なぜ生物の種類が豊かな場所と、そうでない場所があるのか?これは未だ解決していない生態学の大きな謎です。神戸大学大学院理学研究科の永野裕大 研究員と辻かおる 准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の夏目佳枝 研究員(兼 自然環境研究センター研究員)、スタンフォード大学生物学科・地球システム科学科の深見理 教授の研究グループは、生物がある場所に移動してくる「分散」の役割に注目し、この謎に挑みました。しかし、生物の分散を直接調べるのは難しいという問題があります。

そこで研究グループは、花の蜜の中に生息している微生物に注目しました。微生物は、花が咲いた直後は蜜の中におらず、花を訪れる昆虫に付着して花の蜜へ運ばれてきます。そのため花を訪れる昆虫を観察すれば、微生物の分散を調べることができます。野外での観察と実験の結果、昆虫が花を訪れる頻度が低すぎても高すぎても微生物の多様性は低く、中程度で最大になることを発見しました。さらに昆虫が花を訪れる頻度は、森林に囲まれている場所ほど高いことも明らかにしました。本研究は、周辺環境が昆虫を介して微生物の分散を決めることで、微生物の多様性が場所ごとに異なるという新たな生態学的プロセスを示したものです。

この研究成果は、10月6日に、『Ecology』に掲載されました。

🄫永野裕大・夏目佳枝(CC BY) 

ポイント

  • 花の蜜の中には微生物が棲んでおり、微生物は主に花を訪れる昆虫によって運ばれてくるため、花の蜜は生物の移動(分散)によって生物多様性係が形成される仕組みを調べやすい「天然の実験生態系」です。
  • 微生物の多様性は昆虫が花を訪れる頻度が中程度のときに最大となり、その頻度は森林に囲まれている場所ほど高いことを明らかにしました。
  • 周辺環境が昆虫を介して微生物の分散と多様性を決めるという新たな生態学的プロセスを解明した本成果は、ある場所の生物多様性が形成される仕組みの理解を深めるものです。

研究の背景

なぜ生物の種類が豊かな場所と、そうでない場所があるのか?これは生態学における古くて新しい課題です。この生物の多様性を決める要因の1つとして、生物がある場所に移動してくる「分散」の役割が挙げられます。これまでの理論では、分散が少ないと新しい種が入ってこられず、逆に分散が多すぎると競争に強い種が優占して他の種を排除してしまうため、分散が中程度のときに多様性が最も高くなると考えられてきました。そのため、この分散の頻度を決める要因が注目され、生物ごとの移動能力の違いに加えて、移動のしやすさなど、生息地周辺の環境の影響が調べられてきました。

これまでは、自身で移動する生物もしくは雨や風などの物理的な力で運ばれる生物が対象となってきました。この場合は、分散の頻度は生息地の間の距離などによって決まります。一方、他の生物に付着することで便乗して運ばれる生物も多くいます。例えば、有蹄類に運ばれる草本や、鳥類に運ばれる魚類、ネズミ類に運ばれる菌類などです。このような生物の分散の頻度は、運び手の個体数や行動によって決まると考えられます。そのため、運び手の個体数や行動が周辺環境に応じて変化する場合、便乗する生物の分散の頻度も、運び手を介して間接的に周辺環境から影響を受けるはずです。しかし、このような関係はほとんど未解明で、環境と分散の頻度、生物多様性の関係性の理解は不十分でした。

そこで研究グループは、花の蜜の中に棲んでいる微生物、特に細菌類に注目しました。細菌類は、花が咲いた直後には蜜の中に棲んでおらず、主に花を訪れる昆虫に付着して運ばれてくるため、花を訪れる昆虫を観察すれば、細菌類の分散を調べることができます。また昆虫が花を訪れる頻度は、森林や草地などの周辺の自然環境に応じて異なることが知られていました。そのため、花の蜜は、周辺環境と分散の頻度、多様性の関係を調べやすい「天然の実験生態系(マイクロコズム)」だと言えます。

研究の内容

本研究では、長野県上伊那郡飯島町で栽培されているソバの花の蜜の細菌類を対象としました(図1)。飯島町では、ほぼ全てのソバ畑で同様の方法でソバが栽培されているため畑内の環境は類似していますが、農地や宅地、森林が入り組んだモザイク状の里山的環境であるため周辺の自然環境は畑ごとに異なります。この「自然の実験場」とも言える飯島町のソバ畑13ヶ所で、2020年9月に野外観察と野外実験を行いました。

まず昆虫がソバの花へ訪れる頻度(訪花頻度)と、ソバ畑の周辺環境(半径50~300m)との関係を調べました。その結果、半径200m内の森林縁(森林と開放環境との境界)が長いほど、昆虫の訪花頻度が多いことがわかりました(図2左)。また訪花頻度が多いほど花の蜜の消費量も多く、訪花頻度が細菌類の分散の頻度の指標となりうることも確かめられました。

次に、ソバの花の蜜を採集し、細菌類の多様性(DNA配列に基づく分類群の数)と昆虫の訪花頻度の関係を、野外観察と野外実験で調べました。野外観察の結果では、細菌類の多様性は、訪花頻度が低すぎても高すぎても低く、中程度の訪花頻度で最大になることがわかりました(図2中央)。この傾向は、花1つ単位でも、ソバ畑単位でも共通していました。

野外実験では、ソバの花序に袋をかけて昆虫を排除し、訪花頻度を実験的に操作しました。処理は(1)紙袋(全昆虫を排除)と(2)0.4mmメッシュの細かい目の袋(ダニやアザミウマなどは訪花可能)、(3)4.5mmメッシュの粗い目の袋(アリや小型ハナアブなどは訪花可能)、(4)袋なしの4つで、訪花頻度は紙袋<0.4mmメッシュ袋<4.5mmメッシュ袋<袋なしの順番に高くなります。この実験でも、野外観察と同様に、花1つ単位とソバ畑単位でも、訪花頻度が中程度になる4.5mmメッシュの袋をかけた処理で、細菌類の多様性が最大になっていました(図2右)。なお処理ごとにソバの花へ訪れることができる昆虫は体サイズで操作されていますが、処理間で見られる細菌類の組成に大きな違いはみられず、多様性の違いは昆虫の種類ではなく訪花頻度の違いによるものと考えられます。

以上から、ソバ畑を取り囲む半径200m内の自然環境が、花を訪れる昆虫を介して細菌類の分散の頻度を決めることで、半径3mmのソバの花の蜜に棲んでいる細菌類の多様性を形成するという、新たな生態学的プロセスが明らかになりました。

では、なぜ細菌類の多様性は、訪花頻度が中程度のときに最大になったのでしょうか?既存の理論では、分散の頻度が高いときに生じる競争排除が、中程度の分散の頻度で多様性が最大になる主なメカニズムとされています。しかし、ソバの花一つ一つは1日しか開花しないため、競争排除が強く働くには時間が短すぎる可能性があります。そこで、昆虫が細菌類を花の蜜へ運んでくる過程を整理してみました。昆虫は花を訪れることで細菌類を運び込みますが(移入)、蜜を吸うときに同時に細菌類も持ち出します。この吸蜜に伴った持ち去りが多ければ、ある花からある細菌類が絶滅してしまうと考えました。つまり、昆虫による分散の頻度が低いうちは新しい種の移入が増え、分散に伴い多様性が高くなりますが、さらに分散の頻度が高くなると、新たに移入する種数は頭打ちになる一方で、吸蜜に伴う細菌類の絶滅が急激に増え、多様性は低下していくと考えられます(図3)。この仕組みは花の蜜に棲む細菌類に限った現象ではなく、運ばれる生物やその生息地が、運び手が消費できる資源である場合に広く当てはまる可能性があります。

図1 長野県上伊那郡飯島町のソバ畑 ©深見理(CC BY) 
図2 森林の縁の長さと昆虫、昆虫と細菌類の関係 ©永野裕大・深見理・夏目佳枝(CC BY) 
図3 分散の頻度が中程度で多様性が最大になるメカニズムの仮説を表す概念図 ©永野裕大・深見理・夏目佳枝(CC BY) 

今後の展開

本研究で注目した「他の種に便乗した分散」は、自身もしくは物理的な力による分散に比べると、研究が進んでいませんが、さまざまな生物で広く見られる現象です。こうした他の種に便乗した分散をさらに研究することは、分散が生物多様性にいかにして影響するかの理解をより一層深めると考えられます。

謝辞

本研究は、飯島町役場及び株式会社本郷農産、株式会社田切農産、アグリネイチャーいいじま、ソバ畑所有者の方々、ならびに齋藤久夫さん、宮下直さん、出戸秀典さん、葉雁華さん、滝久智さんのご指導とご協力のもとに遂行できました。また、本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「農地の花蜜内微生物が訪花昆虫を介して結実にあたえる影響の環境依存性」(課題番号:24K01777、研究代表者:深見理)及び科学技術振興機構(JST)戦略的な研究開発の推進/創発的研究支援事業「生物多様性に関する新分野「多様性輪環学」の創生」(課題番号:JPMJFR2247、研究代表者:辻かおる)、スタンフォード大学「the Stanford Doerr School of Sustainability Discovery Grants」の支援を受けて行われました。

論文情報

タイトル

"Diversity of vector-dispersed microbes peaks at a landscape-defined intermediate rate of dispersal"

DOI

10.1002/ecy.70535

著者

Yuta Nagano, Kae Natsume, Tadashi Fukami, and Kaoru Tsuji

掲載誌

Ecology

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者