神戸大学大学院理学研究科の田中達也・上田るい (大学院生) と佐藤拓哉 准教授からなる研究グループは、養魚場で育てられたアマゴ (サケ科魚類) の稚魚が、自然河川に放流された場合に、そのほとんどが降海型のサツキマスにはならないことを明らかにしました。

サツキマスは、かつては西日本の河川における水産重要魚でしたが、近年激減しています。本研究の結果は、今後のサツキマス資源管理における放流事業の在り方や河川環境整備の方法に重要な示唆を与えるものです。

この研究成果は、1月13日に、英科学誌「Biology Letters」に掲載されました。

ポイント

  • サケ科魚類のアマゴ Oncorhynchus masou ishikawaeでは、1歳になる秋に、ある体長 (閾値サイズ) よりも大きく成長できた魚がスモルト化*1して、降海型のサツキマスになる。
  • 養魚場のアマゴを養魚場と同様の環境で飼育すると、秋には高い頻度で閾値サイズを超える大きさに成長して、スモルト化した。
  • 養魚場のアマゴを0歳の初夏に自然河川に放流したところ、秋に閾値サイズを超えるまで成長した魚はわずかであり、結果としてほとんどスモルト化しなかった。
  • 自然河川に放流された養魚場のアマゴ稚魚は、そのほとんどが降海型のサツキマスにはならない可能性が明らかになった。

研究の背景

生物の種内に多様な生き方が維持されることは、その種が長期的に存続したり、我々人間が生物資源を持続的に利用したりする上で非常に重要です。種内に維持される多様な生き方の一つとして、生息地を移動する“移住 (渡り・回遊) ”が知られています。

例えばサケ科魚類の多くは、1つの種の中に、河川から海へと移住し、成長後再び河川へと戻る降海型と一生を河川で過ごす残留型という2つの生き方が維持されています。しかし近年、海と川のつながりの消失等によって、降海型のサケ科魚類は急速に減少しています。そこで毎年、世界中の河川において、漁業資源の回復や保全を目的として膨大な数の養魚場由来のサケ科魚類が放流されています。

放流された魚が海へ移住する準備 (スモルト化) をしている場合、放流事業が降海型の増加にある程度貢献する事が知られています。一方、放流事業ではスモルト化をする前の稚魚も大量に放流されており、そういった稚魚が自然河川においてどれくらいの割合で降海型になるのかはほとんど分かっていませんでした。

研究対象と研究目的

日本に生息するサケ科魚類のアマゴでは、川から海に移住する降海型のサツキマスと、一生を河川で過ごす残留型のアマゴの両方が出現します (図1) 。

図1. 残留型のアマゴ (a)、スモルト化個体 (b)、およびスモルト化個体が海に下って大きく成長した降海型のサツキマス (c)

しかし近年、サツキマスは、ダムや堰堤による海洋と河川の分断などにより、分布域の全域から急速に減少しています。そのため、高い頻度でサツキマスになるアマゴを養魚場で生産して放流することで、自然河川のサツキマス個体数を回復する試みが一部でなされています。

アマゴでは、1歳になる秋に、ある体長 (閾値サイズ) よりも大きく成長できた個体がスモルト化して降海型のサツキマスになります。一方、あまり成長できなかった個体は河川で一生を過ごす残留型になります。

養魚場由来の魚は、自然河川ではうまく餌をとることができないなどの理由で、一般的に成長が遅くなることが報告されていました。そこで、養魚場環境では高い頻度でスモルト化するアマゴであっても、スモルト化前に自然河川に放流された場合には、成長が遅いために秋に閾値サイズを超えられず、スモルト化しないのではないかという予測を立てました。

図2. 養魚場と自然河川それぞれにおけるアマゴ稚魚の成長とスモルト化頻度に関する予測

高成長が可能な養魚場では高い頻度でスモルト化するが (左図)、自然河川では低成長によりほとんどスモルト化しない (右図)。

研究の内容

この予測を検証するために、和歌山県の有田川流域上流の自然河川 (7河川10区間) において、高い頻度でサツキマスになる2つの養魚場のアマゴを、スモルト化前の初夏に放流し、同じ年の秋に体長とスモルト化率を調べました (図3)。また、この放流に用いたアマゴを養魚場と同様の餌環境の下で飼育して、スモルト化率とスモルト化の閾値サイズを調べました。

図3. アマゴを放流した河川の様子 (左) と電気漁具によるアマゴの捕獲調査 (右)
図4.飼育環境と自然河川それぞれにおいてアマゴ稚魚が選択した生活史タイプの割合

早熟雄とは、生活史初期の成長率が非常に高く、1歳になる秋に繁殖に参加する雄であり、残留型に含まれる。

放流実験の結果、秋に自然河川で再捕獲された放流アマゴのうち、スモルト化していたのは320個体中1個体のみでした (0.3%) (図4)。これに対して、養魚場と同様の環境で飼育する実験では、スモルト化率は、養魚場-K由来の魚ではメスで64%、オスで17%、および養魚場-T由来の魚ではメスで75%、オス33%と非常に高くなっていました (図4)。

図5.飼育環境下での秋 (10月) の体長とスモルト化確率の関係 (a, b)、および自然河川で再捕獲されたアマゴの体サイズ組成 (c, d)

(a) と (b) において、縦の破線は、スモルト化確率が50%になると予測される体サイズ (=閾値サイズ) を示している。

飼育実験下でのスモルト化個体の閾値サイズを調べたところ、養魚場-K由来ではメスで124mm、オス162mm、および養魚場-T由来ではメスで108mm、オス119mmとなっていました (図5a, b)。自然河川に放流されたアマゴ稚魚において、それぞれの養魚場由来のメスの閾値サイズを超える成長をしていたのは、同じ放流区間で再捕獲された304個体中8個体のみでした (図5c, d)。

以上の結果から、放流されたほぼすべての個体が、自然河川での低成長によって閾値サイズを超えられず、スモルト化しなかったことが強く示唆されました。

今後の展開

本研究は、養魚場では降海型と残留型の両方が維持されているアマゴでも、スモルト化前に自然河川に放流された場合、ほとんどの個体が降海型にはなっていないという事を示しました。この研究結果は、稚魚期の大量放流がサツキマス資源の維持や回復に貢献しにくいことを示唆します。

しかし、養魚場環境を自然河川の環境と近づけて飼育することで、河川への放流後もよく成長できる魚を作りだせる可能性があります。また、河川やその周辺の森林の環境を維持・回復することで、自然河川での魚の成長を高めることができれば、降海型になる魚を今より増やせるかもしれません。現在、養魚場のアマゴが、自然河川においてもよりよく成長し、降海型になれる環境を明らかにする野外実験を実施しています。それと同時に、もとより放流に頼らず、サツキマスが生息できる河川を取り戻す方法についても模索していく予定です。

用語解説

※1 スモルト化
サケ科魚類において、海 (または湖) に下る事を決めた個体に現れる体形・体色・生理状態の変化。肥満度が低くなってスレンダーに、体側が銀白色に、尾ビレ・背ビレの先端が黒色になる。

謝辞

本研究の一部は、 (公財) 旭硝子財団 環境フィールド研究 近藤記念グラント、およびパタゴニア環境助成金の助成を得て実施しました。

論文情報

タイトル
Captive-bred populations of a partially migratory salmonid fish are unlikely to maintain migratory polymorphism in natural habitats
DOI
10.1098/rsbl.2020.0324
著者
Tatsuya Tanaka, Rui Ueda and Takuya Sato
掲載誌
Biology Letters

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