神戸大学大学院工学研究科の森田健太助教、丸山達生教授、八代朋子研究員らと、神戸大学大学院医学研究科の青井貴之教授らの研究グループは、シート状に培養したヒトiPS細胞をそのまま凍結保存可能にする保存液の開発に成功しました。今後、再生医療や診断システムへの応用が期待されます。この研究成果は、12月6日に『Biochemical Engineering Journal』に掲載されました。

凍結保存されたiPS 細胞 ©内田諭 (CC BY)

ポイント

  • iPS細胞を培養容器から剝がして回収せずに、シート状のまま凍結保存が可能な方法を開発した。
  • 細胞凍結液の組成として、アミノ酸の一種であるD-プロリンと細胞にやさしい合成ポリマーが有効であることを発見した。
  • 細胞凍結の際、酵素を使って細胞同士の接着を弱めておくことが重要である。
  • 将来的に、患者由来iPS細胞の冷凍保存工程の全自動化、iPS細胞輸送の簡便化によって、オーダーメイド医療を一歩前進させることが期待される。

研究の背景

iPS細胞は人体のどの組織からでも作成でき、様々な組織の細胞に変わる力をもっています。けがや病気で失われた心臓・神経・血液・筋肉などを作製したり、新薬の有効性を確かめたり、病気の仕組みを調べたりなど、再生医療と創薬研究に不可欠な細胞です。しかし、取り扱いには高度な技術とコストが必要です。従来、iPS細胞の凍結保存には、①細胞を培養容器から剥がして一つ一つの細胞までバラバラにし、②遠心力を使って細胞を集め、③保存液にもう一度分散させて凍結する、という複数工程が必要で、自動化や大量生産に向かないことが課題でした。特に「培養容器に付着したまま(平面培養)」凍結保存する技術はこれまで確立されていませんでした。

研究の内容

  • D-プロリンと合成ポリマーによる相乗効果

本研究で開発された凍結保存液にはジメチルスルホキシド(古典的な凍結保存剤)、細胞培養用の培地、水、D-プロリン、合成ポリマー(PDEGMA-b-PMPC-b-PDEGMA)、NaCl(塩化ナトリウム)が含まれています(表1)。

表1 凍結保存液の組成

D-プロリンは、酵素安定化作用を持つアミノ酸で、iPS細胞の凍結耐性を高めます。合成ポリマーは細胞の中で氷の結晶が大きく成長しないようにする働きがあります。これらの組み合わせにより、平面培養したiPS細胞に対して高い凍結保存効果を発揮しました(図1)。

図1 本研究成果の概要図 培養容器内でシート状に育てたiPS 細胞をはがすことなく容器ごと冷凍保存する技術を開発。
iPS細胞は冷凍保存後も健康であることが確認された。
  • 酵素による前処理で細胞間の結合を弱め、高い凍結保存効果を実現

酵素による前処理で細胞間の結合を弱め、高い凍結保存効果を実現
凍結前に細胞接着を弱める酵素を短時間だけ処理することで、細胞シートを壊すことなく細胞同士の結合を弱めることに成功。細胞を顕微鏡で観察すると、細胞同士の結合が弱まっていても細胞シートが維持されていることがわかります(図2a)。これにより、保存液が細胞内部に入りやすくなり、凍結ダメージを大幅に軽減しました(図2b)。一方で、iPS細胞用に市販されている細胞凍結保存液で同じ方法を試しても平面培養されたiPS細胞は凍結保存できませんでした(図2c)。酵素による前処理と、私たちが開発した細胞凍結保存液が組み合わさって初めて効果を発揮することがわかります。

図2細胞同士の接着を弱める酵素処理を行った場合と行わなかった場合のiPS 細胞の外観(光学顕微鏡像)(a)、および、凍結保存後の細胞生存率(b)。市販のiPS 細胞用の凍結保存液と、本研究で開発した凍結保存液を用いて平面培養iPS 細胞を凍結保存した後の細胞生存率(c)。

 

  •  iPS細胞の機能を維持していることも確認

凍結保存後にiPS細胞が劣化するとがん細胞に変化する可能性があり、再生医療にとって危険な要素になりかねません。本研究では、私たちが開発した方法で凍結したiPS細胞シートが凍結保存後も人体の他の組織に分化できることを確認しています。

今後の展開

iPS細胞は今後の再生医療や創薬研究に不可欠です。本研究の技術によってiPS細胞シートをそのまま凍結保存することができれば、今よりもiPS細胞の維持・管理が容易になります。iPS細胞の凍結保存・融解がロボットによって自動化することや、解凍後すぐに研究や治療用として使用することができるので、患者個人へのオーダーメイド治療や創薬研究のスピードアップが可能になります。

謝辞

本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業(19H05458, 23H01774, 23K13610)、中谷医工計測技術振興財団(現・中谷財団)(2022S230)、豊田理研スカラー、ノーリツぬくもり財団(RS2408)、武田科学振興財団、小柳財団、キヤノン財団の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル

Ready-to-use cryopreservation of undifferentiated induced pluripotent stem cells (iPSCs) without detachment from culture plates using D-proline and a synthetic polymer

DOI

10.1016/j.bej.2025.110041

著者

Kenta Morita,a,b Shinya Kawasaki,a Tomoko Yashiro,a Ryoko Futai,c Chanhyon Kin,c Aito Nakahashi,c Hikaru Amo,a Yukiya Kitayama,d Takashi Aoi,c Michiyo Koyanagi-Aoi,c Tatsuo Maruyamaa,b,*

a: Department of Chemical Science and Engineering, Graduate School of Engineering, Kobe University
b: Research Center for Membrane and Film Technology, Kobe University
c: Division of Stem Cell Medicine, Graduate School of Medicine, Kobe University
d: Department of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka Metropolitan University

掲載誌

New Phytologist

報道問い合わせ先

神戸大学総務部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者

SDGs

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