神戸大学大学院工学研究科の堀家匠平助教、小柴康子助手、石田謙司教授と、産業技術総合研究所材料・化学領域ナノ材料研究部門の衛慶碩主任研究員、赤池幸紀主任研究員、桐原和大主任研究員、向田雅一主任研究員らの研究グループは、カーボンナノチューブに安定したn型特性を付与することのできるドーピング物質を発見しました。今後、この物質を利用したカーボンナノチューブを用いて、熱電発電などのデバイスを長寿命化することができると期待されます。

この研究成果は、6月20日に「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • カーボンナノチューブを安定したn型材料へと変化させるドーピング物質として有機超塩基が有効であることを発見。
  • オールカーボンナノチューブで構成されたpn接合型の熱電発電デバイスを試作。
  • 日常生活や工場で排出される熱の有効利用に向けた技術開発への貢献に期待。

研究の背景

将来のエレクトロニクスやエネルギーデバイスの素材として、カーボンナノチューブ※1が注目されています。中でも、熱を電気に変換する“熱電発電”は、日常生活や工場などで発生する排熱を回収し、電気エネルギーとして再利用する環境発電技術 (エナジーハーベスター) として期待されています。環境発電は、身の回りに広く薄く存在するエネルギー (太陽光、家屋や橋梁の振動、排熱) を回収し、より有用なエネルギーである電気に変えて使う技術であり、昨今の地球環境保護やエネルギー使用量削減に対する意識の高まりから、世界的に研究開発が進んでいる分野です。カーボンナノチューブは非常にやわらかい材料であることから、例えば、工場の温水が流れる配管など、熱源が曲面であっても、その曲面に沿うように貼り付けて発電できるデバイスを作ることができると期待されています。

熱電発電デバイスは、発電量を高めるために、プラスの電気を流しやすい“p型材料”とマイナスの電気を流しやすい“n型材料”を交互につなげて作られます。したがって、p型とn型、どちらか片方だけではなく、両方の材料を用いることが望まれます。カーボンナノチューブは空気中に含まれる酸素分子の影響によってp型になりやすい反面、安定してn型の性質を発現させることが困難でした。

材料をp型やn型に変える技術は、“ドーピング (微量の化学物質を添加して、材料の性質を変化させること)”と呼ばれます。世界中でカーボンナノチューブをn型に変えるための化学物質 (ドーピング剤) の探索研究が行われています。特に、熱電発電デバイスは高温の熱源に設置して利用されるため、高温環境でも長期にわたってn型の性質を保持できるドーピング剤の開発が切望されていました。

研究の内容

今回の研究では、カーボンナノチューブの新しいn型ドーピング剤として“有機超塩基”※2が有効であることを新たに発見しました。図1(a)に示す有機超塩基の溶液にカーボンナノチューブの膜をわずか5分浸漬する (図1(b)(c))、またはカーボンナノチューブの膜に溶液を少量滴下する (図1(d)) だけの極めて簡便な処理によって、カーボンナノチューブの性質がp型からn型へと変化することを発見しました。また、使用した有機超塩基の中でも、TBD (1,5,7-triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene) とMe-TBD (7-methyl-1,5,7-triazabicyclo[4.4.0]dec-5-ene) をドーピングしたものについては、そのn型特性が、空気中100℃において半年以上の長時間にわたり持続する驚異的な安定性を備えていることがわかりました (図1(e))。

図1

(a) 使用した有機超塩基の分子構造。分子式の下のアルファベットは分子の略称。4つの有機超塩基をそれぞれドーピングすることでn型カーボンナノチューブを作製するとともに、その安定性 (n型の保持特性) を比較した。
(b) ドーピング方法の一例。カーボンナノチューブ膜を有機超塩基の溶液に浸漬した後、乾燥させるだけでカーボンナノチューブがn型の性質を示すようになる。
(c) TBDドーピング前後におけるカーボンナノチューブ膜のゼーベック係数※3の測定結果。ゼーベック係数の符号がプラスの場合はp型、マイナスの場合はn型と判定できる。
(d) ドーピング方法の一例とゼーベック係数の測定結果。TBDの溶液を少量ずつカーボンナノチューブに滴下し、染み込ませていくと、徐々に発生電圧の符号がプラス (p型) からマイナス (n型) へと変化していく。
(e) 空気中100℃で加熱したカーボンナノチューブ膜のゼーベック係数の経時変化。TMG (1,1,3,3-tetramethylguanidine) ならびにDBU (1,8-diazabicyclo[5.4.0]-7-undecene) をドーピングしたカーボンナノチューブの場合、急速にp型へと戻っていき、安定性に乏しいことがわかるが、TBDやM-TBDをドーピングしたものでは、半年以上の長期間、n型の性質を保持した。

さらに、開発したn型カーボンナノチューブをシート状に加工し、p型シートと交互に接続することで (図2(a))、良好な発電特性を示すオールカーボンナノチューブ熱電発電デバイスの作製に成功しました (図2(b)(c))。

図2

(a) カーボンナノチューブ熱電発電デバイスの作製手順。直径7cm程度のカーボンナノチューブ膜を形成し、ここから短冊状にカットした後、n型ドーピングを施した。絶縁体のフィルムを介してp型とn型を多数交互に接合することで、それぞれの電圧を加算できる構造にした。
(b) 作製した熱電発電デバイスの熱起電力の評価例。温度差を与えていくと、発生電圧も増加していく。また熱起電力はおよそ415μV/Kと、p型やn型の単独の膜におけるゼーベック係数を効果的に加算できた。
(c) 電力の評価例。40℃の温度差をつけた状態で負荷抵抗を接続し、負荷にかかる電圧を測定することで電力を求めた。最大電力は約4.7μWと良好な値が得られた。

今後の展開

熱電発電以外にも、光センサやトランジスタなど、p型とn型の材料を組み合わせることで機能性が向上するデバイスは数多く存在します。安定してn型の性質を発現できる有機材料は、p型材料に比べ圧倒的に不足しているため、本成果は有機材料を用いた各種デバイスの開発にも大きく貢献することが期待されます。また今回示したように、同じ有機超塩基に分類される分子でも、わずかな分子構造の違いによって、n型カーボンナノチューブの安定性が劇的に変わるため、ドーピングのメカニズムや安定性の獲得に寄与するパラメータを解明するためのモデル材料としての利用も期待されます。

用語解説

※1 カーボンナノチューブ
炭素原子が直径1nm前後のチューブ状に共有結合することでできるナノ炭素材料。
※2 有機超塩基
強い塩基性を示す有機化合物。グアニジンやアミジンの類縁体などが知られ、有機合成の分野でも広く使用されている。
※3 ゼーベック係数
熱起電力の大きさの尺度。物質に温度差を与えると電圧が発生する現象はゼーベック効果として知られている。ゼーベック係数は、温度差1℃あたりに何ボルトの電圧が発生するかを意味する。熱電発電デバイスはゼーベック効果によって発電するため、そのデバイスからどれだけ電圧を得られるのか知る上で、重要なパラメータとなる。また、ゼーベック係数には符号があり、材料がp型かn型かを調べるためにも測定される。プラスであればp型、マイナスであればn型の材料であることがわかる。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業「さきがけ」(課題番号:JPMJPR19I9) の支援を受け、実施しました。

論文情報

タイトル
Bicyclic-ring base doping induces n-type conduction in carbon nanotubes with outstanding thermal stability in air
DOI
10.1038/s41467-022-31179-6
著者
Shohei Horike, Qingshuo Wei, Kouki Akaike, Kazuhiro Kirihara, Masakazu Mukaida, Yasuko Koshiba & Kenji Ishida
掲載誌
Nature Communications 13, Article number: 3517 (2022)

研究者

SDGs

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