神戸大学大学院工学研究科の服部吉晃准教授と北村雅季教授は国立研究開発法人物質・材料研究機構 (NIMS) の谷口尚フェローと渡邊賢司特命研究員と共同で、厚さ0.3 nmの透明な膜を一般的な光学顕微鏡で観察するための基板を開発しました。観察した薄い膜は原子1つ分の厚さしかない透明なシート状の材料です。今後、一般的な試料における原子レベルの表面の凹凸や化学的な変化を簡便に観察するための汎用的な手法として、多様な研究分野へ応用されることが期待されます。

この研究成果は、10月30日 (日本時間) に、国際学術誌『ACS Applied Nano Materials』に掲載されました (12月8日発行号の表紙に選定)。

ポイント

  • 観察する試料を乗せる基板を工夫することにより、従来観察できなかった試料や構造を明確に観察できる最適な基板の設計方法を開発した。
  • 大気圧下における一般的な観察によって、原子1個分の凹凸を観察可能にした。
  • 一般的な光学顕微鏡と商用デジタルカメラを改造することなくそのまま利用できる手法である。
  • 今後、一般的な試料の表面を原子レベルで観察するための技術として、多様な研究分野へ展開されることが期待される。

研究の背景

図1: 本研究の背景と手法の概要図

近年、層状物質と呼ばれる材料が注目されています。層状物質とは名前の通りシート状の物質が多数積層した構造をもつ材料です。1枚のシートは原子1つ分の厚みしかない非常に薄い膜で、最も有名な材料はグラフェンです。それらの材料は1層や数層のシートにまで薄くなると、厚く積み重なった時の物性とは異なる優れた物性が引き出されることが明らかになり、その特徴を利用した研究が活発に行われています。研究を行うためには極めて薄いシートを何らかの方法で用意する必要があります。現在、1層もしくは数層のシートを大面積に作製する技術開発も進んでいますが、容易に入手・販売がされている状況にはなっていません。この背景のもと、質と利用のしやすさの観点から、基礎研究においては、厚く大きなかたまりの素材からセロハンテープを用いて機械的に薄く剥がしたシートが利用されています。この方法により1層のシートにまで極限に薄くすることができますが、剥離の過程でサイズが非常に小さくなる上、1層のシートになるのはごく一部なので、厚さと大きさの異なる様々な小さなシートの中から目的の薄いシートを探し出す作業が必要です (図1)。その選定作業には、原子1つ分の厚みしかないシートを認識し、1層なのか、2層なのかを判断する高度な技術が必要になります。従来、広く用いられてきた手法は、熱酸化膜付きのシリコン基板を利用した光学的な観察法です。酸化膜内で起こる干渉法効果により、薄い膜も明確に顕微鏡で観察することができます。多くの層状材料は可視光で光を吸収する特徴があり、この手法により1層のシートが観察できます。しかし、光を吸収しない一部の透明な層状材料に対しては、この方法では不十分でした。材料に光を吸収する性質があることは、その材料に色があるということです。私たちの身の回りの世界でも透明なシートの方が、色のついたシートより認識しにくいのと同様に、原子レベルの厚さの世界でも透明なシートを認識するのは困難です。

特に問題となっていたのは、六方晶窒化ホウ素 (hBN) という透明な層状材料です。hBNは白いグラフェンとも言われ、グラフェンと同じハチの巣状の結晶構造をしています。工学的に高い利用価値が見い出されていて、層状物質の研究では極めて重要な材料です。しかし、透明な材料で1層分の厚さは原子1つ分の厚さに対応する約0.3 nmしかないため、1層のシートを認識することが大変難しく、層数が明確に判断できないまま利用されているという問題がありました。

研究の内容

図2: 市販のデジタルカメラで1層および数層のhBNを撮影した写真 (画像処理なし)

今回研究グループは、上記の研究背景を踏まえ、現状で一般的に用いられている光学的な手法を改良することで、問題を解決しました。開発した手法は薄いシートを乗せる基板に着目し、緻密に光学設計された多層基板を使用します。この多層基板はある特定の波長で反射率がほぼゼロになるように光学設計されています。無反射となる波長の領域では試料の厚さに対する反射率の変化が大きく、高い感度で薄い膜を検知し、可視化することができます。さらに、その反射率の変化はシートの層数に伴って大きくなるので、層数決定も可能です。研究グループは、市販の窒化シリコン膜付きシリコン基板に、SiO2薄膜を蒸着した基板を作製し、その上に薄いhBNを置きました。それを商用のデジタルカメラを取り付けた一般的な光学顕微鏡で観察して、厚さ0.3 nmの透明なシートの認識と層数決定が可能であることを明らかにしました (図2)。観察では特に画像処理等を行う必要もないために、薄いシートを探しだす手法として大変効果的であることが確認されました。

今後の展開

今後、本手法はhBNの観察だけでなく、一般的な試料の表面を原子レベルで観察するための技術として、多様な研究分野へ展開されることが期待されます。研究グループは実証実験に加え、本手法に最適な多層基板の設計法を開発しました。これにより、任意の材料を最表面にもつ多層基板の光学設計が可能になります。多様な研究分野において、足場となる基板の表面材料を任意に選択できることは、試料を作製する観点と表面観察の観点から大きな意味があります。また、本手法は原理的に試料の凹凸だけでなく、表面で起こる物理的、化学的な時間変化も観察できるため、簡便に原子レベルの反応をイメージングする手法として、多様な分野へ応用されることが期待されます。

謝辞

本研究は、JSPS科研費 (21H04655、21K04195)、関西エネルギー・リサイクル科学研究振興財団、 池谷科学技術振興財団、ひょうご科学技術協会、伊藤忠兵衛基金の助成を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

Antireflection Substrates for Determining the Number of Layers of Few-Layer Hexagonal Boron Nitride Films and for Visualizing Organic Monolayers

DOI

10.1021/acsanm.3c04075

著者

Yoshiaki Hattori, Takashi Taniguchi, Kenji Watanabe, and Masatoshi Kitamura

掲載誌

ACS Applied Nano Materials

研究者

SDGs

  • SDGs9