神戸大学大学院医学研究科 肝胆膵外科学分野の福本巧教授、放射線腫瘍分野の佐々木良平教授らと、アルフレッサファーマ株式会社は、放射線治療用吸収性組織スペーサ「ネスキープ」の開発に成功しました。腹部もしくは骨盤部の悪性腫瘍の患者のうち、腫瘍が腸管などの正常組織に近接していることが原因で根治的な粒子線治療が困難な患者に対し、手術で腫瘍と正常組織の間に「ネスキープ」を留置して組織間の間隙を確保することで、粒子線治療を実施可能にします。
「ネスキープ」は2018年12月に薬事承認を取得し、2019年6月27日より販売開始されます。
ポイント
- 手術でスペーサとして留置し、がんと正常組織の間に間隙を確保、粒子線治療後は体内で有害物質を出さずに加水分解されるため、再手術で取り出す必要がなく、感染症や合併症のリスクを軽減。
- がんの治療として外科的摘出が困難で粒子線治療が唯一の選択肢と想定されるが、近接する消化管のため根治的治療が困難な患者が、粒子線治療を受けることが可能になる。
- 産学連携に基づく、医療現場の課題を起点とした研究開発の成果。
- 不織布放射線スペーサとして世界初、クラスIVの国産医療機器 (高度管理医療機器)。
研究の背景
急速な高齢化により、罹患患者数・全死亡数に占める悪性腫瘍(がん)の割合は増加し続けています。現在、がんの治療法には主に外科的切除、放射線治療、化学療法、免疫療法などがありますが、身体への負担が少ない放射線治療の重要性が高まっています。近年では、線量の集中性に優れる粒子線治療の保険適用が骨軟部腫瘍などの一部の疾患に承認されています。また、粒子線治療は、放射線抵抗性とされる一部の疾患に対しても有効な場合があります。
一方、がんと正常組織との位置関係から、粒子線治療を用いたとしても、治療が困難な場合が少なからずあります。腹部・骨盤部の悪性腫瘍では近い位置に放射線に弱い消化管(小腸、大腸)があり、治療の適応が困難でした。これまで、周囲正常組織への影響を低減する方法として、シリコンバルーンやゴアテックス製シートなどの非吸収性素材をスペーサとして腹部・骨盤部に留置する方法や、腸を吸収性メッシュで吊り上げて照射野から移動させる方法が試みられましたが、身体への負担が大きい再手術を受けるか、スペーサが一生涯にわたって体内に残るなどの問題点がありました。
研究の内容
我々は、粒子線治療の標的であるがん組織と周辺組織との間隙を作ることが可能で、治療後は生体に吸収される不織布型の生体吸収性スペーサ (以下、本品という) を開発しました。
本品は、医療材料として既承認のポリグリコール酸製縫合糸[オペポリックス・N (承認番号:16200BZZ01565000)、オペポリックス (承認番号:16200BZZ01566000)]と同じ原材料 (ポリグリコール酸繊維) を使用した、厚さ5、10、15mmの不織布です。
粒子線治療用スペーサに求められる、「がんと臓器を隔離する機械的特性」、「粒子線に対する遮蔽性」等は物理的試験で、「生物学的安全性」については実験動物を用いて評価しました。
それらの前臨床試験で有効性と安全性が認められ、引き続き神戸大学医学部附属病院及び兵庫県立粒子線医療センターにて治験を実施しました。粒子線治療以外に有効な治療法はないが、近接する消化管等のために粒子線治療が困難である腹部もしくは骨盤部の悪性腫瘍を有する患者5名を対象に、神戸大学医学部附属病院で本品の留置手術を実施した後、兵庫県立粒子線医療センターにて粒子線治療を行いました。
すべての患者の治療経過で本品は、計画された粒子線治療期間中、腫瘍と正常組織に十分な間隙を確保し、近接する消化管などへの照射線量を低減したため、悪性腫瘍に対して根治線量の粒子線照射を完遂できました。本治療に関連した重篤な合併症は認められず、粒子線治療後にスペーサは分解・消失することが確認されました。
今後の展開
悪性腫瘍に対する粒子線治療は、期待度の高い新しい放射線治療法であり、実施可能な施設も年々増加しています。本品は粒子線治療が保険適用となっている骨軟部腫瘍を中心に、適正使用指針に従って使用される予定です。その後は、粒子線治療の保険適用範囲の拡大に伴い、肝胆膵がんや婦人がんなどを始めとした様々な疾患に対して使用が拡大していくことが期待されています。
粒子線治療について
陽子を用いる陽子線治療と、炭素イオンを用いる重粒子線治療の2種が現在臨床で使用されています。
- 粒子線治療の線量集中性
- 粒子線はブラッグピーク(Bragg Peak)と呼ばれる物理的特徴があり、それを利用して腫瘍に対して照射線量をより集中させることが可能です。併せて正常組織に対する影響を軽減させることが可能です。
- 粒子線治療の生物学的効果
- 陽子線、炭素イオン線ともX線と比べて、生物学的効果が高いとされます。生体に及ぼす効果(相対的生物学的効果比)を1とすると、陽子線、炭素イオン線の相対値はそれぞれ1.1倍、3.0倍程度と高く、放射線抵抗性腫瘍にも治療効果が期待できる場合があります。
論文情報
- タイトル
- “First-in-human phase I study of a non-woven fabric bioabsorbable spacer for particle therapy: Space-making particle therapy (SMPT)”
- DOI
- 10.1016/j.adro.2019.05.002
- 著者
- Ryohei Sasaki*, Yusuke Demizu, Tomohiro Yamashita, Shohei Komatsu, Hiroaki Akasaka, Daisuke Miyawaki, Kenji Yoshida, Tianyuan Wang, Tomoaki Okimoto, Takumi Fukumoto
*Corresponding author - 掲載誌
- Advances in Radiation Oncology
- タイトル
- “Preclinical Evaluation of Bioabsorbable Polyglycolic Acid Spacer for Particle Therapy”
- DOI
- 10.1016/j.ijrobp.2014.07.048
- 著者
- Hiroaki Akasaka, Ryohei Sasaki, Daisuke Miyawaki, Naritoshi Mukumoto, Nor Shazrina Binti Sulaiman, Masaaki Nagata, Shigeru Yamada, Masao Murakami, Yusuke Demizu, Takumi Fukumoto
- 掲載誌
- International Journal of Radiation Oncology*Biology*Physics