名古屋大学大学院医学系研究科の和氣弘明教授 (神戸大学先端融合研究環特命教授) らのグループは、脳内の免疫細胞であるミクログリア (注1) が血液脳関門 (注2) の機能を制御することを発見し、そのメカニズムを初めて明らかにしました。
血液脳関門は、脳環境を体循環系の環境と隔離する構造で、脳内外への物質の行き来を制限することで脳内の環境を一定に保つ働きがあり、感染症や自己免疫疾患などの全身性の炎症によりこの機能は低下することが知られています。しかしながら、全身性の炎症によって血液脳関門の機能がどのように破綻していくのか、その詳細な経過およびメカニズムはこれまで明らかではありませんでした。
今回の研究では、生体2光子顕微鏡 (注3) を用いて、生きたマウスにおいて、全身性の炎症に伴って血液脳関門の機能が破綻する過程を詳細に観察しました。その結果、血液脳関門に対してミクログリアの作用は時間の経過によって保護的なものから障害的なものへ変化し、血液脳関門機能の制御に重要な役割を担うことが示されました。また、ミクログリアの活性化を抑制することで血液脳関門の機能異常が改善することと、そのメカニズムについて世界に先駆けて明らかとなりました。
近年、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症、統合失調症などの精神・神経変性疾患において血液脳関門機能の異常が示されているため、今後、ミクログリアを介した血液脳関門の機能制御はこれらの疾患の予防法・治療法につながる可能性があります。
本研究は、名古屋大学大学院医学系研究科の木山博資教授、自然科学研究機構生理学研究所の鍋倉淳一教授、自治医科大学の大野伸彦教授、ニューサウスウェールズ大学のAndrew J Moorhouse博士の協力を得て行いました。
この研究成果は、令和元年12月20日付で、英科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
ポイント
- ミクログリアは炎症によって血管の周囲に集積し、炎症の早期には血液脳関門の機能低下を抑制するが、炎症の後期には機能を低下させる作用を持つことが明らかとなった。
- ミクログリアの活性化を抑えることで、血液脳関門の機能を改善し、血液脳関門の機能を制御するメカニズムも明らかとなった。
- 今回の発見は、血液脳関門の機能が障害されている神経変性疾患に対する治療法に繋がる可能性がある。
背景
私たちの脳の中には、神経細胞のみならずグリア細胞とよばれるミクログリアやアストロサイト、脳の血管を形作る血管内皮細胞など様々な細胞が存在し、相互作用することで脳の機能が保たれています。脳内の血管は、血管内皮細胞やアストロサイトなどから成り立つ血液脳関門と呼ばれる特殊な仕組みをしており、全身を巡る循環系と中枢神経系の環境を隔てるバリアとして機能しています。通常このバリアによって血液中の有害な物質が脳に侵入することはありませんが、感染症や自己免疫疾患などの慢性的な炎症によってバリア機能が低下すると、神経の活動に影響を及ぼすことがあります。アルツハイマー型認知機能障害や、パーキンソン病、多発性硬化症などの様々な中枢神経系の疾患において血液脳関門の機能低下が報告されており、病態の進行とバリア破綻の関係および破綻が起こるメカニズムに注目が集まっています。
研究グループは今回の研究で、全身性の炎症によって血液脳関門の破綻が引き起こされる過程を詳細に観察し、脳内の免疫細胞であるミクログリアが血液脳関門の制御に重要な役割を担うこと、そしてその制御のメカニズムを世界に先駆けて明らかにしました。さらにミクログリアの活性化を抑制することで、血液脳関門の機能異常が改善されることを解明しました。
研究成果
生きたマウスの脳を観察することができる生体2光子顕微鏡を用いて、全身性の炎症が誘導されたモデルマウスのミクログリアを経日的に同一部位を観察し、その動きと血管の透過性を観察することで、ミクログリアの血液脳関門への影響を調べました。
はじめに炎症が持続している自己免疫疾患のモデルマウスの脳を観察したところ、血管に密着したミクログリアが多く存在するため、炎症によりミクログリアが血管に集積すること、それに伴って血液脳関門の透過性が変化することがわかりました。またミクログリアを除去したマウスにおいては、早期には血液脳関門の透過性が増加し、その後においては透過性が抑制されていることがわかりました。
これらの詳細な分子メカニズムを明らかにするために網羅的に遺伝子を解析し、早期においては細胞の接着に重要な分子であるクローディン5 (CLDN5) (注4) がミクログリアに発現し、後期相においては貪食 (注5) にかかわる分子であるCD68がミクログリアに発現することがわかりました。
さらに最新の電子顕微鏡を用いてミクログリアと血管の微細構造を観察すると、細胞の接着に重要な分子であるCLDN5を発現したミクログリアが、血管内皮細胞に密着していることがわかりました。これにより、ミクログリアが自ら、破れたホースの水漏れを抑えるシールのように働いていることが明らかになりました。
さらに、ミクログリアは血管内皮細胞から放出されるケモカイン (注6) であるCCL5 (注7) に応答して血管に誘引し、CLDN5を発現していることが明らかとなりました。CCL5を阻害することにより、ミクログリアの血管への集積が起こらず、結果として血液の漏出が早まる現象も観察されました。
また、ミクログリアは貪食にかかわる分子であるCD68を発現し、血液脳関門を構成するアストロサイトという細胞の突起を一部貪食していることを発見しました。アストロサイトの突起は血液脳関門の維持に重要であることが知られ、この構造の破綻をきっかけに漏出が引き起こされると考えられます。
最後に、ミクログリアの活性化を抑制する抗生物質として知られる、ミノサイクリンをマウスに投与したところ、ミクログリアの血管への集積と初期の血液脳関門の保護に影響を及ぼすことなく、慢性期の漏出悪化を抑制できることが明らかになりました。
これらの結果から、脳内の免疫細胞であるミクログリアが全身性の炎症に伴って血管に集積し、炎症の段階によって、血液脳関門に保護的にも障害性にも作用することが明らかになりました。そしてそのメカニズムとして、ミクログリアによる血管内皮細胞との直接の接触やアストロサイトの突起の貪食が起こっていることを初めて明らかにしました。
今後の展開
精神・神経疾患において、血液脳関門の破綻が数多く報告されており、この破綻から病態が進行することについては広く研究されています。血液の脳内への漏出によって、神経細胞死や神経活動の異常が生じることがこれまで明らかにされてきました。今回の研究で、全身性の炎症が慢性化した際、ミクログリアの過剰な活性化を制御することが、血液脳関門の保護に効果的であることが示されました。さらにミクログリアは単に漏出を悪化させるだけでなく、炎症初期の漏出の抑制にも重要な役割を担っており、保護的な側面を持ち合わせていることが明らかになりました。本研究の成果は、全身性の炎症が原因となる中枢神経系の疾患において、ミクログリアを標的とした新しい予防法・治療法の開発に貢献することが期待されます。
参考図
謝辞
本研究は、文部科学省「基盤研究 (B)、新学術領域研究 (研究領域提案型) マルチスケール精神病態の構成的理解、新学術領域研究 (研究領域提案型) スクラップ&ビルドによる脳機能の動的制御」科学技術振興機構「[オプトバイオ] 光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用」、のサポートを受けて行われました。
用語解説
- (注1) ミクログリア
- ミクログリアは脳内唯一の免疫細胞であり、その場を動くことができない神経細胞に対して、組織の損傷や病原体の侵入に反応して脳内を移動することができる。移動した先では、死細胞や侵入した病原体を細胞内に取り込むことによって除去する働きが知られている (注: 貪食 参照)。近年では神経回路の形成に対しても重要な役割を担うことが明らかにされ、その多様な機能に注目が集まっている。
- (注2) 血液脳関門
- 脳の血管に存在する、脳内外への物質の透過を制限する機構。脳内の環境を一定に保ち、病原体や炎症性物質の侵入から脳を守る働きがある。その構造は、血管を形作る内皮細胞と、血管の周囲を取り囲むペリサイト、アストロサイトなどの細胞が集まって構成されている。血液脳関門の機能が低下すると、血液中の成分が脳へと漏出し、神経活動を乱すことがある。
- (注3) 生体2光子顕微鏡
- 高出力のレーザーを光源として、生きたままマウスの脳を観察することができる顕微鏡。本研究では、観察対象の細胞に緑色蛍光タンパク質 (GFP) を発現する遺伝子改変マウスを用い、蛍光色素の投与により血液を可視化することで、細胞の動きや血液の漏出を同時に観察することができる。
- (注4) クローディン5 (CLDN5)
- 血液脳関門の形成に重要な、密着結合に関わる分子のひとつ。脳内では通常、血管内皮細胞がCLDN5を発現しており、細胞同士が密着して隙間なく血管を形成することで、血管内外への物質の移動を制限する。
- (注5) 貪食
- 死細胞の破片や外来の病原体などを細胞内に取り込み、分解する機能。脳内の異物を除去する仕組みとして、脳内の環境を一定に保つ上で重要な役割を担う働きとして知られている。
- (注6) ケモカイン
- ケモカイン (Chemokine) は、サイトカインの一種であり、白血球などの遊走を引き起こし炎症の形成に関与する。走化性の (chemotactic) サイトカイン (cytokine) を意味する。
- (注7) CCL5
- 免疫細胞を炎症部位に集める働きを持つ遊走因子のひとつ。精神症状を伴う自己免疫疾患において、脳内から検出されることが知られていましたが、脳におけるその役割の詳細はわかっていません。
論文情報
- タイトル
- "Dual Microglia Effects on Blood Brain Barrier Permeability Induced by Systemic Inflammation"
- 著者
- Koichiro Haruwaka1,2,3, Ako Ikegami1, Yoshihisa Tachibana1, Nobuhiko Ohno4,5, Hiroyuki Konishi6, Akari Hashimoto1, Mami Matsumoto7,8, Daisuke Kato1,9, Riho Ono1, Hiroshi Kiyama6, Andrew J Moorhouse10, Junichi Nabekura2,3 and Hiroaki Wake1,9,11,12*
- Division of System Neuroscience, Kobe University Graduate School of Medicine
- Division of Homeostatic Development, National Institute for Physiological Sciences, National Institutes of Natural Sciences
- Department of Physiological Sciences, The Graduate School for Advanced Study
- Department of Anatomy, Division of Histology and Cell Biology, Jichi Medical University
- Division of Ultrastructural Research, National Institute for Physiological Sciences
- Department of Functional Anatomy and Neuroscience, Nagoya University Graduate School of Medicine
- Section of Electron Microscopy, Supportive Center for Brain Research, National Institute for Physiological Sciences
- Department of Developmental and Regenerative Biology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences
- Department of Anatomy and Molecular Cell Biology, Nagoya University Graduate School of Medicine
- School of Medical Sciences, The University of New South Wales
- Core Research for Evolutional Science and Technology, Japan Science and Technology Agency
- Precursory Research for Embryonic Science and Technology, Japan Science and Technology Agency
- 掲載紙
- Nature Communications