神戸大学大学院医学系研究科の橘吉寿准教授、久野寛人大学院生、内匠透特命教授と、生理学研究所の小林憲太准教授からなる研究グループは、チック障害モデルマウスを使用して、心と身体をつなぐ神経回路の機能異常が、チック障害の発症に関与することを明らかにしました。チック障害は、自分の意志とは関係なく、急に体が動いてしまう「運動チック」や、思わず不適切な言葉を発してしまう「音声チック」を特徴とする疾患です。多くの場合、「ムズムズする」「チックを出したい」といった不快な感覚(前駆衝動)を伴うことが知られています。このため、チック障害には、運動を司る脳の領域だけでなく、情動(注1)や感覚に関わる脳領域も関与していると考えられてきましたが、その詳細な神経メカニズムはこれまで明らかになっていませんでした。

本研究では、「視床髄板内核」と呼ばれる脳の領域が、運動に関わる脳領域と、情動や感覚の処理に関わる「島皮質」を結び付ける神経回路を形成していることを明らかにしました。さらに、チック様症状を示すモデルマウスを用いた実験において、この島皮質や視床髄板内核から島皮質に至る神経回路を化学遺伝学的手法(注2)により抑えると、チック様運動およびそれに伴う異常な脳活動が改善されることを示しました。これらの結果は、チックがどのようにして脳内で生じるのかという仕組みの理解を深めるとともに、将来的には新たな治療法や治療標的の開発に展開されることが期待されます。

この研究成果は、4月22日11時(米国東部時間)に、生命科学の国際学術誌『Cell Reports』に掲載されました。

研究の概要図 チックに関係する脳内メカニズムとして、これまで「大脳皮質-大脳基底核-視床-大脳皮質」から成る神経回路の異常が関与すると考えられてきた(左上図)。
本研究では、大脳基底核の出力部位である「黒質網様部」から「視床髄板内核」を経由して、情動や感覚の処理に関わる「島皮質」へと情報が伝達される神経回路を明らかにした(右上図)。
さらに、マウスの大脳基底核の線条体という領域にビキュキュリンという薬剤を投与してチック様症状を引き起こしたモデルを用い、この「視床髄板内核-島皮質」回路の神経活動を人工的に抑えると、チック様の動きやそれに関連する異常な脳活動が改善することを確認した(下図)。
©Cell Reports (2026) (DOI: 10.1016/j.celrep.2026.117272) (CC BY 4.0)

ポイント

  • 運動制御に深く関わる「大脳基底核」と情動や感覚処理に関連する「島皮質」をつなぐ新たな神経回路(大脳基底核-視床髄板内核-島皮質)の異常が、チック障害の発症に関与することを明らかにしました。
  • チック様症状を示すマウスにおいて、この「視床髄板内核-島皮質」神経回路の活動を人工的に抑えると、チック様の動きや関連する異常な脳活動が減少することを示し、この回路がチックの制御に重要であることを明らかにしました。
  • 本研究で明らかになった神経回路は、将来的に新たな治療法の開発など、臨床応用へとつながることが期待されます。

研究の背景

チック障害は、トゥレット症候群の主な症状として知られ、首振りや肩すくめ、また瞬きなどの素早い動きを繰り返す「運動チック」や奇声・汚言などを発する「音声チック」を呈する精神神経疾患です。多くの場合、チックの出現に先行する不快な感覚(前駆衝動)が生じることが特徴で、それらはチックの表出により一時的に解消されます。小児期に発症することが多く、大半は成長と共に軽快・消失しますが、一部は成人後も症状が持続します。チック障害(トゥレット症候群)では、社会生活を営む上で症状に苦しむケースも多く、本人にとって苦痛や不安の原因となります。また、学童期にはからかいやいじめの対象となることも多く、対人関係でも問題が生じます。さらに、強迫性障害、注意欠陥多動性障害、自閉症など、他の精神疾患との合併も多く、対応をより複雑にしています。このように、チック障害(トゥレット症候群)は精神発達や生活に深刻な悪影響を及ぼす疾患であるにも拘わらず、その病態基盤の解明や有効な治療法の確立は未だ不十分です。

近年、チック障害の病態に「大脳皮質-大脳基底核-視床-大脳皮質」から成る神経回路の異常が関与することが提唱されています。この回路は運動の制御だけでなく、意思決定などの認知機能や、情動・動機づけといった機能にも関わり、それぞれがある程度独立して情報処理されていると考えられてきました。

しかしながら、チック障害の特徴である前駆衝動や精神症状を踏まえると、単なる運動回路の異常だけでは説明が難しく、情動や感覚に関わる脳領域との相互作用が病態に重要な役割を果たしている可能性があります。そこで、本研究では、特に情動や感覚処理に関連する「島皮質」に着目して、運動回路との相互作用という観点から、チック障害の神経回路メカニズムの解明を試みました。

研究の内容

本研究では、大脳基底核の一領域である線条体運動領域にビキュキュリン(注3)という薬剤を注入して作製されるチック障害モデルマウスを使用して、神経回路基盤の解明を試みました。このモデル動物では、薬剤注入側と対側の身体部位に著明なチック様運動と、同側の運動皮質に異常な脳波スパイクが認められました。さらに、c-Fos(注4)免疫染色による脳活動マッピングを行ったところ、薬物注入と同側を中心に、運動機能および情動機能に関わる広範な脳領域でc-Fos発現の上昇がみられました。(図1)

図1 線条体ビキュキュリン投与により作製されるチックモデルマウスとc-Fosを用いた脳活動マッピング(A) 線条体の運動領域にビキュキュリンを局所投与することで、チック様運動を示すマウスモデルを作製した。脳活動は投与側の運動皮質から脳波を記録し、同時に対側前肢から筋電図を記録した。
(B, C) チックモデルマウスでは、運動皮質において脳波スパイクが観察され、そのタイミングに一致してチック様運動が出現した。
(D) c-Fos発現を指標とした脳活動マッピングを行った。その結果、チックモデルマウスでは運動領域だけでなく、辺縁系の情動関連領域を含む広範な脳領域で神経活動の上昇が認められた。
©Cell Reports (2026) (DOI: 10.1016/j.celrep.2026.117272) (CC BY 4.0)

 

本研究では、特に「島皮質」に着目して、ファイバーフォトメトリー(注5)によるカルシウムイメージング(注6)を行ったところ、運動皮質だけでなく、島皮質においてもチック様運動の発現に一致した異常な神経活動が見られました。さらにビキュキュリン注入により引き起こされた、「大脳皮質-大脳基底核-視床-大脳皮質」運動回路の異常な神経活動がどのような経路を介して島皮質まで波及したかを調べるためにウイルストレーサーを用いた解剖学的実験を行いました。その結果大脳基底核の出力核である黒質網様部から視床髄板内核を中継して、島皮質へと至る神経回路を同定しました。(図2)

図2 ファイバーフォトメトリーによる生体内神経活動記録とウイルストレーサーによる神経回路探索(A) ファイバーフォトメトリーを用いて、運動皮質および島皮質における生体内カルシウムイメージングを行った。ウイルスベクターによる遺伝子導入により、運動皮質および島皮質の神経細胞に蛍光カルシウムセンサータンパク質であるGCaMPを発現させ、光ファイバーカニューラを介して蛍光強度の変化を記録した。
(B) チックモデルマウスでは、運動皮質だけでなく両側の島皮質においても時間的に同期した神経活動が認められた。
(C) チック様運動を基準としてCaシグナルを加算平均したもの。神経活動がチック様運動と時間的に一致していることが分かる。
(D) ウイルスベクターにより蛍光タンパクを発現させ、神経の投射パターンを可視化する手法を用いた。
(E) 島皮質へ投射する神経細胞(緑)と黒質網様部からの軸索投射(赤)が視床髄板内核で共在していることを確認した。
© Cell Reports (2026) (DOI: 10.1016/j.celrep.2026.117272) (CC BY 4.0)

 

最後に、化学遺伝学的手法を用いて、視床髄板内核-島皮質回路の神経活動を人工的に抑制したところ、チック様運動やチックに関連する異常な神経活動が減少しました。(図3)

図3 化学遺伝学的手法による視床-島皮質回路の抑制

(A) ウイルスベクターを用いて、島皮質あるいは視床-島皮質経路に抑制性DREADDを発現させた。3回の実験のうち、2回目のみ抑制性DREADDを活性化させるCNOを投与することで神経活動を人工的に抑制した。
(B) 島皮質を抑制すると、チック様運動の回数と強度がともに減少した(左)。視床-島皮質経路を抑制することで、チック様運動の回数には影響がなかったが、強度は減少した(右)。
(C) 視床-島皮質経路の抑制と、ファイバーフォトメトリーによる神経活動記録を同時に行った。
(D) 視床-島皮質経路の抑制により、対側の島皮質の神経活動には変化が認められなかったが、注入側の運動皮質および島皮質ではチックに関連した神経活動の低下が認められた。

©Cell Reports (2026) (DOI: 10.1016/j.celrep.2026.117272) (CC BY 4.0)

以上の結果により、線条体へのビキュキュリン局所注入によって生じた異常な神経活動は、大脳基底核出力核から視床髄板内核を介して島皮質へと伝達され、チック様運動の発現に寄与することが明らかとなりました。今回同定した神経回路は、これまでチック障害(トゥレット症候群)において報告されていなかった新たな神経回路です。さらに、本回路は、運動領域と辺縁系領域をつなぐ神経回路として、チック障害(トゥレット症候群)のみならず、様々な精神神経疾患とも関連している可能性があり、重要な知見です。

今後の展開

本研究の成果は、今後の研究や医療応用に向けて大きな可能性を持っています。近年、難治性トゥレット症候群に対する深部脳刺激療法(注7)の有効性が報告されていますが、視床髄板内核はその治療標的の一つとされています。一方で、深部脳刺激療法は侵襲的な治療法で合併症リスクなども高く、より侵襲の低い代替治療法の開発には、詳細な神経回路基盤の理解が不可欠です。本研究で同定した「大脳基底核-視床髄板内核-島皮質」神経回路は、深部脳刺激療法が治療効果を示す機序の一端となっている可能性があり、より回路特異的で低侵襲な治療法の開発につながることが期待されます。

用語解説

(注1)情動

喜びや悲しみ、不安、怒りなどの感情に伴って生じる心と身体の状態の変化のこと。主観的な感覚だけでなく、自律神経(心拍や発汗など)や行動の変化を含む統合的な反応で、外界からの刺激や内的状態に応じて引き起こされる。

(注2)化学遺伝学的手法

DREADD法とも呼ばれる。遺伝子工学を用いて人工的なアセチルコリン受容体を発現させ、その受容体にのみ作用する薬剤(CNO)を投与することで、特定の神経細胞の活動を選択的に活性化または抑制する実験手法。本研究では抑制性DREADD(hM4Di)を神経細胞に発現させ、CNOを投与することで、特定の神経回路の活動を抑制した。

(注3)ビキュキュリン

抑制性神経伝達物質であるGABAの受容体阻害薬。本薬剤を特定の脳領域に局所投与することで、抑制性の入力が阻害されて、投与された領域で神経活動が過剰に高まる。

(注4)c-Fos

神経活動や細胞刺激に反応して急速かつ一過性に発現するタンパク質。神経科学領域では、神経活動を可視化するマーカーとしてよく用いられる。

(注5)ファイバーフォトメトリー

動物の生体に光ファイバーを埋め込み、その光ファイバーを通して、標的部位の蛍光強度をリアルタイムで記録する手法。蛍光の変化は神経活動の強さに応じて変化するため、生きた状態で神経活動の変動を連続的に測定することが可能。

(注6)カルシウムイメージング

蛍光センサーなどを用いて、カルシウムイオン濃度をリアルタイムに可視化・記録する手法。神経細胞が活動電位を生じると、細胞内カルシウム濃度が一過性に上昇することを利用して、神経活動を計測することができる。

(注7)深部脳刺激療法

脳の特定の領域に刺激電極を植え込み、電気刺激を行うことで、神経活動を変化させ、神経疾患・精神疾患を改善する治療法。

謝辞

本研究は、日本学術振興会・科学研究費助成事業(科研費)(JP18K06852, JP22K19732, JP24H00422, JP 24K02339 , JP 24H00620)、大樹生命厚生財団、はばたく次世代異分野共創研究プロジェクト、日本医療研究開発機構(AMED)(JP23wm0625001)のサポートを受けて行われました。

論文情報

タイトル

“Intralaminar thalamus relays basal ganglia output to the insular cortex to drive tic generation

DOI

10.1016/j.celrep.2026.117272

著者

久野 寛人1、辻󠄀 奈津美1、小林 憲太2,3、内匠 透1,4、橘 吉寿1,5

1 神戸大学大学院医学研究科 生理学分野 
2 生理学研究所 ウイルスベクター開発室 
3 総合研究大学院大学 先端学術院・生理科学コース 
4 神戸大学大学院医学系研究科 精神医学分野 生物学的精神医学部門 
5 神戸大学大学院医学系研究科 病態解析学領域 病態代謝学分野

掲載誌 

Cell Reports

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者

SDGs

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