神戸大学大学院理学研究科の津田明彦准教授らの研究グループは、AGC株式会社(以下、AGC)と協力して、可視光によるクロロホルムの光酸化に成功しました。また、その生成物を原料として、医薬品中間体やポリマー原料となる高反応性カーボネートやイソシアネートの合成に成功しました。低エネルギー・低環境負荷の新たな化学反応として、カーボンニュートラルおよびSDGsに大きく貢献する科学技術となることが期待されます。

本研究成果は2019年9月に特許出願し、2020年9月に国際出願、2021年3月の特許公開を経て、2022年3月17日に、関連の学術論文が Chemistry Letters にweb掲載されました。

ポイント

  • これまで、環境負荷の大きな水銀ランプを光源として用いなければならなかったクロロホルムの光酸化反応が、触媒量の塩素を添加することによって、LEDランプを光源とする可視光で進行することを発見した。
  • 可視光で光酸化したクロロホルムを原料として、医薬品中間体およびポリカーボネートやポリウレタンの原料となる、高反応性カーボネートやイソシアネートの合成に成功した。
  • 高反応性カーボネートやイソシアネートは、一般に、毒性が高く危険なホスゲン(COCl2)を用いて製造されている。クロロホルムの光酸化生成物は、主としてホスゲンであり、本合成法では、必要な時、必要な量だけ、ホスゲンを溶媒のクロロホルム中に光で任意に発生させて、それを溶液から出さずにそのまま次の合成に用いることができるため、安全性が高い。
  • 高価で特殊なガラス器具(石英ガラス)、環境負荷の大きな低圧水銀ランプ、高価な薬品や機器が不要となり、安全で、より簡単・安価にオン・サイト、オン・デマンド合成が可能となった。
  • 本研究成果により、太陽光によるクロロホルムの光酸化が原理的に可能となった。低エネルギー・低環境負荷の新たな化学反応として、カーボンニュートラルおよびSDGsに大きく貢献する科学技術となることが期待される。

研究の背景

クロロホルムは高い化学的安定性、揮発性を持ち、多くの有機化合物を溶解させることができる汎用の有機溶媒であり、世界中で大量に生産・消費されています。クロロホルムが分解すると、その分解物には人体に極めて有害なホスゲン、一酸化炭素、塩素、塩化水素などが含まれていることが知られています。これらは有害ではあるものの、例えばホスゲンはポリカーボネートやポリウレタンなどの合成樹脂の原料となるため、非常に有用な化学物質です。しかし、クロロホルムを効率良く分解する方法は確立されておらず、分解物に含まれるこれらの化学物質を実用的な有機合成に利用した例はこれまでありませんでした。

津田准教授らの研究グループは、これまでの研究で、クロロホルムに「紫外光」を照射すると、酸素と反応して、ホスゲンが高効率で生成されることを世界で初めて発見しました。そしてそれをさらに安全かつ簡単に用いるために、クロロホルムにホスゲンと反応させるための反応基質や触媒をあらかじめ溶解させておき、光でホスゲンを発生させると、即座にそれらが反応して生成物が得られる手法を発見しました(図1)。この方法では、あたかもホスゲンを使用していないかのように、ホスゲンを用いた有機合成を実施することができます。研究グループはこれを「光オン・デマンド有機合成法」と命名し、これまでに数多くの有用な有機化学薬品やポリマーの合成に成功してきました(http://www2.kobe-u.ac.jp/~akihiko/List.html)。例えば、クロロホルムとアルコールの混合溶液(必要に応じて塩基も混合)に紫外光を照射するだけで、安全・安価・簡単にクロロギ酸エステルとカーボネートを合成することに成功しています。

図1.クロロホルムを原料とする光オン・デマンド有機合成システム

このような日本発のオリジナリティーの高い化学反応を、神戸大とAGCで協力して発展させ、実用化に向けた研究を行ってきました。また、JST A-STEPによる支援を受け、この合成法のさらなる応用研究、ならびに機能性ポリウレタンへの開発を行っています。

この光オン・デマンド有機合成法については、津田准教授らの研究グループがその特許(第5900920号、第6057449号)を有しています。

研究の内容

本研究グループは、フッ素化学品およびその原料としてのクロロホルムの製造企業であるAGCとの産学共同研究に取り組み、可視光によるクロロホルムの光酸化に成功しました。そして、その光酸化生成物が、医薬品中間体およびポリカーボネートやポリウレタンの原料となる高反応性カーボネートやイソシアネート合成に用いることができることを実証しました(図2)。

図2. 可視光によるクロロホルムの光酸化と、カーボネートおよびイソシアネート合成への応用

具体的には、市販のガラス製フラスコに市販のクロロホルムを入れて、~2%の塩素を含む酸素ガスをそれに吹き込み、365 nm LEDもしくは白色LED(波長400~750 nm)ランプで外部から光照射を行うことによって、クロロホルムを光酸化できることを発見しました。そして、直接この溶液に、アルコールと塩基触媒を添加するとカーボネートが得られ、また、アミンと塩基触媒を添加するとイソシアネートが得られることを確認しました。

工業的に重要な、ジフェニルカーボネートやフッ素化カーボネート、およびフェニルイソシアネートや3-(トリメトキシシリル)プロピルイソシアナートなど、ホスゲンを原料とする従来の化学品合成に適用できることを確認しました。

更に詳細な手順は次のとおりです。

[1] 可視光によるクロロホルムの光酸化

次亜塩素酸カルシウムCa(ClO)2に、シリンジポンプで塩酸を注入して塩素ガスを発生させ、それを酸素ガス(流速0.1 L/min)と混合することによって、~2%濃度のO2/Cl2混合ガスを調製した。ガスに含まれる水分を除去するために、塩化カルシウム管を介して送ガスを行い、別容器のクロロホルム溶液(20~100 mL)にバブリングを行った。この溶液に、9 W白色LEDによる光照射を行い、0~20℃で数時間の光反応を行った。

[2] クロロホルムの光酸化生成物を用いるカーボネート合成

上記1の光反応後溶液に、アルコール(10~30 mmol)およびピリジン(~5当量)を順次添加し、数時間反応させると、目的とするカーボネートが70~95%収率で得られた。

[3] クロロホルムの光酸化生成物を用いるイソシアネート合成

上記1の光反応後溶液に、アミン(5 mmol)およびピリジン(10当量)を順次添加し、20℃で1時間反応させると、目的とするカーボネートが56~99%収率で得られた。

実験室レベルでの合成実験はグラムスケールで実施しており、反応は数時間で完結し、収率も高く、安全であり、低コストであるため、アカデミアから化学産業まで幅広い分野での利用が可能と考えられます。

今後の展開

光オン・デマンド有機合成法は、ホスゲンを原料とする様々な有機合成に新たなイノベーションをもたらすことが期待されています。この化学反応によって、安全・安価・簡単に、様々な汎用化学物質を合成できるようになり、また医薬品やポリマー材料の分子レベルでの高性能・高機能化が達成され、より独創性および新規性の高い高付加価値物質の開発に結びつくことが予想されます。また、大量生産を目的とする製造だけでなく、小中規模で多品種の生産を必要とする化学薬品製造メーカーにも、大きな恩恵が期待されています。

本研究成果によって、現行の光オン・デマンド有機合成法のさらなる省エネルギー化が実現され、コストや環境負荷の低減が期待されます。そして、太陽光によるクロロホルムの光酸化が原理的に可能となりました。低エネルギー・低環境負荷の新たな光化学反応として、カーボンニュートラルおよびSDGsに大きく貢献する科学技術となることが期待されます。

謝辞

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)産学共同フェーズ シーズ育成タイプの研究課題「含フッ素カーボネートを鍵中間体とする安全な製造プロセスによる高機能・高付加価値ポリウレタン材料の開発」(企業名:AGC株式会社, 研究代表:津田 明彦)による支援を受けています。

特許情報

  • 発明の名称:ハロゲン化カルボニルの製造方法
  • 国内出願:特願2019-162168 [出願日2019年9月5日]
  • 国際出願:PCT/JP2020/033268 [出願日2020年9月2日]
  • 公開:WO 2021/045105 A1 [公開日2021年3月11日]
  • 発明者:津田 明彦, 岡添 隆, 岡本 秀一
  • 出願人:神戸大学・AGC株式会社

論文情報

タイトル

Photo-on-Demand Conversion of Chloroform to Phosgene Triggered by Cl2 upon Irradiation with Visible Light: Syntheses of Chloroformates, Carbonate Esters, and Isocyanates

DOI

10.1246/cl.220081

著者

Yuto Suzuki, Fengying Liang, Takashi Okazoe,* Hidekazu Okamoto, Yu Takeuchi, and Akihiko Tsuda*
* Corresponding author

掲載誌

Chemistry Letters

関連リンク

研究者

SDGs

  • SDGs7
  • SDGs9
  • SDGs13