中生代の三畳紀 (約2億5190万年前~2億130万年前) という時代は、全体として高温で乾燥した気候だったことが知られていますが、その中には約200万年間にわたって降雨量が劇的に増加した「雨の時代」がありました。1989年にイギリスの地質学者らにより、この雨の時代 (「カーニアン多雨事象」とよばれます) の存在が明らかになってから、研究者は長らくその原因の解明に取り組んできました。九州大学大学院理学研究院の尾上哲治教授、奈良岡浩教授、熊本大学大学院自然科学研究科の冨松由希氏 (博士3年、九州大学委託研究生)、海洋研究開発機構の野崎達生グループリーダー代理らの共同研究グループは、神戸大学、千葉工業大学、早稲田大学と共同し、この約200万年間にわたる雨の時代は、非常に大規模な火山活動が引き金となって起こったことを明らかにしました。また、詳しい解析の結果により、火山活動の活発な時期に雨の時代が訪れ、海洋での生物群の大量絶滅や陸上での恐竜の多様化といった生態系の変化が同時に引き起こされた可能性を示しました。

本研究成果は、2020年11月25日 公開のGlobal and Planetary Change誌にオンライン掲載されました。

図1 三畳紀カーニアンの地球の姿

超海洋パンサラサ海において大規模な火山活動が起こり、これが引き金となってカーニアン多雨事象が誘発された。このとき噴出した大量の玄武岩の岩体は、海洋プレートの移動により分裂し、現在は日本、極東ロシア、北米北西部などに分布している。

図2 オスミウム同位体分析および有機炭素同位体分析から明らかにされた、後期三畳紀カーニアンにおける大規模火山活動とカーニアン多雨事象の年代関係

恐竜の多様化もカーニアン多雨事象の時期に始まったと考えられている。

研究背景

今から約2億5190万年前~2億130万年前の地質年代を、三畳紀 (注1) と呼びます。この時代の地球の大陸は全て合体して超大陸パンゲア (図1) を形成しており、その気候は総じて高温乾燥であったことが知られています。ところが、「カーニアン」 (注1) と呼ばれる三畳紀をさらに細かく区分した時代の地層には、世界各地で湿潤な気候の痕跡が認められており、それらの記録は、当時の地球に約200万年間にわたる「雨の時代」が存在したことを示していました。「カーニアン多雨事象(CPE: Carnian Pluvial Episode)」と呼ばれるこの気候変化は、いくつかの生物群の絶滅や大規模な進化的変化があった時期と一致していることが知られています。恐竜の爆発的な多様化や哺乳類の誕生も、カーニアン多雨事象の期間に起こったと考えられています。そして最近では、この長雨を引き起こした原因として、現在の北米北西部に分布するランゲリア洪水玄武岩の火山活動が挙げられてきました。しかし玄武岩の噴出年代測定に伴う不確定性のために、ランゲリアの火山噴火とカーニアンの気候変化及び生物群の変化が同時期に起きたと明言するのは難しいとされてきました。

研究内容

研究グループは、カーニアン多雨事象の原因を解明するため、岐阜県坂祝町の木曽川河床に観察されるチャート (注2) という岩石を研究しました。国立研究開発法人海洋研究開発機構 (JAMSTEC) に設置されているマルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析装置 (MC-ICP-MS) (注3) を用いた分析の結果、地球内部のマントル物質に特有の低いオスミウム同位体比 (注4) が、カーニアン前期のチャートから検出されました (図2)。これは、大規模な火山活動に由来するオスミウムが、カーニアン前期の海洋に大量に供給されたことを意味します。さらに研究グループは、コノドント化石 (注5) と、有機炭素同位体層序 (注6) を用いた年代決定から、この火山活動が活発な時期とカーニアン多雨事象の時期が一致することを明らかにしました。つまりカーニアン多雨事象は、火山活動により引き起こされた可能性が非常に高いことが示されました。この火山活動により噴出した火山岩の候補としては、北米のランゲリア洪水玄武岩が挙げられますが、日本の三宝帯や極東ロシアのタウハ帯といった地質体にもカーニアン前期に噴出した玄武岩が総延長3000 kmにわたって分布しています (図1, 3)。研究グループは、これらの環太平洋を取り囲むように分布する玄武岩は、カーニアン前期の超海洋パンサラサ海で巨大火成岩岩石区 (注7) を形成していたとする仮説を提唱し (図1)、これこそがカーニアン多雨事象の引き金になったと考えています。かつて1つの巨大火成岩岩石区を形成していた玄武岩は、海洋プレートの移動により分裂し、現在の日本、ロシア、北米北西部などに分布しています。

図3 カーニアンの大規模火山活動の証拠が発見された地域 (岐阜県坂祝町取組)

研究対象は木曽川右岸に露出したチャートという岩石。

今後の展開

本研究で正確なタイミングが明らかにされた三畳紀カーニアンの大規模火山活動は、他の時代の大量絶滅 (例えばペルム紀/三畳紀境界) に類似した現象を引き起こした可能性があります。すなわち、大規模な火山噴火が気温の急激な変化を引き起こし、最終的に海洋の無酸素化と大量絶滅が導かれるというシナリオです。実際に本研究からは、火山活動の最盛期に海洋底が無酸素化したことが明らかになっており、今後この無酸素化と、この時代に起こったとされる大量絶滅との関連性を詳細に調べる必要があります。一方陸上では、火山活動に端を発するカーニアン多雨事象に伴って、陸上植物の変化と恐竜の爆発的な多様化が起こったことが知られています。哺乳類の起源については議論がありますが、その出現もカーニアン多雨事象とほぼ同時期であったと考えられています。カーニアン多雨事象はまさに、現在の私たちにつながる地球上の生命の移行期にあたり、火山活動により、具体的にどのような環境変化が陸上で引き起こされたかについても研究を進めていく必要があります。

用語解説

(注1) 三畳紀
約2億5190万年前~2億130万年前の時代 (紀) のこと。前期、中期、後期の3つの時代 (世) に細分される。このうち後期三畳紀は、さらに3つの時代 (期) に細分され、古い方からカーニアン、ノーリアン、レーティアンと呼ぶ。カーニアンとは今から約2億3400万年前~2億3200万年前の期間を指す。この時代の特徴に、恐竜の爆発的多様化、哺乳類の誕生,浮遊性の石灰質プランクトンの誕生、現代型の造礁サンゴの誕生などが挙げられる。
(注2) チャート
二酸化ケイ素 (SiO2) を主成分とする硬く緻密な珪質堆積岩の総称。主に放散虫とよばれる二酸化ケイ素の骨格を持つ海生浮遊性プランクトンの死骸が、陸域から遠く離れた深海底に降り積もってできた岩石である。
(注3) マルチコレクター誘導結合プラズマ質量分析装置 (MC-ICP-MS)
高温のプラズマによりイオン化された試料中の元素 (質量数) を複数の検出器で同時に測定し、ある元素の存在量や同位体比を分析する装置のこと。
(注4) オスミウム (Os)
原子番号76番の白金族元素であり、184、186、187、188、189、190、192の7つの同位体 (原子番号は同じであるが、質量数の異なる元素のこと) が安定に存在する。強親鉄性元素であるため、地球の中心核やマントルには豊富に存在するが、大陸地殻においては非常に少ない。本研究で分析したオスミウム同位体比は、オスミウム188に対するオスミウム187の比のこと (187Os/188Os) 。
(注5) コノドント
大きさは0.2~1ミリ程度の歯状の微化石。リン酸塩鉱物から構成され、化石としても残りやすい。原始的な脊椎動物の歯であると考えられている。カンブリア紀から約3億年間にわたり生息していたが、三畳紀の末に突然絶滅する。
(注6) 有機炭素同位体層序
堆積物中に含まれる有機物の炭素同位体比 (炭素13に対する炭素12の比) の値の時間変化は、世界各地で同様の変動パターンを示すことがある。この変動は、化石による年代決定と同様に、堆積物の年代決定や離れた地域での地層の対比に用いることができる。このように堆積物中の有機炭素同位体比を年代決定や地層対比に使う手法を有機炭素同位体層序と呼ぶ。
(注7) 巨大火成岩岩石区 (Large Igneous Provinces, 略してLIPs (リップス) と呼ばれる)
巨大なマントルプルームなどによって発生する大量のマグマにより、広大な範囲に渡り火成岩 (主に玄武岩) が分布している地域のこと。巨大火成岩岩石区で噴出した膨大な量の玄武岩質溶岩の巨大岩体を洪水玄武岩と呼ぶ。

論文情報

タイトル
Marine osmium isotope record during the Carnian “pluvial episode” (Late Triassic) in the pelagic Panthalassa Ocean
DOI
10.1016/j.gloplacha.2020.103387
著者
Yuki Tomimatsu, Tatsuo Nozaki, Honami Sato, Yutaro Takaya, Jun-Ichi Kimura, Qing Chang, Hiroshi Naraoka, Manuel Rigo, Tetsuji Onoue
掲載誌
Global and Planetary Change (2020年11月25日版)

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研究者