
ウェアラブルデバイス(身に着けられる電子機器)で、人々の生活をより良いものにしたい-。工学研究科の大西鮎美准教授は、そんな目標に向かって研究を続けている。今、取り組んでいるのは、人間の疲労を検知し、視覚や聴覚などの五感をサポートする機器の開発だ。2022年には、科学技術誌・MITテクノロジーレビュー(日本版)が若手研究者らを表彰する「Innovators Under 35 Japan」(イノベーターズ・アンダー35・ジャパン)の1人にも選ばれ、注目を集めている。研究の現状や展望、ウェアラブルデバイスの可能性について聞いた。
常に人の状態を把握し、サポートできる
ウェアラブルデバイスの研究に関心を持ったきっかけは?
大西准教授
神戸大学工学部に入学し、3年生の後半にいくつかの研究室を見学したのですが、その時、今所属している塚本・寺田(塚本昌彦教授・寺田努教授)研究室に興味を持ったのがきっかけです。スタジオや運動機器があり、ウェアラブルデバイスなどを使って人間の動きを計測しているところが面白いと感じました。
私は子どものころからテニスをしていて、高校時代は物理や数学も好きでした。テニスの技術や上達方法について、物理の法則などをもとに考えることもあったので、こういう分野にひかれたのだと思います。
学部生時代は、会議に参加している人のうなずきを、頭に装着したセンサーで計測し、会議内容の構成要素を分析する研究をしていました。その後、大学院に進学したのですが、農業IoT(さまざまなものとインターネットをつなぐ技術)に関心を持っていたこともあり、修士課程の2年間は環境学系の研究をしていました。そして、博士課程で再び工学系に戻り、ウェアラブルデバイスの研究を本格的に始めました。
そもそもウェアラブルデバイスとはどのようなものを指し、どんな特徴があるのでしょうか。
大西准教授
今、多くの人が使っている腕時計型のスマートウォッチなどは、代表的なウェアラブルデバイスですね。眼鏡のように装着し、デジタル情報を見たり撮影ができたりするスマートグラスもどんどん進化しています。耳につけて音声情報などを得るヒアラブルデバイスも、ウェアラブルデバイスの一種です。いずれも、最近は見た目がかなり自然になって装着性も高まっていると思います。
スマートフォンやパソコンと違い、ずっと身に着けていられるので、常時人をサポートしたり、長時間にわたって装着者の情報を蓄積できたりするのが特徴です。今後は、人間の心身の状況が一日の中でどう変化するのか、といったことも詳しく把握できるようになるかもしれません。今まで分からなかったことが明らかになり、医療などさまざまな分野で役立てられる可能性もあります。
人間の疲労、五感の拡張を研究

現在取り組んでいる研究について教えてください。
大西准教授
主に、ウェアラブルデバイスを使ったセンシング(センサーで情報を計測して数値化・分析する技術)で人の行動を認識する研究に取り組んでいます。単純な行動ではなく、人間に関する高度な情報を認識するような研究をしています。
中でも力を入れているのが、人間の疲労、五感の拡張についての研究です。ウェアラブルデバイスを使い、疲労そのものを計測することに加え、疲れに伴って変化する五感をどうサポートするか、ということを考えています。疲労によって低下した能力を元の状態に戻したり、元よりさらに高めたりすることも含めて「拡張」と言っています。
視覚の例でいうと、疲労によって何らかの変化を感じる人は多いと思います。ただ、目の能力も視力、視野、明暗順応などさまざまです。それらをどう計測し、どうすれば適切なサポートができるかを探る必要があります。日常生活の中で視覚がどのように変化しているかは、未知の部分もあるので、まずはウェアラブルデバイスを使い、変化の状態を明らかにしていかなければなりません。
今は、電圧をかけて度数を調整できるレンズを用いた眼鏡なども開発されているので、そういうものを個人の状況に合わせてどう適切に変化させるか、といったことも研究課題です。また、明暗順応で目が慣れるまでの回復時間をどう早めるかという点や、まばたきを適切なタイミングで促すような仕組みも考えてきました。人の疲労の状態、周辺の環境の両方をデバイスが把握し、最適なサポートにつなげることを目指しています。
視覚以外の五感についてはどのような研究を?
大西准教授
実は、「疲労時五感」の研究を思いついたきっかけは聴覚でした。自分は、疲れているときに話しかけられた際、何度も聞き返すことがあると気付いたんです。日常生活のなかで、音は聞こえているけれど内容を理解できていない状態がどれくらいあるのか、そもそも聞こえ方が変わるのか、ということはまだ明らかになっていないので、今も研究中です。
今、多くの人が利用しているイヤホンや補聴器は、周囲の環境に合わせて音量を自動的に制御できるようになっています。そうした外的要因に対応する制御だけでなく、疲労など本人の状態を考慮する機器が必要だと思います。
ウェアラブルデバイスのさまざまな計測値から人の疲労度を推定することは、「高度なコンテキスト(文脈・状況)の認識」にあたりますが、認識の対象としては、人の興味度、集中状態、ストレス状態などさまざまなものが考えられます。センサーの開発なども含め、試行錯誤を繰り返しながら研究を進めていきたいと思います。
ウェアラブルデバイスの装着が及ぼす未知の影響も探る
ウェアラブルデバイスの進化による問題、デメリットはないのでしょうか。
大西准教授
ウェアラブルデバイスの装着が人間に及ぼす影響は、重要なテーマです。例えば、狭くなった視野を拡張できるデバイスを使用する場合、装着すること自体で人間にどのような影響があるのか、現状では十分にはわかっていません。そのような課題についても研究を進めています。今後は、ウェアラブルデバイスの装着に関するガイドラインの作成も考えていこうとしています。
プライバシーの保護、悪用の防止という観点も重要です。カメラの機能が付いた眼鏡型のデバイスは、一見すると普通の眼鏡と区別がつきにくくなっています。そのデバイスが撮影したり取り込んだりする情報について、周囲の人々の個人情報を取らないようにデータ取得をする仕組みも必要になってきます。

疲労時五感の研究と合わせ、「スマートシューズ」の研究も注目されていますね。
大西准教授
ウェアラブルデバイスを使用する際、大きなネックとなるのが電源供給で、その課題を克服しようと開発したものです。このシューズは着地の衝撃によって発電するので、充電が不要です。私たちの研究室の寺田教授を中心とし、パナソニック、アシックスとの共同研究で取り組んできました。
このシューズを使うと、歩くだけで路面の種別などを調べることができます。実社会での活用にはまだ至っていませんが、リアルタイムのバリアフリーマップ作製など、いろいろな利用方法が考えられ、関心を持っていただくことも多いですね。
このシューズを長時間履くことで、歩き方の変化の把握など、さまざまな計測もできるかもしれません。どんなニーズに対応できるか、今後も考えていきたいと思います。
AIとの組み合わせで人々の生活を支える可能性も
ウェアラブルデバイスは今後、どのように発展していくと思いますか。
大西准教授
わずか十数年でスマートフォンが一般的になったように、ウェアラブルデバイスもさらに活用が広がるかもしれません。急速に進化しているAI(人工知能)と組み合わせ、人々の生活をサポートする可能性も十分考えられます。
私たちの研究室でももちろん、AIとの組み合わせはテーマになっています。AIを使うと、人とデバイスのやり取りがスムーズになり、センサーだけでは検出しにくい周囲の状況を把握したり、より高度な対応ができるようになったりすると思います。
研究室でアイデアを出し合うとき、私たちはまず日常生活の困りごとから考える場合が多いので、ウェアラブルデバイスとAIの活用でさまざまな困りごとの解決を目指していきたいと考えています。
今後取り組みたい研究、活動は?
大西准教授
疲労と五感拡張に関する研究は、今後も力を入れていきます。人間の現在の状態だけでなく、「これからどうなるか」までを分析し、対策を促すようなウェアラブルデバイスも開発したいと考えています。例えば、少し先に起こりそうな心身の変化を推定し、早めに気分転換を勧めるような仕組みもあり得るかもしれません。
五感については、視覚と聴覚を組み合わせる研究や、嗅覚の計測・サポートにも関心があります。匂いのセンシング、嗅覚の拡張は難しいテーマですが、これまで計測できなかったものを計測し、人間について理解を深めることで、学術的な蓄積、ひいては社会への貢献につながるのではないかと思います。
神戸大学は異分野共創研究が盛んで、私自身も看護分野の研究者と連携しています。現在は、浮腫(むくみ)を計測するウェアラブルデバイスの開発などに取り組んでいます。こうした共創によって、研究の幅が広がると実感しています。神戸大学の研究環境は自由な雰囲気があり、短期的な課題だけでなく、少し先を見据えたテーマに取り組めるところがありがたいですね。
個人的には、大学院生時代から週末に農作業に取り組んでおり、農業と自分の研究を結びつけたいという漠然とした思いがあります。農業が持つ良さを失わずに、作業のつらい部分を減らす取り組みができないか、といったことを考えています。これはウェアラブルデバイスというテーマに限定せず、広く考えていきたいと思います。
大西鮎美准教授 略歴
2014年、神戸大学工学部卒。2016年、東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了(環境学)。2019年、神戸大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。同年、同研究科特命助教、2020年、助教。2025年10月から准教授。


