神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科博士課程後期課程の雲北涼太氏、神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授らの研究グループは、ピキア酵母における合理的な代謝設計により、チロシンシャーシ株(チロシン生産性が高い菌株)の開発に成功しました。また、開発したチロシンシャーシ株を使って、植物由来の生理活性物質であり、栄養機能食品や医薬品原料として使用されるレスベラトロール、ナリンゲニン、ノルコクラウリン、レチクリンをそれぞれ生産できるスマートセルを作出しました。今後、チロシンを起点として生合成できる様々な有用化合物、汎用化学品の高収率での微生物生産が期待されます。

この研究成果は、2022年5月16日に、国際科学誌「ACS Synthetic Biology」に掲載されました。

ポイント

  • 芳香族アミノ酸の一種であるチロシンは、ポリマー原料、栄養機能食品、医薬品原料などに変換可能なハブ化合物であり、変換された化合物は化成品業界や食品業界、化粧品業界、製薬業界などの多方面で応用されています。
  • ピキア酵母はタンパク質の生産に優れ、有用性が高いですが、チロシン由来の有用化合物生産ポテンシャルは明らかになっていませんでした。
  • 本研究では、ピキア酵母におけるチロシン生産性向上遺伝子の同定に成功しました。
  • チロシンシャーシ株が、チロシン由来の様々な有用化合物(レスベラトロール、ナリンゲニン、ノルコクラウリン)の高生産に有効であることを明らかにしました。
  • 開発した新規ピキア酵母株の細胞内代謝物を解析することで、チロシン高生産の仕組みを明らかにしました。
  • 軽油代替燃料として利用可能なバイオディーゼル燃料を製造する際に生じる廃液の主成分(廃グリセロール)を原料とする、チロシン由来有用化合物の発酵生産に世界で初めて成功しました。

研究の背景

スチルベノイド、フラボノイド、ベンジルイソキノリンアルカロイド(BIA)などの植物由来の生理活性物質は芳香族アミノ酸「チロシン」から変換され、化成品業界や食品業界、化粧品業界、製薬業界などの多方面で応用されています。現行の製造法では植物からの直接抽出に依存していますが、植物中に含まれる量が少なく、また、天候・気温により植物の収穫量は大きく変動するため、安定的な供給が困難です。

近年、合成生物学の進展により、微生物に植物由来の代謝経路を実装し、微生物の物質生産能力を活用して有用物質を生産する技術開発が進められています。微生物の中でも酵母は植物由来物質の生合成に優れ、物質生産の宿主として期待されています。しかしながら、チロシン由来の有用物質については実績が乏しく、そのポテンシャルは明らかになっていませんでした。

そこで本研究は、まず、チロシンを高生産する酵母株を作出し、次に、その株を起点にさらなる代謝改変を加えることで、前述した多様な有用化合物の高生産を目指しました。酵母の中ではピキア酵母に着目しました。ピキア酵母は好気条件下で増殖が速く、発酵産物(エタノール)を生産しないため、チロシンを短時間で高生産できる可能性があります。しかしながら、これまでピキア酵母でチロシン由来の有用化合物を生産した報告はなく、高生産に有効な遺伝子もわかっていませんでした。そこで、まず、チロシン生産量の簡便な評価系を立ち上げるとともに、チロシン生産性向上遺伝子を探索しました。次に、スチルベノイドであるレスベラトロール、フラボノイドであるナリンゲニン、BIAであるノルコクラウリン・レチクリンの生合成経路をそれぞれピキア酵母に導入し、ピキア酵母におけるチロシン由来の有用化合物生産ポテンシャルを評価しました。

研究の内容

本研究では、まず、チロシン生産性向上に寄与する遺伝子を探索するため、チロシンから3段階の反応で生産できるベタキサンチンに注目しました(図1)。


図1.チロシンから合成できる有用化合物およびベタキサンチンの生合成経路

ベタキサンチンは緑色の蛍光を発する黄色の色素を持つため、チロシンへの代謝フラックスの強さを蛍光強度や色で簡便に評価できます。この評価系を構築することで、チロシンの生産性向上に寄与する遺伝子を発見し、チロシン高生産株を開発することに成功しました(図2)。


図2.ベタキサンチンを利用したチロシン生産性向上に寄与する遺伝子の探索

次に、チロシン高生産株を起点にした代謝改変で、チロシン由来の多種の有用化合物の生産量向上を目指しました。レスベラトロール、ナリンゲニン、ノルコクラウリン生合成経路(図1)を導入したところ、それぞれ生産性を大きく向上させることに成功し、ピキア酵母はチロシン由来の有用化合物生産性が高いことを明らかにしました(図3)。


図3.ピキア酵母の培養試験結果

更に、開発した新規ピキア酵母の細胞内代謝物を網羅的に解析し、チロシン高生産のメカニズムを調査しました。その結果、代謝改変株では、チロシンやチロシン合成に関与するシキミ酸経路の代謝物が多数蓄積していることが明らかとなりました(図4)。この結果は、代謝改変によりチロシンへの代謝フラックス増強に成功したことを示唆しています。今後、シキミ酸経路の代謝を最適化することで、チロシンを起点として生合成できる有用化合物を、更に増産することができる可能性があります。


図4.ピキア酵母における細胞内代謝物測定結果
図5.微生物生産の原料としたグリセロール

最後に、軽油代替燃料として利用可能なバイオディーゼル燃料を製造する際に生じる廃液の主成分である廃グリセロールを原料に、チロシン由来有用化合物の発酵生産を目指しました。廃グリセロールに中和処理を施して得られた溶液(図5右)を培地に用いて発酵生産試験を行ったところ、精製グリセロールを培地に用いた際と同程度のレスベラトロール、ナリンゲニン、ノルコクラウリン生産に成功しました。この結果は、ピキア酵母が精製グリセロールだけでなく、廃グリセロールからも有用化合物を生産できることを示唆しています。

今後の展開

本研究で開発したチロシンシャーシ株は、チロシンを起点として生合成できる様々な有用化合物、汎用化学品の発酵生産に応用することが可能です。また、本研究で得られた新規ピキア酵母のメタボローム解析結果をベースに代謝経路を最適化することで、チロシン由来の有用化合物の更なる生産性向上も見込めます。

謝辞

本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の研究開発プロジェクト「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/微生物による高機能品生産技術開発」および「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発/データベース空間からの新規酵素リソースの創出」の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル
Construction of an ʟ-Tyrosine chassis in Pichia pastoris enhances aromatic secondary metabolites production from glycerol
DOI:10.1021/acssynbio.2c00047
著者
Ryota Kumokita, Takahiro Bamba, Kentaro Inokuma, Takanobu Yoshida, Yoichiro Ito, Akihiko Kondo, Tomohisa Hasunuma
掲載誌
ACS Synthetic Biology

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