ゲノム編集技術は、生物が持つ遺伝子のDNA配列を狙い通りに書き換えることができる画期的な技術で、とりわけ農作物の品種改良への応用が期待されています。本研究グループは、新しいゲノム編集技術として2016年に開発された「Target-AID」が、トマトの1遺伝子の塩基編集に有効であることを報告しています。今回さらに、この技術により、トマトの複数遺伝子を同時に塩基編集することに成功しました。

「トマトが赤くなると医者が青くなる」というヨーロッパのことわざにある通り、トマトは健康に良い食品として知られています。実際、トマトに含まれるリコペンやβ−カロテンなどのカロテノイドは、抗酸化能力が強く、重要な機能性成分として注目されています。一方、カロテノイドの代謝や蓄積には複数の遺伝子が関わっていることが明らかになっています。そこで、Target-AIDを用い、カロテノイドの代謝に関わる3つの遺伝子を標的として、塩基置換変異の同時導入を試みました。その結果、得られた12個体中10個体で、狙い通りの塩基置換変異に成功するとともに、これらのトマトでは、カロテノイド含有量が増加していることを明らかにしました。

農作物の重要育種形質の多くは、複数の遺伝子によって発現するため、それらの形質をゲノム編集技術により改良する場合、複数の遺伝子を編集する必要があります。本研究により、Target-AIDが複数遺伝子の同時編集に有効であることが示されました。今後、このゲノム編集技術を用いて、複数遺伝子によって制御されている重要育種形質をもつ作物の迅速な改良が可能になると期待されます。

研究代表者 

筑波大学生命環境系/つくば機能植物イノベーション研究センター
江面 浩 教授

神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科
西田 敬二 教授

研究の背景

ゲノム編集技術は、農作物の迅速な品種改良技術 (育種技術) として注目されています。2020年ノーベル化学賞に輝いたCRISPR/Cas9ゲノム編集技術が2012年に発表されてから、様々な改良技術が開発されています。2016年に神戸大学が開発した「Target-AID」もその一つで、標的遺伝子に塩基置換を導入することができます。本研究グループは、先行研究において、このTarget-AIDが、トマトやイネの一遺伝子の塩基置換に有効であることを世界で初めて示しました (Shimatani et al, 2017)。一方、収量性や耐病性など農作物の重要育種形質は複数遺伝子で制御されている場合も多いことが知られています。トマトに関しては、赤熟果実に含まれる主要色素成分であるカロテノイド (リコペン、β−カロテンなど) が、その抗酸化能力の強さから、重要な機能性成分として注目されており、その代謝や蓄積には複数の遺伝子が関わっていることが明らかになっていることから、Target-AIDが、これらの遺伝子を同時に標的とした塩基置換に有効かどうかの検証を進めてきました。

研究内容と成果

トマト赤熟果実におけるカロテノイドの蓄積量を育種で制御するには、複数の関連遺伝子変異をピラミディング注1) することが必要になります。そこで、実験用トマト品種マイクロトムに対し、Target-AIDを用いて、トマトのカロテノイドの代謝に関わる3つの遺伝子 (SlDDB1, SlDET1, SlCYC-B) を標的とする塩基置換変異の同時導入を試みました。これらの遺伝子のうち、SlDDB1SlDET1は色素の蓄積、SlCYC-Bはリコペンの蓄積に関わっており、変異の導入により色素やリコペンが増加することが期待されます。実験の結果、変異導入処理を行って得られた12の再分化個体のうち10個体 (効率83%) で、3つの標的遺伝子すべてに、塩基置換変異を効率的に導入することに成功しました。また、塩基置換変異が固定できた系統について、筑波大学と農研機構が共同して分析したところ、緑熟果実ではクロロフィル含有量が約2倍に増加するとともに、赤熟果実ではカロテノイド含有量 (リコペン、β−カロテン、ルテインなどの総量) が約1.5倍に増加していました (参考図)。これらのことから、Target-AIDが、複数の遺伝子を同時に標的とした塩基置換変異の効率的な導入に有効であること、さらに、この方法で、トマト果実のカロテノイド含有量を向上できることが示されました。

図 本研究で作成した実験用トマト品種マイクロトムのカロテノイド蓄積変異体 (左列:野生型、中央・右列:変異型)

(a) 形態比較:変異体はやや矮化、(b) 緑熟果実の比較:変異体は濃緑色 (クロロフィル含有量が多い)、(c) 赤熟果実の比較:変異体は濃赤色 (カロテノイド含有量が多い、特に果肉部分)、(d) 花器の比較:変異体はやや小ぶり。

今後の展開

本研究チームは、実験用トマト品種で得られた結果が、栽培品種でも再現できるかどうかを検証するため、さらに研究を進めています。従来の育種技術では、複数の遺伝子により制御される育種形質については、各遺伝子変異を個別に探し出し、交配により変異を集積することが行われており、多大な時間と労力を費やしています。本研究は、Target-AIDが、このような変異集積を一気に行う技術として有効であることを示しました。これにより、トマトはもとより、他の重要農作物の育種も、効率化が図られると期待されます。

用語解説

注1) ピラミディング

農作物の品種改良の過程で必要な遺伝子を交配により一つの個体に集積していくこと。

研究資金

本研究は、総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム (SIP第1期2014-2018)「次世代農林水産業創造技術」(管理法人:生研センター、他の研究プロジェクトの一環として実施されました。

論文情報

タイトル

Multiple gene substitution by Target-AID base-editing technology in tomato
(Target-AIDゲノム編集技術を用いたトマトでの複数遺伝子の塩基置換)

DOI

10.1038/s41598-020-77379-2

著者

Hunziker J, Nishida K, Kondo A, Kishimoto S, Ariizumi T, Ezura H

掲載誌

Scientific Reports

研究者