神戸大学大学院医学研究科脳神経内科学分野の千原典夫特命講師、古東秀介助教、松本理器教授らと、東京大学医学系研究科神経内科学分野の戸田達史教授らの研究グループは、多発性硬化症患者の良好な経過と相関するCD8陽性T細胞の特徴と機能を明らかにしました。今後、多発性硬化症患者や類似疾患である、視神経脊髄炎患者の個別化医療の指標となることが期待されます。

この研究成果は、4月5日(現地時間)に、Neurology Neuroimmunology&Neuroinflammation誌に掲載されました。

ポイント

  • 多発性硬化症患者の自己免疫病態に関わるCD8陽性T細胞のうち、PD-1陽性細胞の割合は患者個々の炎症発作時の良好な治療反応性と相関していることを同定しました。今後、視神経脊髄炎など他の免疫性神経疾患においても病状を反映する指標となる可能性があります。
  • PD-1陽性CD8陽性T細胞は疾患修飾治療で誘導され、免疫制御に関わる遺伝子群を共発現することや転写因子c-Mafがその遺伝子群発現の鍵の一つであり、活性化CD4陽性T細胞の細胞死を誘導することで免疫制御機能を示すことを発見しました。PD-1との共発現遺伝子群は患者の免疫制御機能を回復する新たな疾患修飾薬候補となり、CD8陽性T細胞に注目した新たな切り口からの個別化医療につながることが期待されます。

研究の背景

免疫系は宿主の組織を守り、速やかに侵入微生物を破壊する複雑な応答を司っています。T細胞はその中心的な役割を果たし、主に他の免疫細胞を指揮するヘルパーCD4陽性T細胞と直接、病原性細胞傷害を担うキラーCD8陽性T細胞の二つに分けられます。しかしながら、宿主に対する免疫応答が組織障害を招くことがあり自己免疫疾患として知られています。多発性硬化症は中枢神経系の炎症性疾患で再発寛解を繰り返しながら徐々に神経障害が進行する難治性疾患です。その病態の背景には自己免疫病態が深く関与していると考えられ、これまでCD4陽性T細胞の病原性についての研究がかなり詳細に行われ、その制御を目的とした疾患修飾薬が患者へ届けられてきました。一方で、個々の患者の症状は軽症から重症まで様々で、治療法の異なる視神経脊髄炎との区別が難しい症例もあることから、その病状を反映した指標が求められています。脳病変には一般的にキラーT細胞として知られるCD8陽性T細胞がCD4陽性T細胞よりも多く浸潤し神経障害の程度と関連するとされる一方で、近年、多発性硬化症の動物モデルでは自己免疫病態を抑える制御性CD8陽性T細胞が報告され、注目されてきました。

研究の内容

【図1】A. 末梢血におけるCD8陽性T細胞中のPD-1陽性細胞の割合を表示 (IFNβ:インターフェロンβ、NS:有意差なし、*p < 0.05, one-way analysis of variance followed by Tukey’s multiple comparison test)
B. 脳脊髄液におけるCD8陽性T細胞中のPD-1陽性細胞の割合を表示(*p < 0.05, two-sided unpaired t-test)

本研究では免疫制御のチェックポイントとして知られる抑制性免疫補助受容体PD-1に注目し多発性硬化症患者末梢血や脳脊髄液におけるPD-1陽性CD8陽性T細胞と病状の関連を調べました。末梢血CD8陽性T細胞の中でPD-1陽性細胞の割合は健常対照者と比して多発性硬化症患者で低下し、インターフェロンβ治療によって回復していました。また炎症発作時の脳脊髄液において、PD-1陽性CD8陽性T細胞の割合が多い患者は少ない患者と比して急性期治療への反応性がよく、元の神経障害レベルに回復しました【図1】。

PD-1陽性CD8陽性T細胞が疾患の良好な経過と相関していたことから、この細胞亜分画が病態のブレーキ役になっている可能性を考えて、インターフェロンβ治療を受け多発性硬化症寛解期にある患者末梢血検体を用いてPD-1陽性CD8陽性T細胞の網羅的遺伝子発現解析を行いました。得られたPD-1と共発現する59の遺伝子について遺伝子セット解析を行ったところ、PD-1シグナルの他、免疫抑制性サイトカインIL-10シグナル関連遺伝子セットが抽出されました。また共発現遺伝子の中にはCTLA-4などの他の抑制性免疫補助受容体や、免疫制御に関わることが知られる転写因子c-Mafがあり、PD-1陽性CD8陽性T細胞の免疫制御細胞としての役割が想定されました。興味深いことにPD-1と共発現する遺伝子群のうち実に2/3がc-Mafの転写制御を潜在的に受けており、この細胞機能の鍵を握っていると考えました。そこで、c-Mafを強制発現させたヒトCD8陽性T細胞を作出したところPD-1やCTLA-4の発現が高まり、IL-10の産生を促進しました。実際、この細胞の培養上清を用いて、活性化CD4陽性T細胞への影響をみたところIL-10シグナル依存的にその細胞死が誘導されており、PD-1陽性CD8陽性T細胞の機能としてIL-10産生を介する免疫制御機能が明らかになりました【図2】。

【図2】PD-1陽性CD8陽性T細胞はインターフェロンβ投与中の多発性硬化症患者で誘導され、c-Mafを中心とした遺伝子転写制御により抑制性免疫補助受容体を発現し、IL-10産生を介して活性化T細胞の細胞死を誘導する。

今後の展開

多発性硬化症や視神経脊髄炎はその背景に自己免疫病態があり、弱まった免疫制御機能を回復させることが真の疾患修飾治療となりえます。今回、多発性硬化症患者において個々の病状と相関するCD8陽性T細胞の免疫制御機構の一端を明らかにしたことで、今後、PD-1陽性CD8陽性T細胞が視神経脊髄炎など他の免疫性神経疾患においても各患者の病状を反映する指標となる可能性があります。またPD-1と共発現する遺伝子群は免疫制御機能を回復する新たな疾患修飾薬候補を含んでおり、多発性硬化症をはじめとする免疫性神経疾患の個別化医療につながることが期待されます。

用語解説

PD-1

programmed cell death 1、プログラム細胞死1、免疫チェックポイントと呼ばれる抑制性免疫補助受容体の一つでT細胞の過剰な活性化を抑える機能の他、免疫制御機能を持ったT細胞の指標になる。

CTLA-4

cytotoxic T lymphocyte-associated antigen 4、細胞傷害性Tリンパ球抗原4、免疫チェックポイントの一つで他の抑制性免疫補助受容体と共同してT細胞の過剰な活性化を抑える。

IL-10

interleukin 10、インターロイキン10、抗炎症作用を持つサイトカインでT細胞などの免疫細胞の活性化を抑制する。

c-Maf

アレルギー疾患に関わるヘルパーT2細胞の転写因子として同定されたが、近年他のT細胞のIL-10や抑制性免疫補助受容体の発現を制御していることが明らかになってきた。

謝辞

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「視神経脊髄炎の個別化医療を目指した免疫寛容システムの解明」(研究開発代表者:千原 典夫)および文部科学省・日本学術振興会科学研究費補助金などによる助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル

Transcription Factor c-Maf Promotes Immunoregulation of Programmed Cell Death 1–Expressed CD8+ T Cells in Multiple Sclerosis

DOI

10.1212/NXI.0000000000001166

著者

神戸大学大学院医学研究科 脳神経内科学分野

  • 古東 秀介
  • 千原 典夫
  • 赤谷 律
  • 中野 浩子
  • 原 敦
  • 関口 兼司
  • 松本 理器

東京大学大学院医学系研究科 神経内科学分野

  • 戸田 達史

掲載誌

Neurology Neuroimmunology&Neuroinflammation

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研究者