森林は人間に様々な恩恵、つまり生態系サービス※1 を与えてくれますが、日本の林業はここ数十年にわたって不振が続き、住民の「山離れ」が進んでいます。

そうした中、総合地球環境学研究所(地球研)を中心とした研究チームは、それぞれが幸福だと考え感じる程度を測る「主観的幸福度」という指標に着目。住民の森林関連活動が森林に関する主観的幸福度にどのような影響を与えるかを調べ、どうすれば住民と森林とのつながりを回復することができるか、その方策を探りました。

研究チームが2018年3月に滋賀県野洲川上流域で行ったアンケート調査の結果を解析したところ、農業・林業への従事、動植物観察、森林管理は、幸福度を高める傾向がみられた一方、森林所有は森林に関わる幸福度を低下させる傾向がみられました。その理由は、森林の資産価値が低下し、森林管理の負担感が大きくなっていることであると推測されます。今後、こうした解析結果に基づいた施策を講じることにより、森林とのつながりを回復できる可能性が考えられます。

本成果は、2019年度に終了した地球研プロジェクト「生物多様性が駆動する栄養循環と流域圏社会-生態システムの健全性」における研究結果をまとめたもので、2021年6月26日付けで「日本森林学会誌」(オンライン版)に掲載されました。

研究の背景と課題

主観的幸福度については、ブータンで国民総幸福(Gross National Happiness)が政策指標の一つとして用いられていることが有名ですが、経済協力開発機構(OECD)加盟26か国でも主観的幸福データの収集がなされるなど世界的に関心が高まっています。そうした中で「自然とのつながり」と主観的幸福度の関係も注目されるようになっており、「生態系サービス」を人々の主観的幸福度に基づいて評価することも提唱されています。

日本においても、自然とのつながりと主観的幸福度の関係が重視されるようになっています。特に、国土の約3分の2を占める森林については、長期の林業不振により住民の「山離れ」が進行しています。一方で、住民に限らず多くの人々が、森林セラピー、森林でのアスレチック活動、ソロキャンプなどを通じて森林との関わりを深めつつあり、林野庁や滋賀県もこうした活動を支援しています。このような状況から見て、人々と森林の関わりが主観的幸福度にどのように影響するかを調べることは、住民と森林との健全な関係を構築するのに役立つと考えられます。

研究の目的

そのような背景から、滋賀県立大学・環境科学部の高橋卓也教授(元・地球研共同研究員、資源経済学)、京都大学・こころの未来研究センターの内田由紀子教授(地球研共同研究員、社会心理学)、早稲田大学・人間科学学術院の石橋弘之助教(元・地球研研究員、環境社会学)、地球研の奥田昇客員教授(神戸大学・内海域環境教育研究センター・集水域生態系研究分野・教授)ら、生態学、心理学、社会学、経済学の研究者からなる多分野共同研究チームは、森林の多い地域の住民を対象に森林に関する主観的幸福度を測定し、その決定メカニズムを解明することを目指しました。

研究の方法

研究チームは、琵琶湖の最大流入河川である野洲川の上流域(森林地域)の住民を対象として大規模なアンケート調査を実施し(図1)、4種類の森林に関する主観的幸福度(以下、森林幸福度)を測定しました。森林幸福度の種類とその測定に用いた設問は以下の通りです。

図1 アンケートのカバーレター

森林満足度 「現在の山や森林とのあなたの関わりについて、どの程度満足しておられますか?」という設問に対し、回答者は、「全く不満」(0点)から「完全に満足している」(10点)まで11点制のうち1つを選択。

森林充実感 「これまでの山や森林とあなたの関わりにどの程度やりがい、充実感、達成感を感じておられますか?」という設問に対し、回答者は、「全く感じていない」(0点)から「強く感じている」(10点)まで11点制のうち1つを選択。

プラス感情及びマイナス感情 過去1年間の森林に関わる経験についてたずねた(図2)後、「森林に関わる経験のなかで、以下に挙げる感情をそれぞれについてどの程度経験したかを、以下の尺度を用いて答えてください」と質問。回答者は、「前向き」「後ろ向き」「楽しい」「楽しくない」「幸せだ」「悲しい」「恐れ」「うれしい」「怒っている」「満足している」「誇らしい」「恥ずかしい」「畏怖」「畏敬」の各感情の尺度(頻度に基づく尺度)を、「1非常にまれ」「2まれに」「3ときどき」「4よく感じた」「5非常に頻繁」のうちから1つ選択。各感情を因子分析の結果にもとづいてプラス感情とマイナス感情に整理するとともに、重要ないくつかの感情を抽出。

これら4種類の森林幸福度と、個人の属性・居住地の森林率・森林関連活動(図2)・森林所有の有無との間の関係を、重回帰分析により解析しました。

図2 過去1年の森林関連活動の調査結果

研究の成果と考察

アンケートは1,457名から回答がありました。集計・解析の結果、森林満足度の平均点は5.03、森林充実感の平均点は4.58でした(図3)。郵便番号区域でみた居住地の森林率と森林幸福度の関係はみられませんでした。

図3 森林満足度と森林充実感の調査結果

図4 森林関連活動が4種の森林幸福感に与える影響の例

+は左の活動が右の森林幸福度を高めることを、-は低下させることを示す。活動の番号は図2の設問に対応している。

森林関連活動は4種類の森林幸福度と強く関係しており、関係の仕方は活動ごとに異なっていることがわかりました(図4)。たとえば、動植物観察はプラスの感情を高め、マイナスの感情を低くする傾向がみられました。また、個人所有林の森林管理は森林満足度、森林充実感の双方を高め、ボランティアでの森林管理は森林充実感を高める傾向にあるのに対し、地元の山の森林管理はプラス感情を低くする傾向がありました。これは、地元の山は地域共有で、森林管理が義務的に行われることによるためと推察されます。

一方、森林所有は、4種類すべての森林幸福度と負の関係がありました。つまり、森林を所有する人は、所有しない人よりも森林幸福度が低いということです。その理由は、森林の資産価値が低下しているために、森林管理の負担感が大きくなっているためと考えられます。

こうした解析結果に基づいて森林幸福度を高めるような施策を講じることにより、住民と森林の関わりを深めることができる可能性があります。今回の研究のように、森林幸福度に影響する因子を種類別に把握することは、住民の山離れに歯止めをかけ、さらには森林の生態系サービスをより良い形で享受するためのヒントとなります。

現在、滋賀県では、森林との関係を深める「やまの健康」プロジェクトを各地で実施中です。森林幸福度という考え方を応用することで、効果的に施策が展開されることが期待されます。

まとめと政策提言

森林幸福度を測定し、どのような要素が関係しているかを明らかにしました。森林に関わる活動を促進することで森林幸福度を向上する可能性が示されました。森林管理の主役である森林所有者の森林幸福度が低いため、どのように向上させるか政策決定者が配慮することが必要です。

用語解説

※1 生態系サービス
生態系から人間が受ける様々な恵みのこと。例えば森林は、生存に必要な酸素を生産するだけでなく、木材やキノコなどを供給し、保水により災害を防ぎ、レクリエーションの場ともなる。

論文情報

タイトル
森林に関わる主観的幸福度に影響を及ぼす要因の実証的検討 ―滋賀県野洲川上流域を対象として―
DOI:10.4005/jjfs.103.122
著者
高橋卓也、内田由紀子、石橋弘之、奥田昇
主要著者
高橋卓也、滋賀県立大学・環境科学部・教授。2020年3月まで地球研・栄養循環プロジェクト・共同研究員を兼務。
奥田昇、2020年3月まで地球研・栄養循環プロジェクト・准教授。同年10月から神戸大学・内海域環境教育研究センター・教授。
掲載誌
日本森林学会誌 (オンライン掲載日 2021年6月26日)

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