
クジラやイルカなどの大型海洋動物を研究する海事科学研究科の岩田高志助教(動物生態学)は、世界中の海で調査を行ってきた。生き物にさまざまな記録計を装着してデータを収集する「バイオロギング」の手法を活用し、謎に満ちた海の動物の行動や周辺環境を明らかにしようとしている。近年は、大阪湾に生息する絶滅危惧種、スナメリの調査にも力を注いできた。研究で見えてきた海洋の現状、生態系保全の課題などを聞いた。
絶滅危惧種のスナメリは大阪湾に広く分布
大阪湾のスナメリの研究を続けていますね。始めたきっかけは?
岩田助教:
2021年に神戸大学に赴任するまで、研究フィールドはほとんど海外でした。アイスランド、ノルウェー、カナダ、タイ、亜南極のサウスジョージア島や南極などで、海生哺乳類を中心に調査をしてきました。
神戸を拠点にするにあたり、国内で調査をしようと考え、思いついたのが大阪湾のスナメリでした。関西国際空港の周辺に生息していることはある程度知られていたのですが、詳しい生態や生息状況は分かっていなかったからです。
スナメリは体長約1・5メートル、体重50~60キロ程度で、イルカの仲間の中ではかなり小型です。大阪湾では数が少ないこともあり、直接出合うのが難しい動物です。私がこれまでの調査で活用してきた「バイオロギング」は、海面に出てきたクジラなどに計測機器を付ける手法ですが、スナメリの場合はそれが困難でした。
そこで、大阪湾の100地点で採水し、水中に含まれるスナメリのDNAを季節ごとに調べる「環境DNA調査」で生息状況を調べました。水中マイクを設置し、鳴音を捉える調査も行いました。また、座礁などで死んだスナメリの胃の内容物から、食べているものを分析しました。
調査は2022年度から3年間実施し、費用確保のためのクラウドファンディングにも取り組んで多くの方に協力していただきました。

調査でどのようなことが明らかになりましたか。
岩田助教:
スナメリは明石海峡から紀淡海峡のあたりまで、広い範囲に分布している可能性が示されました。個体数は把握できませんが、大阪湾のほぼ全域での分布が確認できたのは、新たな発見でした。また、大阪湾の西側(淡路島付近)より、関西国際空港がある湾の東側に多く分布していることも、鳴音の測定から推測できました。
スナメリは浅い場所を好む傾向があるため、水深が深い湾の西側に比べ、浅い東側に多くいると考えられます。浅いところにいる理由として、スナメリが海底にいる餌生物を食べるということもあるかもしれません。胃の内容物の調査でも、底生の魚類をよく食べていることが分かりました。スナメリはいろいろなものを食べますが、動きが遅めで比較的簡単に捕獲できる生き物を餌にしているようです。
スナメリの個体群は、仙台湾~東京湾、東海地方の伊勢湾・三河湾、大阪湾を含む瀬戸内海、九州の有明海・橘湾、大村湾の5海域にいます。これまであまり明らかではなかった大阪湾の生息状況が明らかになることで、各海域との比較ができるようになり、生態系の保全にも生かせるのではないかと思います。
「食資源を守る」だけでなく「生き物の環境を守る」政策を
海外で特に印象に残っている調査は?
岩田助教:
論文を発表して反応が大きかったのは、タイのタイランド湾で行ったカツオクジラの調査ですね。立ち泳ぎをしながら餌を食べるという面白い行動をしていたのです。
一般的にカツオクジラを含むナガスクジラ科の仲間は、水中で口を開けながら小魚などの群れに突進して餌を獲る(突進採餌)ことが知られています。しかし、タイランド湾のカツオクジラは、頭を水面の上に出して口を開き、立ち泳ぎの体勢を保ったまま、餌が口内に入ってくるのを待つという行動をしていました。

タイランド湾が生活用水などで富栄養化して水中が貧酸素の状態となり、餌になる魚が水面付近にしか生息していないため、水面の餌を獲るのに立ち泳ぎ採餌が効率的であることが考えられました。
この論文を発表するまで、クジラの立ち泳ぎ採餌に関する報告はありませんでしたが、以後、他の海域でも同様の事例が報告されるようになりました。
大型動物を中心に研究する理由はありますか。
岩田助教:
生態系の上位にいる高次捕食動物を研究することで、海の生態系全体の理解につながります。また、大型の海洋動物の多くは絶滅危惧種で、今調査しなければ手遅れになる可能性があります。どこに生息し、何をどのように食べているか、といった生態を明らかにすることで、環境変動の指標にもなり、動物や海の保全方法を考えることもできます。
日本では、海洋動物を食資源として守る動きは活発ですが、生き物を取り巻く環境保全の政策は欧米に比べて遅れています。人間との共存について考え、海洋動物の保護区の設定などの政策を進める必要があると思います。そのために、基礎となる研究データの蓄積、分析が大変重要だと考えています。
バイオロギングで収集したデータが海の課題を明らかに
バイオロギングという手法は、データの収集でどのような利点がありますか。
岩田助教:
先にも触れましたが、バイオロギングは、動物にカメラや各種センサーなどの機器を装着し、その動物の行動や周辺環境を計測する手法です。大型鯨類を対象とする場合は、小型の船でクジラに近づき、長い棒の先に取り付けた機器一式(タグ)を吸盤で背中に取り付けます。タグは、数時間から1日程度で外れ、水面を漂うので、タグに搭載されている発信機の電波を頼りに回収します。

海洋動物の調査では、動物の体に付けた発信機から人工衛星を通して情報を受け取る方法(バイオテレメトリー)もありますが、それでは位置情報などの簡易なデータしか得ることができません。動物の目線での行動や採餌の様子を把握したり、海中の3次元的な情報を得たりするには、バイオロギング機器を回収する必要があります。
調査は天候に左右され、チャンスを待ちながら機器を装着したり、広い海で回収したりするのも大変な作業ですが、得られたデータは非常に貴重です。海洋ごみや汚染物質、気候変動の状況を把握するのにも役立つ可能性があります。
バイオロギングが学問分野として確立してからまだ20年ほどですが、最近は機器の小型化や動物に負荷をかけないための研究も進んでおり、活用はさらに広がっていくと思います。
今後の研究の展望や課題を教えてください。
岩田助教:
今年に入り、大阪湾に生息するイルカについて論文を発表しました。ハセイルカという種類で、水中マイクで測定した鳴音を分析したところ、冬から春にかけて集中的に出現していることが確認されました。これはノリの養殖期と重なっており、その時期に一時的に豊かになる養殖網周辺の生き物を餌としている可能性が考えられます。
今後は、バイオロギングの手法を使い、日本国内での海生哺乳類の調査を計画しています。海洋生物の調査は資金が必要で、難しい面が多々ありますが、企業との連携、共同研究も進めていきたいと考えています。CSR(企業の社会的責任)活動を考える場合、森林などの環境保全に比べ、海洋の環境保全は取り組みにくい分野だという声も聞きますが、まずはどのような連携が可能なのかを一緒に考える機会があれば、と思います。
簡単に結果が出ない研究分野で、若手研究者が少ないことも課題なので、海洋の研究の魅力を多くの人に伝えていく努力もしていきたいですね。自分が持っている経験や知識、データを提供するなど、さまざまな方法で若手研究者に協力していきたいと思います。

岩田高志助教 略歴
2006年、日本大学生物資源科学部卒業。2012年、総合研究大学院大学複合科学研究科5年一貫制博士課程修了。博士(理学)。2012年、東京海洋大学海洋観測支援センター博士研究員。2013年、東京大学大気海洋研究所特任研究員。2016年、同研究所海洋科学特定共同研究員。同年、セントアンドリュース大学(スコットランド)日本学術振興会海外特別研究員。2018年、東京大学大気海洋研究所特任研究員。2020年、同研究所海洋科学特定共同研究員。同年、笹川平和財団海洋政策研究所研究員。2021年から神戸大学大学院海事科学研究科助教。



