中濵直之 (兵庫県立大学兼兵庫県立人と自然の博物館)、朝井健史 (姫路市立手柄山温室植物園)、松本修二 (姫路市立手柄山温室植物園)、末次健司 (神戸大学)、倉島治 (国立科学博物館)、松尾歩 (東北大学)、陶山佳久 (東北大学) らの研究グループは、兵庫県内の野生のサギソウ生育地の一部で、栽培品種そのものもしくは栽培品種との交雑個体が野外で見つかったことを明らかにしました。つまりサギソウ野生集団で遺伝的撹乱 (遺伝子汚染) が起きていたことを解明し、それら遺伝的撹乱株の近隣への拡散リスクを評価しました。

サギソウは湿地などに生育する植物で、花の美しさから園芸植物として人気があります。一方で、生育地である湿地の減少や過度な採集により減少傾向にあり、準絶滅危惧種に選定されています。サギソウの保全の一つの手段として、植物の植え戻しがあげられますが、もしも地域の遺伝子情報を無視して植え戻しがされた場合、遺伝的撹乱が生じる恐れがあります。これまでに遺伝的撹乱は国内では淡水魚類を中心に研究が進んでいましたが、植物ではほとんど研究がされておらず、その実態は不明でした。本研究では、兵庫県内のサギソウ生育地33か所と姫路市立手柄山温室植物園で栽培されている栽培株8品種から遺伝解析を実施することで、兵庫県内のサギソウの遺伝的撹乱の実態を評価しました。その結果、5つの生育地において遺伝的撹乱が起きていることがわかりました。また、それら遺伝的撹乱株の拡散リスクを評価したところ、半径640m以内の近隣の生育地には遺伝的撹乱株が広がってしまうことがわかりました。

本研究は、ほとんど実態が不明であった国内の植物の遺伝的撹乱の実態を解明した重要な成果といえます。サギソウは山野草栽培として人気が高く、今後も植え戻しが心配されていることから、本研究の公表によって今後のさらなる遺伝的撹乱の抑止力として働くことが期待されます。

本研究成果は2021年4月7日に、国際科学誌「Biodiversity and Conservation」の電子版に掲載されました。

背景

花や葉の美しい野草は「山野草」と呼ばれ、園芸植物として人気があります。こうした植物は園芸店などで容易に購入することができますが、これらには野外で絶滅の危機に瀕している種も少なくありません。

サギソウはこうした山野草の一つで、鷺が舞うように非常に美しい花をつけます (図1)。主に湿地に生育する植物ですが、こうした湿地の減少や、過度な採集などにより日本各地で減少傾向にあり、環境省レッドリスト (2019) では準絶滅危惧種に選定されています。同時に各地で保全活動も盛んにおこなわれていますが、生育地に植物を植え戻す際には遺伝的撹乱 (遺伝子汚染) に配慮する必要があります。

図1 サギソウの花の写真

遺伝的撹乱とは、人間による意図的・非意図的な生物の移動により、その生育地本来のものと全く異なる遺伝的な構造に変化してしまう現象を指します。遺伝的撹乱が生じるとその生物が辿ってきた独自の歴史を破壊してしまうだけでなく、種や個体群の存続に悪影響が生じる危険があります。そのため、本来の生息地に植物を植え戻す際には、できる限り遺伝的撹乱の発生を抑える必要があります。

遺伝的撹乱は各地で起こっている恐れがありますが、具体的にどの程度生じているかはよく分かっていませんでした。さらに一旦栽培品種が生育地に侵入した場合、サギソウの花粉や種子が移動することで、人間による持ち運びがなくても周囲の生育地に拡散してしまうリスクがあります。

そこで本研究では、兵庫県内のサギソウの野生株と栽培品種について遺伝解析を行い、各地における遺伝的撹乱を明らかにしました。さらに、花粉や種子の移動による栽培品種の拡散リスクについても評価しました。

結果

図2 主座標分析 (遺伝的な違いを二次元上にプロットする分析) に基づく、遺伝的撹乱を受けた株の同定。右上に近づくほど、栽培品種株に近い。本研究では5生息地10個体で遺伝的撹乱を受けていることが分かった。ただし、純粋な栽培品種か、栽培品種との交雑をした野生の株かどうかは区別できなかった。

兵庫県内のサギソウ生育地33か所と姫路市立手柄山温室植物園で栽培されている栽培8品種について、MIG-seq法により遺伝解析を実施しました。その結果、兵庫県内の5つのサギソウ生育地で、栽培品種もしくはその交雑と考えられる株 (遺伝的撹乱株)が10株発見されました(図2)。これは、過去に栽培品種が人為的にばらまかれたことによって、その生育地で遺伝的撹乱が生じたことを示しています。

さらに、生育地から半径640m以内に位置する別の生育地では遺伝的な違いがありませんでした。これは、半径640m以内であれば花粉や種子が頻繁に移動するためだと考えられます。つまり、特定の生育地で遺伝的撹乱が生じた場合、半径640m以内に位置する別の生育地においても遺伝的撹乱株が拡散する可能性が示されました。

このことから、兵庫県内のサギソウにおいては遺伝的撹乱が進行していること、さらに、それらを放置しておくと遺伝的撹乱が周囲に広がってしまう恐れがあることが分かりました。

波及効果

国内の野生生物の遺伝的撹乱の実態について調べた例は、淡水魚で数多く報告されていたものの、山野草ではほとんどありませんでした。本研究は、山野草における遺伝的撹乱の実態を示した数少ない重要な成果といえます。こうした遺伝的撹乱の実態を遺伝解析により評価し、そのリスクを啓発することで、今後の遺伝的撹乱の抑止力として働くことが期待されます。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(19K15856)ならびに兵庫県立大学の令和元年度特別研究助成金若手支援による支援を受けました。

共同研究者

中濵直之 (兵庫県立大学・兵庫県立人と自然の博物館)、朝井健史 (姫路市立手柄山温室植物園)、松本修二 (姫路市立手柄山温室植物園)、末次健司 (神戸大学)、倉島治 (国立科学博物館)、松尾歩 (東北大学)、陶山佳久 (東北大学)

論文情報

タイトル
Detection and dispersal risk of genetically disturbed individuals in endangered wetland plant species Pecteilis radiata (Orchidaceae) in Japan
(日本国内の湿生絶滅危惧種サギソウにおける、遺伝的撹乱個体の検出とその拡散リスク)
DOI:10.1007/s10531-021-02174-y
著者
Naoyuki Nakahama, Takeshi Asai, Shuji Matsumoto, Kenji Suetsugu, Osamu Kurashima, Ayumi Matsuo, Yoshihisa Suyama (中濵直之、朝井健史、松本修二、末次健司、倉島治、松尾歩、陶山佳久)
掲載誌
Biodiversity and Conservation (号: 電子出版のため未定)

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