京都大学大学院理学研究科の澤田脩那 修士課程学生(研究当時)、京都大学生態学研究センターの佐藤拓哉 准教授、東京都立大学大学院都市環境科学研究科の佐藤 臨 特任研究員と大澤剛士 准教授、元森林総合研究所の(故)松本和馬博士、国立台湾大学のMing-Chung Chiu助教、神戸大学大学院理学研究科の岡田龍一 研究員と佐倉 緑 准教授からなる国際研究グループは、ハリガネムシに行動操作されたカマキリが、水平偏光を多く含む光を反射するアスファルト道路に引き寄せられ、その多くがハリガネムシとともに斃死している可能性を示しました。本研究成果は、生物多様性喪失の原因の一つである「進化的トラップ」が、宿主の環境応答を介して共生生物にも生じることを示す世界でも初めての研究成果です。
本成果は、2024年10月15日に米国の国際学雑誌「PNAS Nexus」にオンライン掲載されました。
背景
野生生物は、光、匂い、水や風の流れ等の様々な環境キューを感知して、大規模な移住行動をしたり、よりよい生息地や餌、繁殖相手を選択したりしています。人類が起こす急速な環境改変は、本来生物たちに利益をもたらすこうした行動や選択に、しばしば不利益な結末をもたらします。これは「進化的トラップ=evolutionary trap (※1)」と呼ばれており、生物多様性消失の原因の一つになっています。これまで、進化的トラップについては、環境キューを直接受容する生物(自由生活者)で検証されてきました。一方、自然界には、自由生活者よりもはるかに多い寄生生物がいます。その中には、自らの利益(感染率や繁殖成功率の向上)のために、宿主の環境応答を変えて行動を操作する種が多くいます。寄生生物による行動操作は、ある生物の遺伝子が別の生物の表現型として発現する「延長された表現型 (※2)」の好例として、多くの生物学者を魅了してきました。しかし、「進化的トラップ」が宿主を介して寄生生物にまで及んでいるかはわかっていませんでした。
行動操作の代表例として、「寄生生物のハリガネムシが、繁殖場所である川や池に移動するために、寄生相手であるカマキリやカマドウマ等 (以下、宿主) を自ら川や池に入水させる」という現象が知られています。我々は近年、ハリガネムシに操作されたハラビロカマキリが、水辺から反射する水平偏光 (※3) に誘引されて水に飛び込むことを明らかにしました。この行動操作により、ハリガネムシは首尾よく川や池に移動して繁殖をし、一生を終えています。一方、秋になると、川や池周辺のアスファルト道路の上で、ハラビロカマキリが歩いているのをよく見かけます(写真1)。こうしたハラビロカマキリはしばしば、車や自転車に轢かれたり、人に踏まれたりして死んでいます。そしてその傍らには、ハリガネムシも乾燥して死んでいます(写真2)。なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
アスファルト道路からは、強い水平偏光が反射しています。先行研究では、水平偏光を手掛かりに水辺探索をする多くの水生昆虫が、アスファルト道路に誘引される進化的トラップにかかっていることが報告されていました。そこで本研究では、ハリガネムシがアスファルト道路上で死んでいるのは、感染ハラビロカマキリがアスファルト道路からの水平偏光に誘引されることで生じている―「延長された表現型」に対する進化的トラップである―という仮説を立てました(図1)。
研究手法・成果
仮説を検証するために、まずハリガネムシ生息地の様々な水辺やアスファルト道路からの反射する水平偏光の強さ(偏光度、※4)を測定しました。すると、アスファルト道路からの反射光の偏光度(30.2±10.9%)は、ハリガネムシ感染カマキリがよく入水する、枯れない水辺からの反射光の偏光度(38.1±10.2%)と同様に高く、両者を偏光度に基づいて見分けることは困難であることが推察されました(図2A)。
そこで、そもそも感染カマキリが偏光度の違いに応答して、アスファルト道路に引き寄せられるのかを検証する行動実験を行いました。まず、室内実験によって、ハリガネムシ(Chordodes formosanus)に寄生されたハラビロカマキリ(Hierodula patellifera)(以下感染カマキリ)は、偏光度が高いほど、水平偏光に誘引されるかを調べました。この室内実験では、筒の一方から水平偏光を、他方から非偏光を照射する装置を作成し、筒の中央から入った感染カマキリが10分後に定位している場所を記録しました。水平偏光側には、光源と実験装置の間に半透明のOHPシートを任意の枚数配置することで、偏光度を15-100%まで変化させ、水平偏光に誘引される確率が偏光度によって異なるかを調べました(図3)。両側から照射する光強度は同じ値(6000lx;曇天~晴天の昼頃)に調整をしました。実験の結果、感染カマキリは、偏光度が高いほど、水平偏光側を選択する確率が高まっていました(図2B)。
では、感染カマキリは、偏光度が高い光を反射する道路(=アスファルト道路)に高い頻度でやってきて歩くのでしょうか?このことを検証するために、我々は次に、京都大学生態学研究センターの実験圃場に、大型のビニールハウス(20m×5m)を設置して、ハウス内に偏光度の異なる光を反射する4つの模擬道路(アスファルト道路と色の異なる3つのセメント道路)を造成しました。大阪と東京の調査サイトで、感染カマキリを採集し、個体識別標識をつけてハウス内に放逐した後、それぞれの道路上を歩いた感染カマキリの個体数を定点カメラによって観測し続けました(図4)。その結果、感染カマキリは、偏光度の高いアスファルト道路上を、偏光度の低い他のセメント道路よりも統計的に有意に高い頻度で歩いていました(図2C)。
最後に、秋にアスファルト道路上でよく見かけるハラビロカマキリは、本当にハリガネムシに感染しているのでしょうか?このことを調べるために、台湾と日本の4つの調査サイトにおいて、アスファルト道路上で採集したハラビロカマキリの感染率を調べました。また、そのうち2つのサイトでは、ハラビロカマキリ本来の生息場所である樹上でも採集を試みて、感染率を調べました。その結果、すべてのサイトで、アスファルト道路上で採集したハラビロカマキリの感染率は80%以上でした(台湾のサイトでは100%!)。一方、樹上で採集されたハラビロカマキリの感染率は、約20%(台湾)と0%(日本)でした(図2D)。
これらの野外観測・行動実験の結果は、ハリガネムシがアスファルト道路上で死んでいるのは、感染カマキリがアスファルト道路からの水平偏光に誘引されることで生じている―「延長された表現型」に対する進化的トラップである―という仮説を強く支持するものです。これは、生物多様性の消失要因の一つである「進化的トラップ」が、直接的に環境キューを受容する宿主を介して、寄生生物にまで及んでいることを強く示唆する、世界でも初めての研究成果です。
波及効果、今後の予定
自然界には、寄生者や内部共生者による「延長された表現型」が普遍的にみられます。近年、それら寄生者・内部共生者が、非常に精妙な仕組みで宿主の感覚器を乗っ取り、目的とする行動を誘導していることが明らかになりつつあります。一方で、全球的に進む人間活動の拡大は、共生生物とその宿主たちがかつて経験したことのないスピードで、周囲の環境を改変し続けています。私たちの今回の発見は、そうした環境改変の陰で、多くの共生生物がその精妙で魅力的な進化の産物から、むしろ不利益を被っていることに警鐘を鳴らす最初の例かもしれません。
我々は今後、ハリガネムシ類による宿主操作の分子機構やその進化プロセスを深く理解するとともに、人間活動下でそれらが如何に損なわれるリスクがあるのかを、より深く解明していこうと考えています。
研究プロジェクトについて
- 佐藤拓哉:JST FOREST Program「寄生生物による生物機能創発機構の解明と制御への基盤研究」JPMJFR211C
- 佐藤拓哉:日本学術振興会 科学研究費助成事業「寄生虫による宿主行動操作の分子機構解明」24H02291(学術変革領域研究(A)共進化表現型創発 延長された表現型の分子機構解明)
- 佐倉 緑:日本学術振興会 科学研究費助成事業「寄生者による宿主の偏光感覚改変メカニズムの解明」22K19310(挑戦的研究(萌芽))
用語解説
※1 進化的トラップ
人間活動による急速な環境変化により、本来は生存や繁殖に有利に働いていた環境応答が、不利益な行動・生活史決定につながってしまう現象。海に漂うゴミを餌の特徴と間違い、捕食して死んでしまう海鳥・ウミガメや、ガラスの反射光に含まれる水平偏光を水面と間違い、集合して繁殖行動をしようとする水生昆虫など、多岐に亘る例が知られている。
※2 延長された表現型
ある生物個体の遺伝子が、その個体の形態や行動の表現に留まらず、他個体や周囲の環境の表現に寄与すること。寄生生物による宿主操作では、寄生生物のもつ遺伝子が、宿主の形態・行動発現に寄与することと定義される。
※3 水平偏光
電磁波の振動方向が水平方向に偏っている光。太陽光が水面に反射すると反射光は水平偏光になり、水辺の水深が深く、底面が暗いほど、その度合いが強くなる(偏光度は高くなる)。
※4 偏光度
電磁波の振動方向の偏りの度合い。非偏光0%から完全偏光100%の間の値を取る。
研究者のコメント
「ハリガネムシに感染したハラビロカマキリがサンプリングできる期間は一年の中でも限られており、その期間内に複数の行動実験を実施せねばならず、大変苦労しました。一方で、感染カマキリが水平偏光に誘引されている様子や偏光度の高いアスファルト道路上を歩いている様子を直に観察でき、思った通りだ!と非常に楽しみながら研究を実施できました。」(澤田侑那)
「ハリガネムシに感染したカマキリが自ら水に飛び込む現象は、生物学的にも興味深い行動操作の例です。その仕組みを紐解く中で、なぜ感染カマキリがアスファルト道路を歩くのか?という素朴な疑問に仮説を与え、検証することができました。我々には見えない光の性質にも目を向けることで、蟲を無視しない環境整備の方法が見つかるかもしれません。」(佐藤拓哉)
論文情報
タイトル
“A potential evolutionary trap for the extended phenotype of a nematomorph parasite”
(寄生虫ハリガネムシの「延長された表現型」に対する進化的トラップの可能性)DOI
10.1093/pnasnexus/pgae464
著者
Yuna Sawada, Nozomu Sato, Takeshi Osawa, Kazuma Matsumoto, Ming-Chung Chiu, Ryuichi Okada, Midori Sakura, Takuya Sato
掲載誌
PNAS Nexus