神戸大学先端バイオ工学研究センターの蓮沼誠久教授、田中謙也准教授らと株式会社島津製作所の共同研究グループは、微生物の培養から試料採取、細胞内の代謝反応の停止、遠心分離、代謝物の抽出、分析用プレートへの分注までを一体化した、世界初の自動メタボローム解析システムを開発しました。

メタボローム解析※1は、細胞内にある糖、アミノ酸、エネルギー関連物質などをまとめて測り、その細胞がどのような状態にあるかを調べる技術です。しかし、これらの物質は数秒単位で変化するため、試料を採取してから処理するまでのわずかな時間差が、測定結果に影響します。従来は多くの工程を人が行っていたため、多数の試料を同じ条件で処理することが課題でした。

今回開発した装置は、あらかじめ設定した時刻に培養液を自動で採取し、冷却した溶液と混ぜて代謝反応を止めた後、細胞の回収と代謝物の抽出を自動で行います。試料はバーコードで管理され、液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC–MS/MS※2)で測定できる状態まで調製されます。夜間や早朝を含め、設定した時刻に間欠的なサンプリングと前処理を行い、多数の試料を連続して処理できます。また、カメラ画像、光学センサー、バーコードを組み合わせた多重チェックにより、各工程の状態と試料IDを確認・記録します。クエンチング※3後の自動試料調製工程における測定値のばらつきは平均8.8%であり、分析装置で繰り返し測定した場合の6.9%に対して、自動処理による増加は1.9ポイントにとどまりました。

さらに、研究や物質生産で広く使われている4種類の大腸菌を調べたところ、同じ大腸菌であっても、株ごとに代謝物の変化の仕方が明確に異なることが分かりました。本システムにより、増殖速度だけでは分からない細胞内部の違いを、培養の進行に沿って捉えることが可能になります。本システムはNEDOスマートセルプロジェクトで構築した「DBTL型スマートセル開発拠点」に搭載されています。

本成果は、微生物を利用して化学品や有用物質を生産する「バイオものづくり」において、目的に適した微生物株の選定や、生産条件の最適化を迅速化する基盤技術になると期待されます。

本研究成果は、2026年10月19日付で、米国化学会が発行する分析化学分野の国際学術誌『Analytical Chemistry』の表紙(Front Cover)に選出されました。

ポイント

  • 微生物の培養から試料採取、代謝停止、細胞回収、代謝物抽出、分析用プレートへの分注までを一体化した世界初の自動システムを開発しました。
  • クエンチング後の自動試料調製工程では、平均のばらつきを9%未満に抑え、多数の試料を一定の手順で処理できました。
  • 4種類の大腸菌を時系列で解析し、増殖の様子だけでは分からない、株ごとの代謝の違いを明確に捉えました。

研究の背景

微生物は、医薬品原料、食品素材、燃料、化学品など、さまざまな有用物質の生産に利用されています。より優れた生産菌を開発するためには、細胞内でどの物質が作られ、どの物質が不足しているかを正確に知る必要があります。

細胞内の糖やアミノ酸など、多数の小さな分子をまとめて調べる方法が「メタボローム解析※1」です。遺伝子やタンパク質の情報と比べ、メタボロームは細胞の実際の活動状態をより直接的に反映します。

一方、細胞内の代謝物の中には、環境の変化に応じて数秒以内に量が変わるものがあります。このため、培養液を採取した後、直ちに代謝反応を停止させ、同じ手順と時間で細胞を処理しなければなりません。

これまでは、試料の採取、冷却、遠心分離、上澄み液の除去、抽出液の添加などを人が行うことが多く、作業者や試料数による時間差が避けられませんでした。特に、培養中の変化を何度も追跡する時系列解析では、多数の試料を短時間で均一に処理することが大きな課題でした。夜間や早朝の採取時刻にも熟練者が待機する必要があり、多数の試料を扱うほど人員面の負担も大きくなっていました。

これまで研究グループが必要とする一連の機能を備えた先行装置はありませんでした。そこで、熟練者が経験的に行っていた操作を工程ごとに言語化し、装置が実行できるプロトコルと判定基準に置き換えるところから開発を始めました。

研究内容

A.培養から代謝物抽出までを一つのシステムに統合
研究グループは、複数の培養槽と自動試料調製装置を組み合わせ、次の工程を連続して行うシステムを開発しました(図1)。装置全体を一から設計し、サンプリング、クエンチング、冷却遠心、液体除去、チューブ搬送、分注、加熱しながらの振とう・撹拌抽出などを担うユニットと、それらを制御するソフトウェアを新たに開発・統合しました。

  1. 微生物の培養状態を温度、pH、溶存酸素などで管理する
  2. 設定した時刻に培養液を自動採取する
  3. 冷却した溶液と混ぜ、細胞内の代謝反応を停止させる
  4. 冷却した状態で遠心分離し、細胞を沈殿させる
  5. 細胞の沈殿を乱さないように上澄み液を除去する
  6. 抽出液を加え、加熱・撹拌して細胞内の代謝物を取り出す
  7. 得られた試料を分析用の96ウェルプレートに分注する

 

培養液は、培養槽から約13秒で代謝反応停止用のチューブに到達します。各試料にはバーコードが付けられ、培養槽、採取時刻、処理工程、分析用プレート上の位置が自動的にひも付けられます。これにより、試料の取り違えを防ぐとともに、どの試料が、いつ、どのように処理されたかを確認できます。

さらに、カメラ画像による工程監視、光学センサーによる細胞沈殿の再懸濁確認、バーコードによる試料照合を組み合わせた独自の多重チェック機構を搭載しました。温度、装置動作、画像、試料IDが記録されるため、処理が正しく行われたかを後から確認できます。夜間・早朝を含む長時間の培養でも、装置が間欠的な試料採取と前処理を継続します。多数の試料を順次処理し、96ウェルプレートに集約できるため、多検体処理に対応します。

図1 開発した自動メタボローム解析システム 複数の培養槽から試料を採取し、代謝反応の停止、細胞の回収、代謝物の抽出、分析用プレートへの分注までを自動で行います。Tanaka et al., Analytical Chemistry(2026)のFigure 1を日本語化・改変。©田中謙也, CC BY

B.自動処理によるばらつきを平均9%未満に抑制
研究グループは、自動試料調製が測定結果にどの程度のばらつき(変動係数※4)を加えるかを調べました。

同じ抽出液を分析装置で8回測定した場合、76種類の測定対象物質の平均的なばらつきは6.9%でした。一方、同じ培養液から得た8本の試料を、クエンチング後にそれぞれ自動処理した場合のばらつきは8.8%でした。

自動処理による増加は1.9ポイントにとどまり、平均のばらつきは9%未満でした。この結果は、自動装置を用いても、再現性の高い試料調製が可能であることを示しています。

C.大腸菌の株ごとに異なる「代謝の動き」を可視化
開発したシステムを用いて、研究や産業でよく利用される4種類の大腸菌を、培養開始から19時間まで継続的に調べました。

その結果、細胞の増え方が似ている時点でも、細胞内の糖、アミノ酸、エネルギー関連物質の量や変化の仕方は、株ごとに大きく異なっていました。例えば、W株では一部のアミノ酸が比較的多く、C株では糖の代謝やテルペン類の合成につながる経路の中間物質に特徴的な変化が見られました(図2)。

この結果は、微生物を物質生産に利用する際、増殖の速さだけでなく、細胞内部の代謝状態を直接比較することが重要であることを示しています。

図2 4種類の大腸菌で異なる代謝物の変化 同じ条件で培養した大腸菌でも、細胞内外の代謝物の変化は株ごとに異なりました。Tanaka et al., Analytical Chemistry(2026)のFigure 3のデータをもとに、研究グループが再構成。©田中謙也, CC BY

今後の展開

今回開発したシステムにより、多数の培養条件や微生物株について、培養中の代謝変化を同じ手順で繰り返し測定できるようになります。

夜間を含む自動運転と多検体処理により、研究者の待機や手作業を減らし、従来は人員面から難しかった高密度な時系列解析を実施しやすくなります。また、熟練者の操作をプロトコル化したことで、作業者に依存しにくい試料調製の標準化にもつながります。

今後は、医薬品原料、食品素材、バイオ燃料、化学品などの生産に適した微生物を選ぶ際に、本システムを活用することが期待されます。また、目的物質の生産量が低下する原因や、代謝経路のどこに滞りがあるかを調べ、遺伝子改変や培養条件の改善につなげることができます。

さらに、試料の処理時間や温度、試料IDなどを記録できるため、研究者や研究機関が異なる場合でも、比較可能なメタボロームデータを取得するための標準化技術としての展開も期待されます。これにより、微生物の設計、作製、評価、改良を繰り返すバイオものづくりの研究開発期間の短縮に貢献します。

用語解説

※1 メタボローム/メタボローム解析
細胞や生体試料に含まれる糖、アミノ酸、有機酸、核酸関連物質などの低分子化合物の集まりを「メタボローム」と呼びます。これらをまとめて測定し、細胞の状態や反応を調べる方法がメタボローム解析です。

※2 LC–MS/MS
液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析法の略称です。試料中の多数の化合物を分離し、それぞれの種類と量を高感度に測定する分析方法です。

※3 クエンチング
試料を採取した直後に低温の溶液などと混ぜ、細胞内の代謝反応を速やかに止める操作です。採取後も代謝反応が続くと、実際の細胞内とは異なる測定結果になるため、メタボローム解析では重要な工程です。

※4 変動係数(CV)
測定値のばらつきを平均値に対する割合で示した数値です。一般に、値が小さいほど測定や試料調製の再現性が高いことを示します。

謝辞

本研究は、NEDOプロジェクト「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」(プロジェクトコード:P16009、スマートセルプロジェクト)および日本学術振興会「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」(課題番号:JPJS00420230009)の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

"Automated quenching and extraction for high-precision metabolomics uncovers distinct metabolome trajectories across Escherichia coli lineages"

DOI

10.1021/acs.analchem.6c01820

著者

Kenya Tanaka, Takahiro Bamba, Musashi Takenaka, Yoshimi Hori, Takanobu Yoshida, Mami Matsuda, Akihiko Kondo, Yoshihiro Hayakawa, Tomohisa Hasunuma

掲載誌

Analytical Chemistry

報道問い合わせ先

神戸大学企画部広報課
E-Mail:ppr-kouhoushitsu[at]office.kobe-u.ac.jp(※ [at] を @ に変更してください)

研究者