶滅危惧種が新草原では14種しか見つからなかったのに対し、古草原では絶滅危惧種が多く、キキョウ・コウリンカ・マツムシソウ・ツキヌキソウを含む20種が出現しました。

図2 古草原の全植物種数は新草原や森林よりも多い (左)

特に、草原性在来植物種数 (中) は新草原の21種に対して古草原で34種と多く、草原性の絶滅危惧植物種数 (右) も新草原の14種に対して古草原で20種と多かった。

図3 一つの点が一つの調査地の植物群集の種組成を表しており、点と点が離れるほど種組成が違うことを示す図

古草原の点 (〇) が集中していることから、古草原に特有の植物群集が存在することが分かる。新草原の点 (△) は森林の点 (+) に近く、過去に経験した森林化の影響が現在の植物群集に残っていることが分かる。横軸と縦軸は、調査地間の種組成の違いを見やすくするために統計学的に抽出されたもの。

また、古草原と新草原では植物の種組成が大きく異なることが分かりました。古草原では、特異的に出現する植物種数が多く、古草原には豊かで特有な植物群集が維持されていました。一方、新草原の植物群集には森林性の草本や木本の稚樹も多く見られ、過去の草原時代に分布していた草原性の植物が森林化によって失われ、再び草原になって50~70年が経過してもまだ戻っていないことが分かりました。

以上より、スキー場草原の中でも、古くから草原として続いている場所の保全優先度が特に高いことを明らかにすることができました。

今後の展開

歴史が古い植生ほど希少種が多いという知見は一般性が高く、過去の植生履歴が現在の生物群集に与える影響が近年になって次々と分かっていることからも、スキー場草原以外の生態系でも、植生の歴史の古さが希少種の豊かさの指標となる可能性があります。草原の歴史性 (継続期間) という着想を、菅平以外のスキー場草原、スキー場以外の草原生態系や、植物以外の動物・微生物に適用し、生態系の歴史が古いほど希少種が多い理由を明らかにする研究を行っていきます。

図4 古い草原に特徴的な植物のワレモコウ (左) とツリガネニンジン (右)

古い草原の調査地全てで出現した一方、新草原や森林の調査地には出現しなかった。

研究助成

本研究は、日本学術振興会の科学研究費補助金の助成 (研究期間:平成29~令和1年度、番号17K07557) によって実施されました。

用語解説

菅平高原・峰の原高原のほとんどは古くから続く草原でしたが、その多くが近年になって森林化し、一部の森林は伐採によって再び草原となりました。このような多様な履歴の中で、次の三つの植生を対象としました。

注1) 古い草原 (古草原)
少なくとも110年以上草原として続いていることが直接確認できる場所。土壌の性質から数百~数千年続いている草原であると推定できる。
注2) 新しい草原 (新草原)
古い草原であった場所が、植林や自然遷移等によっていったん森林化した後に、50~70年前に森林伐採して再び草原となった場所。
注3) 森林
これらの草原に隣接する森林。古くから草原として維持されてきた場所が、植林や、草原に対する管理放棄によって、50~100年前に森林になった場所。

参考文献

  1. 山野井徹. (1996). 黒土の成因に関する地質学的検討. 地質学雑誌, 102(6), 526–544.

論文情報

タイトル
The effects of temporal continuities of grasslands on the diversity and species composition of plants
(和訳 草原の時間的連続性が植物の多様性と種構成に与える効果)
DOI
10.1111/1440-1703.12169
著者
井上太貴 (筑波大)、矢井田友暉 (神戸大)、上原勇樹 (神戸大)、勝原光希 (神戸大)、河合純 (筑波大)、高島敬子 (神戸大)、丑丸敦史 (神戸大)、田中健太 (筑波大)
掲載誌
Ecological Research

関連リンク

研究者

SDGs

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