兵庫県と神戸大学大学院医学研究科附属感染症センター臨床ウイルス学分野の森康子教授らの研究グループは、独自に同定した新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する中和抗体*1MO1について研究し、中和抗体MO1が様々な変異株*2に対しても有効であることを示してきました。今回の研究では、中和抗体MO1が様々な変異株に対して作用するメカニズムを解明するために、公益財団法人 高輝度光科学研究センターとの共同研究によりMO1の抗原エピトープをSPring-8のクライオ電子顕微鏡を用いて決定しました。さらに一般財団法人 阪大微生物病研究会との共同研究により、ハムスターを用いた動物実験を実施し、生体内でのMO1の有効性について明らかにしました。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)*3の原因であるSARS-CoV-2は変異によって宿主免疫から逃避することが知られています。同研究グループはSARS-CoV-2に感染歴がありCOVID-19 mRNAワクチン*4を2回接種した人が変異株にも有効な抗体を多く持つ傾向があることに着目し、そういった人の免疫細胞の遺伝子を基にヒトモノクローナル抗体*5を作製してきました。中和抗体MO1はこれらヒトモノクローナル抗体の中でも特に有効性が高く、初期に流行した従来株(D614G)や、デルタ株、オミクロンBA.1株、BA.1.1株、BA.2株、BA.2.75株、そして日本でも感染拡大したBA.5株に対しても高い中和活性を示します。

本研究では抗体MO1がウイルスの感染に重要なスパイクタンパク質*6を抗原として結合する様式について、クライオ電子顕微鏡*7での解析を進めました。その結果、MO1がスパイクタンパク質の変異を有さない高度に保存された領域を中心に認識している様子が明らかとなりました。さらに、ハムスターにオミクロンBA.5株を感染させる動物実験では、事前にMO1を投与することでウイルスの増殖を阻止することを示し、その有効性を明らかにしました。

感染やワクチン接種によって、スパイクタンパク質に対する免疫応答が繰り返し起こることで、幅広い変異株にも有効な中和抗体が産生されることを示してきましたが、エピトープ解析を行うことによって、その機序が明らかとなりました。

この研究成果は国際学術誌「Journal of Virology」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を引き起こす新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は変異し続けることでその性質を変化させ、現在でも世界中で流行しています。
  • オミクロンと呼ばれる変異株は、感染に重要なスパイクタンパク質に多数の変異を持ち、特にオミクロンBA.5株は日本でも2022年の7月から第7波と第8波の流行を引き起こし、従来の抗体医薬や、ワクチンおよび感染によって獲得された免疫に対して高い抵抗性を持つことが報告されています。
  • 本研究では初期のウイルスに感染し、回復後に2回のCOVID-19 mRNAワクチンを接種した人が有効性の高い中和抗体を保有していることに注目し、そういった人の免疫細胞の遺伝子から抗体を作製することで、オミクロンBA.5株を含む様々な変異株にも有効なヒトモノクローナル抗体MO1を見いだしました。
  • クライオ電子顕微鏡解析の結果、抗体MO1が標的抗原であるスパイクタンパク質上で、オミクロンBA.5株を含む多くの変異株の間で共通している部分に結合することが明らかとなりました。
  • 中和抗体MO1はハムスター体内でオミクロンBA.5株の増殖を抑える作用があることが示されました。

研究の背景

新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) による新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行は2023年5月時点でも世界中で続いており、これまでに7億6千万以上の感染例が報告され、690万人以上が亡くなっています。流行の長期化には変異ウイルスの出現が大きく影響しており、2022年11月から現れたオミクロンと呼ばれる変異株は世界中で爆発的に広がり、さらなる変異を繰り返すことで日本でも度重なる大流行を引き起こしました。日本で2022年1月から起こった第6波では、オミクロンBA.1株、BA.1.1株およびBA.2株と呼ばれる変異株が流行し、さらに2022年7月から起こった第7波、第8波ではBA.5と呼ばれる変異株が猛威を振るいました。

図1 SARS-CoV-2ウイルスとスパイクタンパク質

オミクロンと呼ばれる変異株では特にSARS-CoV-2の感染において重要な働きを持つスパイクタンパク質の中に30か所を超える変異が生じており、ワクチンや感染によって得られた中和抗体から逃避していることが知られています。一方で、同研究グループが兵庫県との連携によって兵庫県立加古川医療センターとの共同研究として行った調査では、初期のウイルス感染から回復した後にmRNAワクチンを接種した患者さんでは、オミクロンBA.1株に対しても有効な中和抗体が多く産生されていることが示されていました。 (倉橋、森、他 Journal of Infectious Diseases 2022年10月)。そういった中和抗体は従来のウイルスとオミクロン以降のウイルスで共通している部分を標的としていることが予想されました。

そこで先行研究において、オミクロンBA.1株にも中和抗体を多く持つ3名の血液から免疫細胞を分離し、それらの抗体遺伝子から、オミクロンBA.1株にも有効な3種のヒトモノクローナル抗体を得ました (図2)。中でもMO1と名付けられた中和抗体は、BA.5株の変異を有するスパイクタンパク質にも結合することができ、オミクロン以前の変異株を含めて、様々な変異株に強い中和活性を持っていました。今回の研究では、中和抗体MO1が様々な変異株に対しても有効な理由を解明するために、公益財団法人 高輝度光科学研究センターとの共同研究により抗体MO1が抗原を認識する様式をクライオ電子顕微鏡を用いて調べました。さらに一般財団法人 阪大微生物病研究会との共同研究により、ハムスターを用いた動物実験を実施し、生体内でのMO1の有効性について解析しました。

図2 ヒト免疫細胞から中和抗体MO1の同定に成功した

研究の内容

図3 クライオ電子顕微鏡解析で明らかとなった抗体の結合様式

抗体MO1の中で標的抗原であるスパイクタンパク質に結合する部分を取り出し、オミクロンBA.1株のアミノ酸配列を持つスパイクタンパク質と混合させることで抗体-抗原複合体を調製しました。これを試料として、クライオ電子顕微鏡解析で様々な角度から撮影し、それらの撮影像を統合することで三次元立体構造を再構築しました。その結果、抗体MO1分子がスパイクタンパク質分子の受容体結合ドメイン (Receptor Binding Domain; RBD) に結合している様子を明らかとすることができました (図3)。

抗体MO1が標的抗原をどの様に認識しているかを調べたところ、標的であるスパイク抗原上で変異が集中している部分を避けて、変異のない部分を中心に認識していることがわかりました (図4)。このことは中和抗体MO1がオミクロンBA.1株、BA.1.1株、BA.2株、BA.2.75株、そしてBA.5株といった日本を含め世界で広く流行した変異株に対して、従来株やデルタ株と言った以前のウイルスと同等の中和活性を示す理由を説明できるものです。

また抗体MO1の結合部位は、米国で使用されていたベブテロビマブや日本でも承認された抗体医薬の構成成分シルガビマブが標的とする部位と一部重複があったものの、実質的に異なる形で認識していました (図5)。

図4 抗体MO1はオミクロンBA.5株などでの変異部位を避けて結合していた
図5 抗体MO1はシルガビマブやベブテロビマブと一部重複する部位に結合しているが独自の結合様式を持つ

抗体MO1の生体内での働きを調べるために、ハムスターの感染実験モデルを用いて抗体MO1がSARS-CoV-2 BA.5株の感染抑制について評価を行いました (図6)。通常、ハムスターにBA.5株のウイルスを感染させると肺および鼻腔内でウイルス増殖と体重減少が観察されます。しかし、MO1を投与後にウイルスを感染させた群では、コントロール投与群と比較して肺および鼻腔内のウイルス増殖の抑制、体重減少の抑制が示されました。

図6 ハムスターを用いたオミクロンBA.5株に対する抗体MO1の抗ウイルス活性評価

まとめ

本研究により中和抗体MO1が動物体内でもオミクロンBA.5株においても有効性を発揮することが示されました。複数の変異株にも広く有効であるメカニズムとして、MO1が変異株間での共通した箇所を認識しているためであることが示されました。初期に流行したウイルス感染や、複数回のmRNAワクチン接種に応答して産生された抗体中に、MO1のようにウイルスの共通部分を認識するものが誘導されており、それが新規変異株をも中和できる根拠であることを見いだしました。

用語解説

※1 中和抗体
抗体は病原体に対抗して体内で作られるタンパク質で、いわゆる“免疫”として、感染症から免れるために貢献します。中和抗体はその中でも病原体の感染を阻止する活性があるもので、感染の予防や症状の緩和に重要な役割を持っています。
※2 変異株
ウイルスは感染・増殖する際に遺伝子に変異が起こります。特に免疫回避能をもつウイルスは変異株として新たに流行を引き起こします。
※3 COVID-19
いわゆる新型コロナウイルス感染症。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされ、一般的には飛沫感染や接触感染で感染すると考えられています。
※4 COVID-19 mRNAワクチン
新型コロナウイルスに対するワクチンで、SARS-CoV-2のスパイク遺伝子を体内に導入することで、免疫反応を誘導し、感染の予防や症状の緩和に重要な役割を持っています。スパイクタンパク質に対する抗体は、ウイルスによる細胞侵入を阻害し得るため、mRNAワクチンは、スパイクタンパク質を体内で発現するように設計されています。
※5 ヒトモノクローナル抗体
抗体を産生するB細胞は、クローンと呼ばれる系統ごとに独自の異なる抗体を産生します。モノクローナル抗体は一種のB細胞がもつ独自の抗体を単離したもので、一般的に抗体医薬としてはモノクローナル抗体が使用されます。
※6 スパイクタンパク質
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス粒子に存在する突起を構成し、標的細胞への結合を担っています。
※7 クライオ電子顕微鏡解析
分子の立体構造を解明する方法のひとつで、極低温下で電子線によって様々な方向を向いた分子の形を電子線透過像として撮影し、莫大な数の像を総合的に解釈することで、三次元の立体構造を明らかにすることができます。近年の高度なクライオ電子顕微鏡解析では分子を構成するそれぞれの原子の位置関係を見分けられるほどの高分解能で立体構造決定が可能です。

謝辞

本研究は兵庫県の支援を受けて実施されました。また公益財団法人 小林財団の研究助成の支援を受けて実施されました。SPring-8のクライオ電子顕微鏡解析については国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) 生命科学・創薬研究支援基盤事業 (Basis for Supporting Innovative Drug Discovery and Life Science Research: BINDS) の支援を受けて実施されました (課題番号JP22ama121001)。

論文情報

タイトル
Identification and Analysis of Monoclonal Antibodies with Neutralizing Activity against Diverse SARS-CoV-2 Variants
DOI
10.1128/jvi.00286-23
著者
Hanako Ishimaru1, Mitsuhiro Nishimura1, Lidya Handayani Tjan1, Silvia Sutandhio1, Maria Istiqomah Marini1, Gema Barlian Effendi1, Hideki Shigematsu2, Koji Kato2, Natsumi Hasegawa1, Kaito Aoki1, Yukiya Kurahashi1, Koichi Furukawa1, Mai Shinohara1, Tomoka Nakamura1, Jun Arii1, Tatsuya Nagano3, Sachiko Nakamura4, Shigeru Sano5, Sachiyo Iwata6, Shinya Okamura7, Yasuko Mori1

1. 神戸大学大学院医学研究科 附属感染症センター 臨床ウイルス学分野
2. 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 構造生物学推進室
3. 神戸大学大学院医学研究科 内科学講座・呼吸器内科学分野
4. 兵庫県立加古川医療センター 総合内科
5. 兵庫県立加古川医療センター 救命救急センター
6. 兵庫県立加古川医療センター 循環器内科
7. 一般財団法人 阪大微生物病研究会

掲載誌
Journal of Virology

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