兵庫県立こども病院の飯島一誠院長 (神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児先端医療学分野 (連携大学院) 客員教授)、神戸大学大学院医学研究科内科系講座小児科学分野の野津寛大教授、長野智那医学研究員 (ボストン小児病院腎臓内科ポスドク)、堀之内智子助教、及び、国立国際医療研究センターゲノム医科学プロジェクト (戸山) の徳永勝士プロジェクト長、Xiaoyuan Jia特任研究員、河合洋介副プロジェクト長らのグループが、ボストン小児病院腎臓内科のMatthew G. Sampson准教授、ソルボンヌ大学腎臓内科のPierre Ronco教授、コロンビア大学腎臓内科のSimone Sanna-Cherchi准教授らとの国際共同研究で、小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群の7つの疾患感受性遺伝子を新たに同定し、それらの遺伝子の多くは、免疫に関連するだけでなく腎臓にも関連する遺伝子であることを明らかにしました。この研究成果によって、小児ネフローゼ症候群の遺伝学的な背景の理解がさらに進展し、発症機序や病態生理の解明及び新たな治療法の開発に繋がることが期待されます。

この研究成果は、4月29日に、国際科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • ネフローゼ症候群注1は、尿中に大量のタンパク質が漏れ出て血液中のタンパク質が極端に少なくなる、小児の慢性腎疾患で最も頻度の高い病気です。指定難病及び小児慢性特定疾病に指定されているが、その原因は明らかではありません。
  • 小児ネフローゼ症候群の大半は、ステロイドに反応して寛解となるステロイド感受性ネフローゼ症候群注2であり、何らかの遺伝的な素因 (疾患感受性遺伝子 注3) を持つ人に、感染症などの免疫学的な刺激が加わって発症すると考えられており、これまでHLAクラスIIを含む4つの疾患感受性遺伝子が報告されています。
  • 我々は、ボストン小児病院のMatthew G. Sampson博士らとの国際共同研究で、小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群の多民族によるゲノムガイド関連解析 (GWAS)注4のメタ解析注5等を行い、上記の4つの既知の遺伝子に加えて、新たに7つの疾患感受性遺伝子を同定し、それらの遺伝子の多くは、免疫に関連するだけでなく腎臓にも関連する遺伝子であることを明らかにしました。
  • 本研究成果によって、小児ネフローゼ症候群の遺伝学的背景の理解がさらに進展し、発症機序や病態生理の解明及び新たな治療法の開発に貢献することが期待できます。

研究の背景

小児ネフローゼ症候群は小児の慢性腎疾患で最も頻度が高く、日本では、小児10万人あたり年間6.49人 (全国で約1,000人) の小児が、この病気を発症します。尿中に大量のタンパク質が漏れ出て血液中のタンパク質が極端に少なくなる原因不明の難病で、小児慢性特定疾病及び指定難病に指定されています。小児ネフローゼ症候群の80−90%はステロイドに反応し寛解となるステロイド感受性ネフローゼ症候群ですが、その20%程度は成人期になっても再発を繰り返す難治例であり、病因・病態の解明と、その知見に基づく原因療法の開発が強く望まれています。

ステロイド感受性ネフローゼ症候群の大半は多因子疾患であり、何らかの遺伝的な素因 (疾患感受性遺伝子) を持つ人に、感染症などの免疫学的な刺激が加わって発症すると考えられています。これまで、我々を含む4つの研究グループが、HLAクラスIIと免疫関連遺伝子であるCALHM6とTNFSF15及びタンパク尿を防ぐ腎糸球体スリット膜の構成タンパク質であるネフリン注6の遺伝子NPHS1が疾患感受性遺伝子であることを明らかにしていますが注7、それらは比較的サンプルサイズの小さい民族特異的GWASによって得られた結果であり、またGWAS後の解析も限定的なものでした。

そこで、比較的大規模な、多民族による小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群GWASのメタ解析等を行うことで、より多くの疾患感受性遺伝子を同定し、さらにそれらと免疫系及び腎臓への関わりを網羅的に検討しました (図1)。

図1. 小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群の多民族ゲノムワイド関連解析 (GWAS)

US-EUR: 米国−欧州人、EU-EUR: 欧州−欧州人、EU-AFR: 欧州−アフリカ人、US-AFR: 米国−アフリカ人、Japanese: 日本人、Korean: 韓国人、Thai: タイ人、US-SAS: 米国−南アジア人、Indian: インド人、MAG: マグリブ人 (北西アフリカ人)、AMR: 混血アメリカ人、RNA-seq: RNAシーケンス、ATAC-seq: Assay for Transposase-Accessible Chromatin Sequencing

研究の内容

図2. GWASメタ解析のマンハッタンプロット

A) 多民族GWASメタ解析 (2,440症例 vs. 36,023コントロール)、B) 多民族GWAS条件付きメタ解析、C) 欧州人GWASメタ解析
本研究で同定された新規疾患感受性遺伝子座を赤字で示す。数字はP値を示す。

我々は、ボストン小児病院腎臓内科のMatthew G. Sampson准教授、ソルボンヌ大学腎臓内科のPierre Ronco教授、コロンビア大学腎臓内科のSimone Sanna-Cherchi准教授らと国際共同研究グループを組織し、日本人987例を含む世界の6つの民族からなる計2,240例の小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群とそれぞれの民族の健常コントロール計36,023例を対象として、多民族GWASメタ解析や民族特異的GWASメタ解析等を実施し、HLAクラスIIなどの4つの既知の疾患感受性遺伝子に加え、新たに7つの疾患感受性遺伝子を同定しました (図2)。

図3.SSNS GWASとeQTLデータの共局在確率

黒い点は、各組織や細胞のeQTLと共局在するSSNS GWASの遺伝子座であり、その大きさは共局在確率 (RCP: Regional colocalization probability) の大きさを示す。BluePrint, DICE, GTEx, NEPTUNEは、eQTLデータベースであり、赤枠と青枠はそれぞれ免疫細胞と腎組織のデータセットを指す。

次に、これらの疾患感受性遺伝子領域 (HLA-DQA1, AH1, CALHM6, TNFSF15) や疾患感受性遺伝子の可能性があると考えられる遺伝子領域 (GSDMB, ORMDL3等) のバリアントが免疫細胞や腎組織のeQTL注8として作用するか否かを検討したところ、図3の赤枠で囲った免疫細胞のeQTLとしては作用するが、青枠で囲った腎組織 (Tubulointerstitium: 尿細管間質, Glomerulus: 糸球体) のeQTLではないことが分かりました。つまり、これらのバリアントは免疫細胞のeQTLとして当該遺伝子の発現には影響を与えるが、腎組織ではeQTLとして当該遺伝子の発現には影響しないことが明らかになりました。

一方、表1に示すように、多民族GWASメタ解析におけるゲノムワイド有意なバリアントと免疫細胞及び腎細胞から得られたATAC-seq注9由来のオープンクロマチンデータの解析では、多くの遺伝子領域のバリアントで、免疫細胞と腎細胞の両方のオープンクロマチン領域注10と重複することが認められました。

表1.多民族GWASメタ解析におけるゲノムワイド有意な遺伝子座と免疫細胞及び腎細胞のオープンクロマチンデータとの重複

多くの遺伝子座で、PIPは比較的低いが免疫細胞と腎細胞の両方のオープンクロマチンと重複するSNPが存在する。HLAはこのファインマッピング分析から除外されている。
PIP=そのSNPが原因である確率。EA=効果対立遺伝子、NEA=非効果対立遺伝子。
腎細胞型コード: POD=ポドサイト (タコ足細胞)、PEC=壁側上皮細胞、MES-FIB=メサンギウムおよび線維芽細胞、ENDO=内皮、PT (1-3) =近位尿細管、PT-KIM 1 P=KIM 1+発現を伴う近位尿細管、LH=ヘンレのループ、DCT=遠位曲尿細管、CNT=結合尿細管、PC=集合管主細胞、ICA=α介在細胞、ICB=β介在細胞、LEUK=白血球
免疫細胞型コード: B=CD 19+CD 20+B。CD 4 T、CD 8 T=CD 4+およびCD 8+T、CD 34=CD 34+骨髄および臍帯血、CLP=共通リンパ球系前駆細胞、CMP=共通骨髄系前駆細胞、Ery=CD 71+GPA+赤芽球、GMP=顆粒球マクロファージ前駆細胞、HSC=造血幹細胞、LMPP=リンパ系プライミング多能性前駆細胞、MEP=巨核球赤血球系前駆細胞、Mono=CD 14+単球、MPP=多能性前駆細胞、NK=CD 56+ナチュラルキラーT

すなわち、これらの遺伝子は、免疫に関連するだけでなく腎臓にも関連する遺伝子であることが明らかになりました。

今後の展開

本研究成果によって、小児ネフローゼ症候群の遺伝学的背景の理解がさらに進展し、発症機序や病態生理の解明及び新たな治療法の開発に貢献することが期待できます。

用語解説

注1.ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群とは、尿にタンパク質がたくさん出てしまうために、血液中のタンパク質が減り (低タンパク血症)、その結果、むくみ (浮腫) が起こる疾患である。明らかな原因がわからないものを、一次ネフローゼ症候群と呼ぶ。国の指定難病及び小児慢性特定疾病の一つ。
注2.ステロイド感受性ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群のうち、ステロイド連日投与開始後4週間以内に完全寛解する (症状が治まる) もの。
注3.疾患感受性遺伝子
多因子疾患は、様々な遺伝子因子と環境因子が組み合わさることで発症すると考えられており、これらの発症に関わる遺伝子を疾患感受性遺伝子という。
注4.ゲノムワイド関連解析 (GWAS)
ヒトゲノム全体をカバーする一塩基多型 (SNP) のうち、タイピングができるSNPアレイを用いて遺伝子型を決定し、主にSNPの頻度と、病気や量的形質との関連を統計的に調べる方法のこと。
注5.メタ解析
複数の独立した研究データを収集・統合し、統計解析すること。
注6.ネフリン
タンパク尿の障壁となる腎糸球体スリット膜の主要な構成タンパク質。
注7.参考情報
我々は、既に、日本人小児ステロイド感受性ネフローゼ症候群を対象としたGWASで、HLA DR/DQ, NPHS1及びTNFSF15が疾患感受性遺伝子であることを明らかにしています。 (Jia X, et al. J Am Soc Nephrol. 2018;29(8):2189-2199. doi: 10.1681/ASN.2017080859, Jia X et al. Kidney Int. 2020;98(5):1308-1322. doi: 10.1016/j.kint.2020.05.029.)
注8. eQTL
Expression quantitative trait lociの略で、ある細胞や組織において特定の遺伝子由来のmRNAや蛋白質の発現量を規定している遺伝子座のこと。
注9. ATAC-seq
Assay for Transposase-Accessible Chromatin Sequencingの略で、オープンクロマチン領域 (ヌクレオソームのない領域) の分布を網羅的に解析する手法のこと。
注10. オープンクロマチン領域
ゲノムDNAのうちDNAがヒストンに巻き付かずに裸になっている領域で、転写因子などが結合している可能性の高い部位のこと。オープンクロマチン領域にある遺伝子の転写が活性化することによって遺伝子発現が調整されている。

謝辞

この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のオーダーメイド医療の実現プログラム、及び、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「小児ネフローゼ症候群の疾患感受性遺伝子及び薬剤感受性遺伝子同定研究」、AMEDゲノム医療実現推進プラットフォーム事業・先端ゲノム研究開発プログラム「日本人大規模全ゲノム情報を基盤とした多因子疾患関連遺伝子の同定を加速する情報解析技術の開発と応用」及び日本学術振興会科学研究費補助金国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))「小児ネフローゼ症候群疾患感受性遺伝子及び薬剤感受性遺伝子同定のための国際共同研究」及び「小児ネフローゼ症候群の国際GWASメタ解析と抗ネフリン抗体に関する国際共同研究」の支援のもとに、日本全国さらには欧州、アメリカ、アジア、アフリカ等の小児腎臓専門医の先生方の協力を得て行われました。

論文情報

タイトル
Multi-population genome-wide association study implicates both immune and non-immune factors in the etiology of pediatric steroid sensitive nephrotic syndrome
DOI
10.1038/s41467-023-37985-w
著者
Alexandra Barry#, Michelle T. McNulty#, Xiaoyuan Jia#, Yask Gupta#, Hanna Debiec#, Yang Luo, China Nagano, Tomoko Horinouchi, Seulgi Jung, Manuela Colucci, Dina F. Ahram, Adele Mitrotti, Aditi Sinha, Nynke Teeninga, Gina Jin, Shirlee Shril, Gianluca Caridi, Monica Bodria, Tze Y Lim, Rik Westland, Francesca Zanoni, Maddalena Marasa, Daniel Turudic, Mario Giordano, Loreto Gesualdo, Riccardo Magistroni, Isabella Pisani, Enrico Fiaccadori, Jana Reiterova, Silvio Maringhini, William Morello, Giovanni Montini, Patricia L. Weng, Francesco Scolari, Marijan Saraga, Velibor Tasic, Domenica Santoro, Joanna A.E. van Wijk, Danko Milošević, Yosuke Kawai, Krzysztof Kiryluk, Martin R. Pollak, Ali Gharavi, Fangmin Lin, Ana Cristina Simœs e Silva, Ruth J.F. Loos, Eimear E. Kenny, Michiel F. Schreuder, Aleksandra Zurowska, Claire Dossier, Gema Ariceta, Magdalena Drozynska-Duklas, Julien Hogan, Augustina Jankauskiene, Friedhelm Hildebrandt, Larisa Prikhodina, Kyuyoung Song, Arvind Bagga, Hae II Cheong, Gian Marco Ghiggeri, Prayong Vachvanichsanong, Kandai Nozu, Dongwon Lee, Marina Vivarelli, Soumya Raychaudhuri, Katsushi Tokunaga*, Simone Sanna-Cherchi*, Pierre Ronco*, Kazumoto Iijima*, Matthew G.*
#共同筆頭著者、*共同シニア著者)
掲載誌
Nature Communications

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