手稲渓仁会病院不育症・ゲノム医療センター長の山田秀人 (大阪大学招聘教授)、神戸大学大学院医学研究科の谷村憲司准教授 (産科婦人科学分野)、藤岡一路講師 (小児科学分野) 、および、日本大学医学部の森岡一朗教授 (小児科学系小児科学分野) らの研究グループは、症状が明らかな先天性サイトメガロウイルス感染症に対して、胎児期から免疫グロブリン製剤を使った胎児治療を受け、さらに、生まれた後にも抗ウイルス薬による新生児治療を受けた子供の方が、新生児治療のみを受けた子供よりも重い後遺症を残す割合が減ることを世界で初めて明らかにしました。

今後、先天性サイトメガロウイルス感染症の重い後遺症に苦しむ子供の数を減らせるのではないかと期待されます。

この研究成果は、米国科学雑誌『Journal of Reproductive Immunology』で2020年12月16日にpre-proofが、2021年1月8日にfinal versionがオンライン掲載されました。

ポイント

  • サイトメガロウイルスは胎児に感染を起こし、子供に難聴、精神や運動の発達障害などの重い後遺症を残す原因となる。特に、先天性サイトメガロウイルス感染症による症状を持って生まれてきた赤ちゃんの9割に重い後遺症が残ると言われる。
  • 先天性サイトメガロウイルス感染症の症状を持って生まれてきた赤ちゃんに対して、早いうちに抗ウイルス薬を使った新生児治療を行えば、難聴や精神発達の遅れが改善できることが分かってきた。
  • 胎児期にすでに先天性サイトメガロウイルス感染症が診断されている胎児に対する治療 (胎児治療) の試みに関するいくつかの報告はあるが確立された胎児治療法はない。
  • 今まで、先天性サイトメガロウイルス感染症の赤ちゃんに対して胎児治療と新生児治療を一貫して行うことの有効性について調べた研究はなかった。
  • 本研究チームは、胎児治療と新生児治療の組み合わせは、新生児治療のみよりも先天性サイトメガロウイルス感染症の子供の後遺症を軽減できる可能性を世界で初めて示した。

研究の背景

サイトメガロウイルス (CMV) は胎児に感染して、その子供に難聴、精神や運動の発達障害といった重い後遺症を残す先天性CMV感染症を引き起こすことがあります。日本でも年間1000人の先天性CMV感染症の赤ちゃんが生まれていると推定されており、大きな問題となっています。特に胎児発育不全 (※1) 、小頭症 (※2) 、脳室拡大 (※3) 、肝腫大 (※4) 、胸水や腹水 (※5) などの先天性CMV感染症に特徴的な症状をもって生まれてきた赤ちゃんの9割に難聴、精神や運動の発達障害などの重い後遺症が残ると言われます。

近年、先天性CMV感染症に特徴的な症状をもって生まれてきた赤ちゃん (症候性感染児) にバルガンシクロビルという抗ウイルス薬を使った新生児治療を行うことで、難聴だけでなく、精神や運動の発達の遅れが軽くなることが分かってきており、日本でも、この新生児治療を保険診療として行えるように治験が行われています。

一方、赤ちゃんがお母さんの子宮の中にいる胎児期に、胎児超音波検査などによって明らかな症状をもった先天性CMV感染症 (症候性感染) に罹っていることが診断される場合があります。このような症例は、生まれてから先天性CMV感染症と診断できる赤ちゃんよりもずっと重症であることが簡単に想像されます。これまでに、免疫グロブリン製剤 (※6) という血液製剤を症候性の先天性CMV感染症と診断された胎児のお母さんの血管内、羊水の中、へその緒の血管内や胎児のお腹の中に注入したり、バラシクロビルというヘルペスウイルスに対する抗ウイルス薬を妊婦さんに内服させたりする胎児治療の効果についての報告があります。しかし、これらの報告では、先天性CMV感染症の明らかな症状がない (無症候性) 胎児や非常に軽い症状しか持たない胎児も治療対象になっており、我々が期待する重症の先天性CMV感染症の胎児に有効かということについては明確な答えは得られていません。そのため、残念ながら先天性CMV感染症に対する確立した胎児治療がないのが現状です。

山田秀人らは、1996年に世界で初めての症候性の先天性CMV感染症の免疫グロブリン胎児治療を実施しました (J Perinatol 1998)。その後、多施設共同研究によって、12症例の免疫グロブリン胎児治療の有効性を報告しました (J Reprod Immunol 2012)。しかし、これまでは胎児治療のみ、新生児治療のみの効果を別個に調べた報告しかなく、胎児治療と新生児治療を組み合わせた場合の効果について調べた報告は世界的にみても存在しませんでした。

そこで、本研究チームは症候性の先天性CMV感染症に対する免疫グロブリン製剤を用いた胎児治療と抗ウイルス薬による新生児治療を一貫して行うことで先天性CMV感染症に罹った子供の後遺症を軽くすることができるかどうかを世界で初めて調べました。

研究の内容

私たちは、神戸大学医学部附属病院 (以下、神戸大学病院) において、妊婦とその夫に対し、治療に関する十分な説明を行い、同意をもらった上で胎児治療や新生児治療を実施しました。

胎児期の先天性CMV感染症は、胎児超音波検査で先天性CMV感染症に特徴的な症状があり、かつ、妊婦のお腹に針を刺して取ってきた羊水をPCR検査で調べてCMVが羊水の中にいることを証明することで診断しました。妊婦とその夫が希望した場合、免疫グロブリン製剤を胎児のお腹の中に注入する方法 (腹腔内投与) 、もしくは、妊婦の血管の中に注入する方法 (母体静脈内投与) による胎児治療を行いました。胎児治療の効果が認められれば治療を続け、効果が認められなければ、早く新生児治療を行う目的で、在胎32週以上、かつ、胎児の体重が1200g以上になった時点で出産を考慮しました。胎児治療を受けて生まれてきた全ての赤ちゃんに超音波検査、CT検査、聴性脳幹反応検査 (※7) 、眼底検査などの詳しい検査を行いました。その結果、先天性CMV感染症の症状があり、かつ、赤ちゃんのおしっこをPCR検査で調べてCMVが陽性であれば、バルガンシクロビルというCMVに効き目のある抗ウイルス薬を赤ちゃんに内服させる新生児治療を行いました。先天性CMV感染症の症状がない場合には、PCR検査陽性であっても新生児治療は行いませんでした。

一方、よその病院で生まれてから先天性CMV感染症と診断されて神戸大学病院の小児科に搬送されてきた場合、胎児期に診断が付いていたものの妊婦とその夫が胎児治療を希望しなかった場合や早産してしまい胎児治療が間に合わなかった場合には、結果的に新生児治療のみを受けることなりました。また、神戸大学病院といくつかの関連病院では、生まれた赤ちゃん全員に対しておしっこのPCR検査を行い、先天性CMV感染がないかを漏れなく調べており、そこではじめて先天性CMV感染が判明し、詳しい検査によって症状が見つかった場合も同様に新生児治療のみを受けることになりました。

本研究チームは、神戸大学病院で胎児治療と新生児治療の両方もしくは胎児治療のみを受けたグループ (胎児治療群) と新生児治療のみを受けたグループ (新生児治療のみ群) の子供たちを長期間フォローアップしました。そして、1歳半と3歳になった時点での難聴の有無、難聴があれば片耳だけか両耳か、神経系の異常がないかを調べるための診察や発達指数 (※8) によって、子供たちの神経学的予後を正常、軽い後遺症、重い後遺症の3つに分類し、胎児治療群と新生児治療のみ群との間で予後に差があるかを調べました。

2009~2019年の10年間に15症例が胎児治療を受けました。胎児治療によって胎児発育不全だった6例中4例で胎児の体重増加を認め、1例で脳室拡大と肝腫大が消え、1例で腹水が一時的に消えました。また、7例で羊水の中のCMVの量が減る、もしくは、消え、1例で腹水中のCMVが消えました。残念ながら、2例は大量の腹水や胸水に圧迫されて肺が育たず、呼吸ができないために生まれてすぐに死亡してしまいました。逆に、1例は、生まれた後に調べた尿のPCR検査は陽性でしたが胎児期にあった脳室拡大と肝腫大が消え、症状がなかったために新生児治療は行われませんでした。この3例以外の12症例は胎児治療と新生児治療の両方を受けていました。一方、同じ期間に新生児治療のみを受けた赤ちゃんは19症例いましたが、うち、1例は在胎24週の超早産児であったために、残念ながら生後約1ヶ月で死亡し、新生児治療を完遂することはできませんでした。

子供たちの長期的な神経学的予後を比べる際に、死亡したり、まだ1歳半に満たなかったり、両親が診察を拒否したりしたなどの理由で1歳半の発達評価ができなかった子供たち (胎児治療群で4例、新生児治療のみ群で3例) 、および、新生児治療のみ群のうち、網脈絡膜炎 (※9) という目の症状だけの赤ちゃん2例は、そもそも、胎児期には診断できず、胎児治療の対象になり得ないため、最終的な解析からは除外しました。

その結果、1歳半もしくは3歳時の発達が正常だった子の割合は、胎児治療群45.5% (11人中5人) に対し新生児治療のみ群21.4% (14人中3人) で、胎児治療群で高いものの、統計学的に有意な差があるまでにはいたりませんでした。一方、重い後遺症を持つ子供の割合は、胎児治療群18.2% (11人中2人) に対し新生児治療のみ群64.3% (14人中9人) であり、胎児治療群で統計学的にも有意に低いことが分かりました (図)。

図. 胎児治療群と新生児治療のみ群の神経学的予後の比較

今後の展開

生まれた後に診断できる先天性CMV感染症の赤ちゃんより、胎児期から診断されるような先天性CMV感染症の赤ちゃんの方がより重症であることは容易に想像できます。今回の本研究チームの研究は、先天性CMV感染症と診断された胎児に対し、免疫グロブリン製剤を用いた胎児治療と生まれた後に抗ウイルス薬による新生児治療を行うことで長期的な神経学的予後を改善できる可能性を世界で初めて示しました。

今後の課題として、薬などを使った治療法の有効性を証明するには二重盲検試験 (※10) などが必要になるが、胎児期からすでに先天性CMV感染症であることが分かっている症例に対して治療を行わなければ予後が悪くなることが明らかなため、プラセボを使用することは倫理的に許されないことや、また、今回の胎児治療は、臨床研究に関する法律が新しく制定された後は、自費診療として行われており、そのような費用面の問題もあります。

今回の研究成果がきっかけとなり、先天性CMV感染症に対する免疫グロブリン製剤やそれ以外の薬剤を用いた胎児治療法についての研究が進み、保険診療として認可され、この病気の後遺症に苦しむ子供の数が減ることが期待されます。

用語解説

※1 胎児発育不全
胎児の推定体重が在胎週数の標準よりも小さい状態。ウイルス感染、染色体の異常、胎盤の働きが悪いなど、原因はさまざま。
※2 小頭症
CMVが脳を障害するために頭が通常よりも小さくなっている状態。
※3 脳室拡大
CMVが脳を障害するために脳の組織が小さくなり、相対的に脳の中の髄液がたまる脳室という空間が通常よりも広がっている状態。
※4 肝腫大
CMVが肝臓に炎症を起こして通常よりも肝臓が腫れあがっている状態。
※5 胸水や腹水
CMVが肝臓を障害し、低たんぱく血症になるなどして、胸やお腹の空間に水がたまった状態。
※6 免疫グロブリン製剤
病原体から私たちのからだを守る抗体をたくさん含んだ血液製剤のこと。本研究の胎児治療では、特にCMVに対する攻撃力の高い抗体がより多く含まれたものを使用した。
※7 聴性脳幹反応検査
検査を受ける人に、ある一定の音を聞かせ、脳幹が反応して出る電気信号を波形として記録することで耳が聞こえているかを調べる検査。
※8 発達指数
子供の発達の基準を数値化したもの。いろいろな評価法があるが、本研究では新版K式発達検査という検査法を使用した。
※9 網脈絡膜炎
眼球の奥にある網膜や脈絡膜と呼ばれる膜に炎症が生じた状態で、視力低下の原因となる。
※10 二重盲検試験
効果を確かめたい薬などが投与される群と効果のないプラセボが投与される対照群を医師にも患者にも不明にしておいて、2つの群での症状の軽快率などを比較し、薬の効果を検証する治験方法の一種。

論文情報

タイトル
Immunoglobulin fetal therapy and neonatal therapy with antiviral drugs improve neurological outcome of infants with symptomatic congenital cytomegalovirus infection
DOI
10.1016/j.jri.2020.103263
著者
Kenji Tanimura, Yutoku Shi, Akiko Uchida, Mizuki Uenaka, Hitomi Imafuku, Toshihiko Ikuta, Kazumichi Fujioka, Ichiro Morioka, Masashi Deguchi, Toshio Minematsu, and Hideto Yamada
掲載誌
Journal of Reproductive Immunology

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研究者

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