神戸大学大学院農学研究科の木田森丸助教(当時。現:准教授)らと、滋賀県琵琶湖環境科学研究センター総合解析部門の山口保彦主任研究員ら、京都大学化学研究所の岡嵜友輔助教、京都大学生存圏研究所の西村裕志特定准教授の研究グループは、琵琶湖の深層(低温・無光環境)において、有機物と微生物の量や組成が互いに連動して変化する関係(共変動)が表層よりもはるかに明瞭に現れることを、分子レベルかつ時系列観測により初めて明らかにしました。
湖水中には数千種におよぶ細菌と、数十万種類の有機分子が存在していますが、それらがどのように関係しているのかは、特に琵琶湖のような大水深湖の深層においては、これまでほとんど分かっていませんでした。本研究では、こうした膨大で複雑な有機物と微生物を分子レベルの高解像度で網羅的に同時に捉え、その関係性を解析しました。その結果、深層では特定の有機分子群と細菌類群が一貫して対応し変化する明確な構造が存在し、有機物と微生物の関係がより強く安定していることが明らかになりました。
本成果は、湖の深層というこれまで十分に調べられてこなかった環境において、有機物と微生物の関係の実態を初めて明確に示したものであり、水圏における物質循環や生態系の理解を前進させるものです。
本研究成果は、4月27日13時30分(日本時間)に国際学術誌Limnology and Oceanographyに掲載されました。

©木田森丸(CC BY-NC)
ポイント
- 湖の深層において、有機物と微生物の関係を高解像度で解析した初めての研究である。
- 深層では有機物と微生物の関係が表層より強く、安定した構造を形成することを発見した。
- 炭素循環に加え、生物の成長に欠かせない栄養塩の再生やエネルギーの流れなど、生態系機能の理解を前進させる成果であり、気候変動に伴う水環境の変化がこれらの機能に与える影響の予測にも貢献すると期待される。
研究の背景
湖や海には「溶存有機物※1」と呼ばれる膨大な炭素が存在し、その量は大気中の二酸化炭素に匹敵します。この溶存有機物は、微生物によって分解・再生されることで水圏における炭素循環や物質循環を支えています。さらに、有機物と微生物の関係は、単なる炭素のやり取りにとどまらず、栄養塩の再生、エネルギーの流れ、微生物群集の形成といった、生態系の基本的な機能にも深く関わっています。溶存有機物は、少なくとも数十万種類の分子からなる極めて複雑な混合物であり、その分子レベルでの組成を把握することが、生態系の機能や物質循環の理解の促進につながります。
一方で、湖の深層は水体積の大部分を占める重要な領域であり、物質の蓄積や変換が進む場でもあります。例えば、深層では有機物の分解に伴って栄養塩が再生・蓄積され、これが循環することで表層の植物プランクトンの生産を支えています。また、近年では温暖化に伴う成層の強化により深層の貧酸素化が進行し、水質や生態系への影響が懸念されています。
しかし、こうした重要な役割を持つにもかかわらず、深層は採水の難しさなどから研究例が限られており、有機物と微生物の関係がどのように成立し、時間的にどのように維持されるのかは十分に理解されていませんでした。特に、有機物を分子レベルで解析しながら、微生物群集と同時に追跡した研究は極めて限られていました。
研究の内容
本研究では、琵琶湖の表層(水深5m付近)と深層(水深60–85m)を対象に、約9か月にわたり毎月観測を実施しました。フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計※2という超高分解能の質量分析計を用いることで、溶存有機物を数千種類の分子式として網羅的に捉える「環境メタボローム解析」を実施しました。これにより、有機物の複雑な構成を分子式レベルで可視化し、その変化を詳細に追跡することが可能となりました。さらに、細菌類については16S rRNA遺伝子解析※3により群集構造を明らかにし、これらのデータを統合的に解析しました。この際、これらのデータは割合(相対量)として得られるため、従来の相関解析では見かけの関係(偽相関等)が生じやすいという課題があります。本研究ではこの問題を解決するため、割合データに特有の性質を考慮する「組成データ解析※4」を用いて、有機物と微生物の関係を統合的に評価しました。これにより、成分間の比に基づいた解析が可能となり、より実質的な関係を抽出することができました。
その結果、深層では有機物と微生物の間に強く安定した対応関係が存在し、約1700種類の分子式と特定の細菌群が対応する構造を形成していることが明らかになりました(図2)。また、窒素を多く含む分子や酸化された分子が、深層に特徴的な細菌群と対応することも示されました。一方、表層ではこうした関係は弱く、より変動的であることが分かりました。
これらの結果は、深層の安定した環境において、有機物と微生物の関係が時間的に維持され、構造化された関係として存在していることを明確に示すものです。

Kida et al. Limnology and Oceanography (2026)をもとに改変。©木田森丸(CC BY-NC)。
今後の展開
本研究は、水圏の深層における有機物と微生物の関係を、分子レベルでかつ時間的に捉える新しい枠組みを提示しました。この知見は、湖沼や海洋における炭素循環の精密な理解をはじめ、栄養塩再生やエネルギーの流れといった生態系機能の解明に貢献すると期待されます。また、湖の深層における物質の蓄積や変換の実態を明らかにすることで、水環境の変化に対する応答を理解するための基盤となることが期待されます。さらに、本研究のアプローチは湖だけでなく、海洋や河川など、さまざまな水環境への応用が可能です。
用語解説
※1 溶存有機物(DOM)
天然水中に溶けて存在する有機物の総称。一般には、0.45μm孔径程度(マイクロメートルは100万分の1メートル)のろ紙を通過する有機物画分として定義される。微生物の栄養源となり、水圏炭素循環の中心的役割を担う。
※2 フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計(FT-ICR MS)
有機物を分子レベルで網羅的に解析できる超高分解能の質量分析計。
※3 16S rRNA遺伝子解析(16S rRNA gene amplicon sequencing)
細菌類(原核生物)が共通して持つ「16S rRNA遺伝子」というDNA配列を調べることで、水中の細菌類群集の構成を明らかにする手法。
※4 組成データ解析(Compositional data analysis)
データが「割合(合計が一定)」として表される場合に、その制約を考慮して解析する統計手法。相対的な比の関係に基づいてデータを評価することで、見かけの相関や誤った解釈を避けることができる。
参考文献:
Kida et al (2026) Reframing natural organic matter research through compositional data analysis
https://doi.org/10.3389/fenvs.2026.1724142
謝辞
本研究は、JSPS科学研究費助成事業JP22H03733/JP23K24987(研究代表者・木田森丸)、JP22K15182(研究代表者・岡嵜友輔)、 JP21H03584(研究代表者・山口保彦)、JP22H03723/JP23K24977(研究代表者・布施泰朗)、 JP22H00382(研究代表者・中野伸一)およびJST創発的研究支援事業JPMJFR231C(研究代表者・木田森丸)、JPMJFR2273(研究代表者・岡嵜友輔)の助成を受けたものです。
本研究は、JST創発的研究支援事業における京都大学の岡嵜友輔助教による微生物研究プロジェクトとの連携のもとで実施されました。
フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計は京都大学生存圏研究所先進素材開発解析システム(ADAM)共同利用・共同研究によって提供されました。
論文情報
タイトル
DOI
10.1002/lno.70374
著者
Morimaru Kida, Ayuri Ohira, Yusuke Okazaki, Yasuhiko T. Yamaguchi, Akiko S. Goto, Kazuhide Hayakawa, Hiroshi Nishimura
掲載誌
Limnology and Oceanography
報道問い合わせ先
神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)



