神戸大学大学院医学研究科産科婦人科学分野の尾﨑可奈 大学院生、山田秀人 教授らは、母体炎症(Maternal Immune Activation; MIA)にさらされた仔マウス(MIAマウス)において胎児期のミクログリア※1の突起の動きが変化し、これが生後まで持続することで、自閉症などでみられる社会性行動の異常と関わることを見出しました。

脳の免疫細胞であるミクログリアはその突起を常に伸展退縮させることで、脳環境を監視することが知られています。さらに近年、その動きによって、神経細胞の数やシナプスの数を制御することが着目されています。そのため、突起動態はミクログリアが生理機能を発揮する上で非常に重要な役割を果たすと考えられております。本研究では、ミクログリアの突起動態が発達障害や統合失調症においてどのように変化し、そしてこれらの病態へどのように関わるか検証することで、その役割の一端を明らかにしました。

本研究チームは2光子顕微鏡※2を用いて、MIAマウスのミクログリアの突起の動きを、胎生期、発達期、思春期において比較・解析しました。その結果、いずれの時期においてもミクログリアの突起の動きに変化があることを見出し、この動きの変化が、発達障害や統合失調症に特徴的な変化を示す社会性行動と関連することを明らかにしました。

本研究は、名古屋大学の和氣弘明教授、加藤大輔助教、ニューサウスウェールズ大学のAndrew J Moorhouse博士の協力を得て行いました。

この研究成果は、12月7日に、Scientific Reportsに掲載されました。

ポイント

  • 母体炎症モデルマウスにおいて、胎児期のミクログリアの突起の動きが変化し、この変化は発達期、思春期まで持続していることが明らかになりました。
  • 持続したミクログリアの突起の動きの変化は、思春期において発達障害や統合失調症で認められる社会性行動の異常と関連が認められました。

研究の背景

妊娠中の母体感染や炎症によって、児の発達障害や統合失調症の発症リスクが高くなることが近年報告されてきました。しかしながら、母体炎症により発達障害や統合失調症のリスクが上昇するメカニズムを、脳の免疫細胞であるミクログリアに着目して明らかにした研究はこれまで多くありませんでした。

脳内に存在する免疫細胞であるミクログリアは、卵黄嚢(らんおうのう)に由来し、胎生初期に脳内に浸潤し、分裂を繰り返すことでその系統が維持され、組織マクロファージとして生理機能を発揮します。これまで、ミクログリアは脳形成や神経回路形成に寄与することが知られ着目されてきました。さらに近年の研究によりその動態が明らかとなり、ミクログリアは突起の伸展・退縮を繰り返すことで脳環境を監視し、その神経細胞に対する生理機能を発揮することが明らかとなりました。また免疫細胞であるということから母体炎症によって変化する可能性を持っています。

本研究チームは今回、母体炎症によって引き起こされる胎児期MIAマウスのミクログリアの突起の動きの変化を生理的なミクログリアと比較することで、胎内で生じた違いが生後発達期においても持続することを明らかにしました。さらに思春期においては、その突起の動きが、発達障害や統合失調症で特徴的な変化を示す社会性行動と関連することを明らかにしました。

研究の内容

本研究では、まず妊娠中期あるいは後期において、ウイルス感染と類似した炎症を引き起こす物質を母体に投与することで免疫活性を起こしたMIAマウスを作成し、胎生期と発達期におけるミクログリアの炎症性物質(サイトカイン)※3の発現比較を行いました。妊娠中期と後期いずれの母体炎症によっても、胎内のMIAマウスのミクログリアの炎症性サイトカインは上昇していました。また生後、発達期において変化するミクログリアの遺伝子群の発現も、MIAマウスにおいて変化を認めました。

2光子顕微鏡下でMIAマウスのミクログリアを観察すると、妊娠中期と後期いずれの母体炎症によっても、胎生18日のミクログリアは突起の運動速度が上昇していました。一方、生後10日(発達期)のミクログリアでは、妊娠中期と後期いずれの母体炎症によっても突起の運動速度は低下し、さらに、妊娠中期に母体に炎症を起こしたMIAマウスでは、突起の動きが一定方向に偏る傾向(極性の上昇)を示しました。以上の結果から、ミクログリアの突起の動きの変化は、発達段階でミクログリアが関わる神経回路構築に影響する可能性が推測されます。

自閉症の患者は発熱などの炎症によってその社会性が改善することが知られています。そこで、MIAマウスが生後42日(思春期)まで成長した段階で、全身炎症に対するミクログリアの反応を、母体MIAマウスと正常マウスで比較し、さらに全身炎症を引き起こす前後で社会性行動を評価しました。その結果、妊娠中期と後期いずれかの時期に母体に炎症を起こしたMIAマウスおよび正常マウスにおいて、全身炎症が生じた際にミクログリアの突起の運動速度が上昇することが分かりました。しかし、妊娠中期の母体炎症にさらされたMIAマウスでのみ、ミクログリアの突起の動きが一定方向へ偏る傾向(極性の上昇)(図1)を示すことが分かり、さらに、この突起の動きの極性上昇が、社会性行動と関連することも分かりました。

図: 母体炎症により生まれる児のミクログリアの突起の動きの変化イメージ

以上のことから、母体炎症によって胎生期ミクログリアが影響を受け、胎生期から発達期、思春期に渡りミクログリアの突起の動きに変化が生じること、さらに、このミクログリアの突起の動きの変化が、発達障害や統合失調症に特異的な社会性の低下に関わっている可能性を示しました。

今後の展開

今回の研究によって、ミクログリアの突起の動きの変化は、母体炎症が胎児に与えた影響の鋭敏なパラメーターとなり得ることが明らかになり、この突起の動きの変化は、胎生期から発達期、思春期まで持続することが示されました。さらに、ミクログリアの突起の動きの変化が、発達障害や統合失調症に特異的な変化を示す社会行動性に関わる可能性が示唆されました。

本研究の成果は、今後、ミクログリアの突起の動きの変化がどのように神経回路構築に影響しているか解明されることによって、発達障害や統合失調症の治療に役立つ可能性が期待されます。

用語解説

※1 ミクログリア
脳内の免疫を担当する細胞で、その突起を常に動かしながら神経細胞や周囲の環境を探知している。障害を受けた細胞や死細胞、病原体を貪食する作用をもつ。最近では、発達段階の脳において、神経回路構築に関わることが知られている。
※2 2光子顕微鏡
高出力のレーザーを光源として、生きたままマウスの脳を観察することができる顕微鏡。本研究では、ミクログリアに緑色蛍光タンパク質(GFP)を発現する遺伝子改変マウスを用い、ミクログリアの突起の動きを経時的に観察するのに用いた。
※3 サイトカイン
主に免疫細胞から分泌される炎症性物質で、細胞間の情報伝達を行い、免疫反応の制御に関わっている。

論文情報

タイトル
Maternal Immune Activation Induces Sustained Changes in Fetal Microglia Motility
DOI
10.1038/s41598-020-78294-2
著者
Kana Ozaki, Daisuke Kato, Ako Ikegami, Akari Hashimoto, Shouta Sugio, Zhongtian Guo, Midori Shibushita, Tsuyako Tatematsu, Koichiro Haruwaka, Andrew J Moorhouse, Hideto Yamada, Hiroaki Wake
掲載誌
Scientific Reports

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研究者