清水壮日本学術振興会特別研究員(研究当時、神戸大学大学院農学研究科研究員)と前藤薫神戸大学大学院農学研究科名誉教授が、夜の神戸大学六甲台キャンパスから新種のハチ(図1)を発見し、採集地の地名にちなんで学名※1を「Ophion kobensis」、和名を「コウベアメバチ」と命名しました。詳細な分子系統解析※2と形態比較の結果から、コウベアメバチはユーラシア大陸西部に分布するグループに近縁であり、夜行性の寄生性ハチ類※3の進化を考えるうえで重要な種であることが分かりました。また、コウベアメバチの都市近郊に位置する本学キャンパスからの発見は、身近な環境における見落とされがちな自然の豊かさを示唆するものです。

本研究成果は、国際専門誌「Zoological Studies」に2023年5月27日付けで掲載されました。

図1.神戸大学六甲台キャンパスから発見された新種のハチ「コウベアメバチ」

体長約15mmの比較的大型な昆虫であり、夜間に外灯に飛来する。

ポイント

  • 夜の神戸大学六甲台キャンパスから新種のハチが発見され、発見地である兵庫県神戸市にちなんでコウベアメバチ(学名はOphion kobensis)と命名された。
  • 本種の発見により、ユーラシア大陸西部のみから知られていた系統群が、アジア極東地域にかけて広く分布することが明らかになった。
  • 夜行性寄生性ハチ類の多様性と系統進化を地球規模で解明する研究の第一歩となった。
  • 身近な環境における見落とされがちな自然の豊かさの一端が示された。

研究の背景

昆虫は地球上で最も成功した生物のひとつです。その中でも、他の昆虫などに寄生して高度に多様化を遂げたグループとして寄生性ハチ類が知られています。寄生性ハチ類は、農林業害虫などを含む、宿主となる生物の数をコントロールする重要な機能を生態系の中で担っています。また、様々な生物と複雑な生物間相互作用を進化させて、高度な多様性を創出してきました。したがって、寄生性ハチ類は生物多様性やその進化を研究する上で特に重要な昆虫群の一つであると考えられています。

私たちは寄生性ハチ類の中でも、主に夜間に行動するヒメバチ科アメバチ亜科※4というグループを対象に研究に取り組んできました。そのなかで私たちは、兵庫県神戸市の住宅街に隣接した神戸大学六甲台キャンパスで採集されたハチの中に所属不明なものがあることを知り、その正体の解明に取り組みました。

研究の内容

本研究では、分子系統情報による種定義解析を交えた最新の系統分類学※5の手法を用いて、神戸大学六甲台キャンパスで採集された所属不明種の正体の特定を試みました。その結果、これまでに知られている全世界のどの種とも異なった特徴を持っていることが、DNAバーコード※6や形態的特徴により確認されたため (図2)、新種「コウベアメバチ」 (学名Ophion kobensis Shimizu, 2023) として記載を行いました。分子系統解析の結果、本種はユーラシア大陸西部に分布するグループに近縁であり、夜行性の寄生性ハチ類の系統進化を考えるうえで重要な種であることが分かりました。さらに、今回の研究を通して、遺伝子の塩基配列に関する公的なデータベースに登録されているDNAバーコードの問題点やコウベアメバチが属するグループの系統学的課題について議論を行い、夜行性寄生性ハチ類の多様性と系統進化について地球規模の研究を展望しました。

図2.DNAバーコード領域を用いた種定義解析の結果

コウベアメバチのDNAバーコード(ミトコンドリアCO1領域の部分配列)をデータベースに登録されている他種のデータと統計的に比較したところ、既知のすべての種から独立した新種であることが示された。

コウベアメバチの最初の標本は、伊藤誠人氏 (採集当時は神戸大学大学院農学研究科博士後期課程の学生) により、神戸大学六甲台第2キャンパスの工学部研究棟付近にある外灯の周辺で採集されたものです。それに加え、和歌山県紀の川市からも確認されました。このハチは、夜行性であるとはいえ、目視によって容易に識別できる体長15mm前後 (触角を除く) の比較的大型な昆虫です。住宅街に隣接する六甲台キャンパスからの新種「コウベアメバチ」の発見は、身近な環境にも私たちがまだ認識できていない未知の生物が生息していることを示唆しています。新種の発見や生物多様性の宝庫というと、自然度の高い熱帯雨林やアクセスの難しい深海などがよく想像されます。しかし、隠された生物多様性は我々が生活するごく身近な環境にも存在しているのです。

今後の展開

昆虫の最大の天敵のひとつは昼間に活動する鳥類です。我々は、鳥類を避けて夜の世界で活動する夜行性昆虫の多様性や系統進化、他の生物との関わり合いについて解明したいと考えています。観察が難しい夜行性昆虫の研究はあまり進んでいませんが、他の昆虫の天敵や植物の花粉媒介者として重要な働きをしていると予想されており、その解明は食料生産や生態系管理に貢献するものと期待されます。また、夜行性昆虫の研究は、多くの人々が普段見過ごしている豊かで貴重な生物多様性への関心を高め、身近な自然やその保全に意識を向けるきっかけになるに違いありません。

謝辞

本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金(19H00942)を受けて行われました。

用語解説

※1 学名
属名と種小名の2つの名前の組み合わせにより種に与えられる唯一無二の学術的名称。昆虫など、動物の場合は国際動物命名規約に定められたルールに従って命名が行われる。研究の進捗により1種類と考えられていた種に複数種が含まれているケースなどがあるため、担名タイプといわれる学名の基準となる標本が指定され、それらは公的機関の耐火金庫内で半永久的に厳重に保管される。コウベアメバチの担名タイプであるホロタイプ標本は本学キャンパス内で最初に採集された標本であり、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構において保管されている。
※2 分子系統解析
遺伝子のアミノ酸や塩基の配列情報を基に生物の進化の道筋である系統を解析する手法。
※3 寄生性ハチ類
寄生蜂や寄生バチとも呼ばれる。他の生物に寄生して発育するハチ目昆虫の総称。
※4 アメバチ亜科
寄生性ハチ類の一群。夜行性の種が多く含まれ、蛾類に混じって外灯などに飛来する。夜間活動するチョウ目幼虫に寄生するものがよく知られている。
※5 系統分類学
進化の道筋に沿って生物を整理する分類手法の一つ。
※6 DNAバーコード
様々な種が共通に有する遺伝子領域の塩基配列情報をデータベース化し、データベースと手元のサンプルの塩基配列情報を照合することでサンプルの正体を特定する手法。DNAバーコードに用いられる遺伝子領域は分類群ごとに異なるが、昆虫を含む節足動物ではミトコンドリアCO1領域が最もよく用いられている。

論文情報

タイトル
A new distinctive Darwin wasp represents the first record of the Ophion minutus species-group (Hymenoptera: Ichneumonidae: Ophioninae) from Japan and the Far East, with an analysis of DNA barcode-based species delimitation in Ophion
(日本語訳:顕著な新種ヒメバチによる日本および極東からのOphion minutus種群(ハチ目:ヒメバチ科:アメバチ亜科)の初記録、ならびにアメバチ属におけるDNAバーコードに基づく種定義の解析)
DOI
10.6620/ZS.2023.62-27
著者
So Shimizu(清水壮:現、日本学術振興会特別研究員PD;研究当時、農業・食品産業技術総合研究機構/神戸大学大学院農学研究科 博士研究員)
Kaoru Maeto(前藤薫:神戸大学大学院農学研究科 名誉教授)
掲載誌
Zoological Studies

研究者